入学日1日目(教室外で)
文字数 4,382文字
長かったホームルームが終わって、顔見知りのいる生徒たちはつるんで、まだ知り合いのいない生徒たちはバラバラに教室を出ていこうとしていた。
入学式の一日が終った解放感でざわめく教室の中、隼人は前向きに座ったまま自分の席から動くことができなかった。本当はカトリのところに行って話しかけたかった。それにできれば学級委員として一緒にする仕事の新入生オリエンテーションのことも話し合いたいと思っていた。
しかし、それらができなかったのはカトリとの朝の一件だけが理由ではなかった。友人や知り合いがいないこともあるが、そもそも隼人はあらゆることについて自分に自信を持てていなかった。
「ダンケ、アカギクン、朝はワタシ何もわからなかったから… ヒドイことをしてごめんなさい…」
背中の方から不意にカトリの声がして隼人は飛び上がるくらい驚いた。しかし、カトリの方へ振り返ることができなかった…
「今日はワタシ、少し用事があるから先に帰るね。話は明日からにしよう」
自分の真うしろで人が急いで出て行く気配がしたのであわてて隼人が振り返った。
“本当に今朝は助けてくれてありがとう、アカギクン。キチンとしたおわびとお礼をするからね”
するとカトリは隼人の方を見ていて、すまなさそうにお辞儀をして教室を出て行こうとした。
ガタガタッ!
隼人の方へよそ見しながら出て行こうとしたカトリは振り向きざまに近くにあった机に太ももをぶつけて大きな音をたてた。周りを見回してからカトリは恥ずかしそうに机を戻して机上をポンポンと叩く。そして隼人を見てニッコリしながらもう一度お辞儀して何ごともなかったように教室を出てから勢いよく走っていった。
“カトリさん、まだ机がキチンと真っ直ぐになってないよ! けっこう面白くてかわいいトコがあるんだな…”
隼人は立ち上がって位置のずれた机のところへ行って真っ直ぐに直した。そして隼人が自分の席の方へ向かって戻ろうとしたとき、つま先に何かが当たった感触があった。足元を見てみると、そこには英語ではない外国語のシールでデコレーションされたスマホが落ちていた。
“これはカトリさんのスマホに違いない! スマホが無いことに気がついたら教室までも探しに戻って来るに違いない”
隼人は微笑んで、カトリが戻って来るまでそのまま教室で待っていることにした。
保健室内にある相談室では整った顔立ちの保健室の先生が、長い黒髪を指でクルクル巻きながらスマホを無表情で見ていた。保健室の入口には不在のプレートが表示してある。
「記憶転移… 臓器移植手術で臓器のドナーの記憶や、人格、具体的には性格や嗜好や性癖がレシピエントに転移すること。肉食を好む者が菜食主義者となったり、クラシック音楽の愛好者がヘビーメタルのコアなファンになったり、男性のしぐさが女性のようになったりする事例が報告されている。ただ、そのような性格の変化を感じない者もあり、臓器移植が人格変化を引き起こす科学的根拠はないという説もある…」
本当にこんなことがあり得るのかしら? と、その白衣を着た先生は首をかしげ疑い深そうな目で画面を斜め読みしていた。
「あ、これから来るお客さんのこともチェックしておかないと」
フウ、と息を吐いてスマホの画面を手慣れた動作できりかえる。
「カトリーナ クライン。スイスのルツェルン生まれ。幼い頃に臨死体験をしたのち小学校と前期中等学校で飛び級で進級し、12歳でギムナジウムへ進学。翌年には年少者射撃全国大会クナーベン・シーセンにおいて男女合わせた出場者の中で35点満点で優勝し全国射撃王シュッツェン・ケーニッヒとなる。15歳で6年制大学へ進学後、17歳3年生の時に休学して国軍へ入隊志望し、特別枠で入隊許可。翌年にバチカンの衛兵に志願し1年後日本へ派遣され本日に至る… いったいどんな子なのかしら…」
スマホから視線をはずして相談室の窓から外を眺める先生の顔は、まるで夢想しているように見えた。
コンコン
先生は物思いにふけっているためか扉をノックする音にも気がついていない。
「ビッテ、フラウ サトー… 入ってもいいかしら?」
息を切らしてやって来たカトリが、うかがうように室内をのぞき込みながら扉を開けた。
「どうぞ、ミス クライン。お入りになってください」
スマホを片付けながら、落ち着いた声でサトー先生はカトリを部屋に迎え入れソファに座るように勧めた。
「ホームルームが長引いてしまって… 約束の時間に遅れてしまってすみません」
「お気になさらないで ミス クライン。今ちょうど私も用事をすませたところなのよ。私のことはキョーコと呼んでください」
「ダンケ、キョーコ。ワタシのことはカトリとお呼びください」
まだ息切れは収まっていないものの、カトリは安堵した顔になった。
「さて、本題にはいりましょう。私たちCIAとあなた方バチカンは1980年のポーランドでの民主化運動である連帯運動に対する作戦協力以来、良好な同盟関係を保っています。世界を取り巻く情勢は現在でも目まぐるしく変化していますが、私たちの同盟関係に寸分の揺るぎもありません」
カトリは真剣な顔つきで姿勢を正している。
「国際社会の利益獲得競争では従来型の『プレーヤー』だけではなく今や新しい形の『プレーヤー』があらわれて活発に活動するようになりました。彼らは利益追及のための行動を過激化させるとともに利益収奪のために世界各地での割り込み活動を激化させています。極東では神を信じない『バベル』が『プレーヤー』としてここ日本での活動を引き起こしています」
カトリはサトー先生の目を見つめる。
「しかしながら、日本の政府や報道機関は国際的な「和」を乱すことを避ける配慮から『バベル』の行為や活動をいっさい表に出していません。このような日本政府などの配慮は『バベル』の活動を減らすことに必ずしも有効に働いているとは言えないのが現状です」
サトー先生は流れるような口調で話を続ける。
「日本政府は困惑しているものの様々な制約から『バベル』に対して自らの法執行力を行使することができません。そこで、ご存じのとおり、日本政府に代わって影として私たちとあなた方で協力して『バベル』へ対処しようということになったのです」
「ここ日本において表立たないように影で我々バチカンとあなた方CIAは協力し合って、影に潜む『バベル』に対処する… つまり影の力で影の力を制するということなのですよね?」
発言の内容を確認してからカトリは手を差し出し、サトー先生の発言を促した。
「ええ。そこで、私たちは資金や必要な物資やアシスタントの提供などの面であなた方をバックアップし、あなた方は私たちに人員や作戦行動などの人的サービスの面で協力をしてくださる、ということでよろしいでしょうか?」
「ハイ、そのとおりです」
うなずきながらカトリはサトー先生の目をまっすぐ見てたずねた。
「ところでお願いしていた物品等の準備の手はずはどうなっているのでしょうか?」
「今は東富士のマリーン、つまり海兵隊のガンスミスとスカウトスナイパーにライフルや弾薬の特注と調整を依頼中です。完了次第お渡ししますので、もうしばらくお待ちください」
サトー先生は姿勢を正してカトリの方を向いた。
「こちらからもお伝えすることがあります。あなたと行動を一緒にさせて欲しい人物がいます」
この申し出にカトリはケゲンそうな顔をした。
「初めて聞くお話ですね… いったいその人物は何者なのですか? その人物の任務遂行能力や情報保全能力に問題はないのでしょうね?」
何か含むように微笑みながらサトー先生はカトリへ返答した。
「ご心配はもっともです。まず、私たちはカトリ、あなたの作戦遂行能力に疑いは全くを持っていません。本当です。そして、今お話ししたその人物のことですが、おたずねの点については完璧とまでは言いきれませんが、それなりの力を持っていることは保証します」
その返答を聞いてカトリの表情は緩んだが、懸念が完全に解消した訳ではいないようだった。
「ワタシが前方にいるときにプロ気取りに後ろから撃たれたり、スイス軍の兼業兵みたいに銃をオモチャ扱いして勝手に暴発されてはかないませんので。それと、その人物はどのような人物なのですか? その人物とはいつ顔合わて打ち合わせができるのですか?」
「まだ残念ながらお話しできません。用意ができ次第あなたにお知らせします」
つけ入るスキができないようにカトリに対してキッパリとサトー先生は言い切った。
「今日のところはこのくらいで終りにしますね、カトリ。これからもお互いに情報の交換と調整を緊密に行って行きましょう」
カトリは微笑みを浮かべながらうなずいてからサトー先生と握手をした。そのあと、敬礼をしてから保健室を出ていった。カトリの退出を見届けてから、必要な時間をあけてサトー先生は『滅菌済み』スマホを取り出し電話をかけた。
「部長、今スイスガードとの会見が終了しました。彼女に対しては素直で真面目な印象を受けました… ええ、まだ若く、と言うより若すぎなので、知識が先行しているかと思われます… はい、射撃の腕前はありそうなのですが、単なる競技能力ではなく実戦の経験がモノを言いますものですから…」
話題が変わるとサトー先生の会話口調がただの事務的なものから慎重な口調に変化した。
「… そのことですが、先方へは了解させました… こちらの案件の方が我々にとってはるかに重要なことは十分に承知しています。作戦遂行中の負傷者や死亡者の『遺産』を再利用して有効活用を図ろうとする発想と試みは画期的で有益なことです… おっしゃるとおりにその際にはこれから収集する予定の情報データや分析結果を必ずお送りしますので… はい、では、失礼します」
“部長たちは本気でこんなことに大金と時間を費やすつもりなのかしら?”
スマホを終話させてから、サトー先生は深いため息をついた。
カトリは保健室を出るとCIAとの打ち合わせについてバチカンの『検邪聖省』へ連絡しようとした。ところが、あるはずのスマホがいつものところに無いことに気が付いた!
真っ青になってその場で持ち物全部と制服のポケットをひっくり返して探したが、全然見つからない。最後にスマホを持っていることを確認したのはたしかに教室だった。手で上からたたいて確認したから間違いない。それから…
「あ、ハヤトにお辞儀をしたっけ… まず、教室へフルスロットル!」
レーシングカーがフル加速して路面にブラックマーク(削れたタイヤの黒い跡)をつける勢いで駆け出し、カトリは教室へ直行した。
入学式の一日が終った解放感でざわめく教室の中、隼人は前向きに座ったまま自分の席から動くことができなかった。本当はカトリのところに行って話しかけたかった。それにできれば学級委員として一緒にする仕事の新入生オリエンテーションのことも話し合いたいと思っていた。
しかし、それらができなかったのはカトリとの朝の一件だけが理由ではなかった。友人や知り合いがいないこともあるが、そもそも隼人はあらゆることについて自分に自信を持てていなかった。
「ダンケ、アカギクン、朝はワタシ何もわからなかったから… ヒドイことをしてごめんなさい…」
背中の方から不意にカトリの声がして隼人は飛び上がるくらい驚いた。しかし、カトリの方へ振り返ることができなかった…
「今日はワタシ、少し用事があるから先に帰るね。話は明日からにしよう」
自分の真うしろで人が急いで出て行く気配がしたのであわてて隼人が振り返った。
“本当に今朝は助けてくれてありがとう、アカギクン。キチンとしたおわびとお礼をするからね”
するとカトリは隼人の方を見ていて、すまなさそうにお辞儀をして教室を出て行こうとした。
ガタガタッ!
隼人の方へよそ見しながら出て行こうとしたカトリは振り向きざまに近くにあった机に太ももをぶつけて大きな音をたてた。周りを見回してからカトリは恥ずかしそうに机を戻して机上をポンポンと叩く。そして隼人を見てニッコリしながらもう一度お辞儀して何ごともなかったように教室を出てから勢いよく走っていった。
“カトリさん、まだ机がキチンと真っ直ぐになってないよ! けっこう面白くてかわいいトコがあるんだな…”
隼人は立ち上がって位置のずれた机のところへ行って真っ直ぐに直した。そして隼人が自分の席の方へ向かって戻ろうとしたとき、つま先に何かが当たった感触があった。足元を見てみると、そこには英語ではない外国語のシールでデコレーションされたスマホが落ちていた。
“これはカトリさんのスマホに違いない! スマホが無いことに気がついたら教室までも探しに戻って来るに違いない”
隼人は微笑んで、カトリが戻って来るまでそのまま教室で待っていることにした。
保健室内にある相談室では整った顔立ちの保健室の先生が、長い黒髪を指でクルクル巻きながらスマホを無表情で見ていた。保健室の入口には不在のプレートが表示してある。
「記憶転移… 臓器移植手術で臓器のドナーの記憶や、人格、具体的には性格や嗜好や性癖がレシピエントに転移すること。肉食を好む者が菜食主義者となったり、クラシック音楽の愛好者がヘビーメタルのコアなファンになったり、男性のしぐさが女性のようになったりする事例が報告されている。ただ、そのような性格の変化を感じない者もあり、臓器移植が人格変化を引き起こす科学的根拠はないという説もある…」
本当にこんなことがあり得るのかしら? と、その白衣を着た先生は首をかしげ疑い深そうな目で画面を斜め読みしていた。
「あ、これから来るお客さんのこともチェックしておかないと」
フウ、と息を吐いてスマホの画面を手慣れた動作できりかえる。
「カトリーナ クライン。スイスのルツェルン生まれ。幼い頃に臨死体験をしたのち小学校と前期中等学校で飛び級で進級し、12歳でギムナジウムへ進学。翌年には年少者射撃全国大会クナーベン・シーセンにおいて男女合わせた出場者の中で35点満点で優勝し全国射撃王シュッツェン・ケーニッヒとなる。15歳で6年制大学へ進学後、17歳3年生の時に休学して国軍へ入隊志望し、特別枠で入隊許可。翌年にバチカンの衛兵に志願し1年後日本へ派遣され本日に至る… いったいどんな子なのかしら…」
スマホから視線をはずして相談室の窓から外を眺める先生の顔は、まるで夢想しているように見えた。
コンコン
先生は物思いにふけっているためか扉をノックする音にも気がついていない。
「ビッテ、フラウ サトー… 入ってもいいかしら?」
息を切らしてやって来たカトリが、うかがうように室内をのぞき込みながら扉を開けた。
「どうぞ、ミス クライン。お入りになってください」
スマホを片付けながら、落ち着いた声でサトー先生はカトリを部屋に迎え入れソファに座るように勧めた。
「ホームルームが長引いてしまって… 約束の時間に遅れてしまってすみません」
「お気になさらないで ミス クライン。今ちょうど私も用事をすませたところなのよ。私のことはキョーコと呼んでください」
「ダンケ、キョーコ。ワタシのことはカトリとお呼びください」
まだ息切れは収まっていないものの、カトリは安堵した顔になった。
「さて、本題にはいりましょう。私たちCIAとあなた方バチカンは1980年のポーランドでの民主化運動である連帯運動に対する作戦協力以来、良好な同盟関係を保っています。世界を取り巻く情勢は現在でも目まぐるしく変化していますが、私たちの同盟関係に寸分の揺るぎもありません」
カトリは真剣な顔つきで姿勢を正している。
「国際社会の利益獲得競争では従来型の『プレーヤー』だけではなく今や新しい形の『プレーヤー』があらわれて活発に活動するようになりました。彼らは利益追及のための行動を過激化させるとともに利益収奪のために世界各地での割り込み活動を激化させています。極東では神を信じない『バベル』が『プレーヤー』としてここ日本での活動を引き起こしています」
カトリはサトー先生の目を見つめる。
「しかしながら、日本の政府や報道機関は国際的な「和」を乱すことを避ける配慮から『バベル』の行為や活動をいっさい表に出していません。このような日本政府などの配慮は『バベル』の活動を減らすことに必ずしも有効に働いているとは言えないのが現状です」
サトー先生は流れるような口調で話を続ける。
「日本政府は困惑しているものの様々な制約から『バベル』に対して自らの法執行力を行使することができません。そこで、ご存じのとおり、日本政府に代わって影として私たちとあなた方で協力して『バベル』へ対処しようということになったのです」
「ここ日本において表立たないように影で我々バチカンとあなた方CIAは協力し合って、影に潜む『バベル』に対処する… つまり影の力で影の力を制するということなのですよね?」
発言の内容を確認してからカトリは手を差し出し、サトー先生の発言を促した。
「ええ。そこで、私たちは資金や必要な物資やアシスタントの提供などの面であなた方をバックアップし、あなた方は私たちに人員や作戦行動などの人的サービスの面で協力をしてくださる、ということでよろしいでしょうか?」
「ハイ、そのとおりです」
うなずきながらカトリはサトー先生の目をまっすぐ見てたずねた。
「ところでお願いしていた物品等の準備の手はずはどうなっているのでしょうか?」
「今は東富士のマリーン、つまり海兵隊のガンスミスとスカウトスナイパーにライフルや弾薬の特注と調整を依頼中です。完了次第お渡ししますので、もうしばらくお待ちください」
サトー先生は姿勢を正してカトリの方を向いた。
「こちらからもお伝えすることがあります。あなたと行動を一緒にさせて欲しい人物がいます」
この申し出にカトリはケゲンそうな顔をした。
「初めて聞くお話ですね… いったいその人物は何者なのですか? その人物の任務遂行能力や情報保全能力に問題はないのでしょうね?」
何か含むように微笑みながらサトー先生はカトリへ返答した。
「ご心配はもっともです。まず、私たちはカトリ、あなたの作戦遂行能力に疑いは全くを持っていません。本当です。そして、今お話ししたその人物のことですが、おたずねの点については完璧とまでは言いきれませんが、それなりの力を持っていることは保証します」
その返答を聞いてカトリの表情は緩んだが、懸念が完全に解消した訳ではいないようだった。
「ワタシが前方にいるときにプロ気取りに後ろから撃たれたり、スイス軍の兼業兵みたいに銃をオモチャ扱いして勝手に暴発されてはかないませんので。それと、その人物はどのような人物なのですか? その人物とはいつ顔合わて打ち合わせができるのですか?」
「まだ残念ながらお話しできません。用意ができ次第あなたにお知らせします」
つけ入るスキができないようにカトリに対してキッパリとサトー先生は言い切った。
「今日のところはこのくらいで終りにしますね、カトリ。これからもお互いに情報の交換と調整を緊密に行って行きましょう」
カトリは微笑みを浮かべながらうなずいてからサトー先生と握手をした。そのあと、敬礼をしてから保健室を出ていった。カトリの退出を見届けてから、必要な時間をあけてサトー先生は『滅菌済み』スマホを取り出し電話をかけた。
「部長、今スイスガードとの会見が終了しました。彼女に対しては素直で真面目な印象を受けました… ええ、まだ若く、と言うより若すぎなので、知識が先行しているかと思われます… はい、射撃の腕前はありそうなのですが、単なる競技能力ではなく実戦の経験がモノを言いますものですから…」
話題が変わるとサトー先生の会話口調がただの事務的なものから慎重な口調に変化した。
「… そのことですが、先方へは了解させました… こちらの案件の方が我々にとってはるかに重要なことは十分に承知しています。作戦遂行中の負傷者や死亡者の『遺産』を再利用して有効活用を図ろうとする発想と試みは画期的で有益なことです… おっしゃるとおりにその際にはこれから収集する予定の情報データや分析結果を必ずお送りしますので… はい、では、失礼します」
“部長たちは本気でこんなことに大金と時間を費やすつもりなのかしら?”
スマホを終話させてから、サトー先生は深いため息をついた。
カトリは保健室を出るとCIAとの打ち合わせについてバチカンの『検邪聖省』へ連絡しようとした。ところが、あるはずのスマホがいつものところに無いことに気が付いた!
真っ青になってその場で持ち物全部と制服のポケットをひっくり返して探したが、全然見つからない。最後にスマホを持っていることを確認したのはたしかに教室だった。手で上からたたいて確認したから間違いない。それから…
「あ、ハヤトにお辞儀をしたっけ… まず、教室へフルスロットル!」
レーシングカーがフル加速して路面にブラックマーク(削れたタイヤの黒い跡)をつける勢いで駆け出し、カトリは教室へ直行した。