昼休みの過ごし方
文字数 2,407文字
その日の昼休みの時間になったところで、今度はカトリはマウンテンバイクに乗って学校の外へ出ていった。この時のためにしばらくママチャリで登校していたエマはカトリの後を追うため、少し距離をあけてから、同じように学校の外へ出て行った。
「カトリったら、きっとおいしいお昼ごはんでも一人で外で食べるつもりね… この私がその現場を必ず押さえてやる!」
エマの予想に反して、カトリの乗る自転車は最寄り駅前の商店街にも、その先のカフェショップにも寄ることなく、ただひたすら走って行く。アップダウンも物ともしないカトリの予想以上のスピードに、普段は自転車に乗らないエマはついて行くのにも一苦労だった。
「まったくカトリはどこまで行くつもりなの? いい加減どこでもいいから早くしてよ!」
20分くらいすると郊外にある教会に着いた。カトリは自転車を自転車置き場へ止めてから建物の中に入って行った。
「ここがあの女のハウスなのかしらね… お昼を食べにもっといいところへ行くかと思っていたのに拍子抜けだわ…」
自転車に乗っていたのは大した時間ではないが、日頃運動をしないエマはしばらく息を切らしていた。自分の自転車をその場へ止めて教会の自転車置き場まで行って敷地の方をのぞき込んだエマだったが、敷地の外からでは中の様子がわからなかった。
“ここまで来て何もしないで帰る訳にはいかないよね… しかたない…”
「オジャマします…」
敷地の中にはぜんぜん聞こえないほどの大きさで声をかけて、エマは教会の敷地に足を踏み入れた。それからエマはまるで獲物を狙うハンターのように目と耳に集中力を傾けつつ、音をたてないように進んで行った。
♪~
建物の中から音を絞った楽器の音がしてきた。音のする方へ引き寄せられて行くとエマはガラス窓が少しだけ開いているのを見つけた。
“あれってカトリ? 何なのあれ?”
室内ではカトリが、先にペンキ缶みたいなものをつけたエマが見たこともないくらい長く大きなパイプのような木製の楽器を吹いていた。カトリは真っ赤になってほっぺたを膨らませているいるところを見ると先端の缶カラは音を小さくしているようだ。しばらくするとカトリは楽器を片付け食事を持ってきた。
“ただのサンドイッチだけど、横にチョコレートが山盛りに… 栄養バランスも自己責任ってところなんでしょ… さて、これ以上長居は無用ね…”
エマがその場を去ろうとしたそのとき、カトリはブルっと体を震わせると制服の内側からスマホを取り出し、直立不動になって電話にでた。
“エッ、カトリどうしちゃったの!?”
「あのお嬢さん、ここで何をされているのですか?」
地味なジャケットを着た質素な身なりの中年の男性が後ろからエマに声をかけた。
振り返ったエマは口をパクパクさせてから急に体を駐輪場の方へ向け駆け出し、猛ダッシュで教会の敷地の外へ出た。が、あるはずの場所に自転車がなくなっていた。
“しまった! チャリをパクられた!”
しかし、エマはその場で呆然としてもいられなかった。カトリが先ほどの男性と談笑しながら建物から出てきたのだ。
「エマ、こんなところで何しているの?」
身を何とかして隠そうとして気をはやらせるエマが何もできずに右往左往しているところにカトリが声をかけた。エマを見た男性が何かをカトリに話しかけるとエマは学園に向かって駆け出した。
「エマったら待ちなさいよ」
3分もするとへたって動けなくなったエマに自転車に乗ったカトリが追いついた。
「あなたの自転車取って来るからちょっと待ってて」
カトリは走って教会へ向かうとアッという間にエマの自転車に乗って戻って来た。
「このままじゃ次の授業に間に合わないわ! 少し急ぐわよ、エマ!」
口ではそう言いながらも自転車をこぐ力を加減してくれるカトリの後を無言でエマは追った。
「ねえ、カトリ」
学園に着いてから校内の駐輪場まで自転車を押しながらエマは話しかけた。
「カトリは教会で何を吹いていたの?」
「あれはアルペンホルンっていうのよ。楽器だけじゃなくて音も大きいのでミュート、音を小さくするのをつけて練習しているの。古くからの歌のヨーデルも歌いたいけど、なかなか練習場所がみつからなくて困っているのよ」
本気の困り顔をしながらカトリはアルペンホルンやヨーデルのことを話していた。
「それにお昼ごはんも教会で?」
エマはとまどいつつカトリにたずねた。
「そうよ。スイスでは昼食を自宅で食べるものだからね。でも、エマが私のことに興味を持ってくれて嬉しいな! このところ、なんだかみんなヨソヨソしくて寂しかったのよ」
カトリの明るくなっていく顔を見てエマは心苦しかった。
「そういえばエマ、神父様が謝っていたわよ」
エマは驚いた顔をしてカトリを見た。
「エマの自転車がカギもしていなかったから自転車置き場の奥に片付けたんだって。エマ、さっきは教会で自転車を探し回っていたらしいわね」
エマはカトリに目が合わせられなかった。
「カトリ、さっきは自転車取って来てくれてありがとう」
「エマ、当り前じゃない、私たち友達でしょ?」
カトリの何気ない一言は、エマの胸に迫るものがあった。
「でも、エマはどうして教会のところにいたの?」
カトリの問いにエマは何とか取り繕おうとした。
「実は… カトリが学校を出るときに何かを落としたように見えたの… 近寄ってみたら、この… おサイフだったから… 届けようと思って…」
そう言うとエマはポケットから自分のサイフを取り出して、カトリに見せた。
“われながら下手なウソね…”
「私のサイフはここにあるわよ。エマは何か勘違いをしたんじゃない?」
不思議そうな顔をしてからカトリは自分のポケットの上をポンポンとたたいた。
教室に着いた二人は仲良く遅刻して一緒にお小言をいただいた。
「カトリったら、きっとおいしいお昼ごはんでも一人で外で食べるつもりね… この私がその現場を必ず押さえてやる!」
エマの予想に反して、カトリの乗る自転車は最寄り駅前の商店街にも、その先のカフェショップにも寄ることなく、ただひたすら走って行く。アップダウンも物ともしないカトリの予想以上のスピードに、普段は自転車に乗らないエマはついて行くのにも一苦労だった。
「まったくカトリはどこまで行くつもりなの? いい加減どこでもいいから早くしてよ!」
20分くらいすると郊外にある教会に着いた。カトリは自転車を自転車置き場へ止めてから建物の中に入って行った。
「ここがあの女のハウスなのかしらね… お昼を食べにもっといいところへ行くかと思っていたのに拍子抜けだわ…」
自転車に乗っていたのは大した時間ではないが、日頃運動をしないエマはしばらく息を切らしていた。自分の自転車をその場へ止めて教会の自転車置き場まで行って敷地の方をのぞき込んだエマだったが、敷地の外からでは中の様子がわからなかった。
“ここまで来て何もしないで帰る訳にはいかないよね… しかたない…”
「オジャマします…」
敷地の中にはぜんぜん聞こえないほどの大きさで声をかけて、エマは教会の敷地に足を踏み入れた。それからエマはまるで獲物を狙うハンターのように目と耳に集中力を傾けつつ、音をたてないように進んで行った。
♪~
建物の中から音を絞った楽器の音がしてきた。音のする方へ引き寄せられて行くとエマはガラス窓が少しだけ開いているのを見つけた。
“あれってカトリ? 何なのあれ?”
室内ではカトリが、先にペンキ缶みたいなものをつけたエマが見たこともないくらい長く大きなパイプのような木製の楽器を吹いていた。カトリは真っ赤になってほっぺたを膨らませているいるところを見ると先端の缶カラは音を小さくしているようだ。しばらくするとカトリは楽器を片付け食事を持ってきた。
“ただのサンドイッチだけど、横にチョコレートが山盛りに… 栄養バランスも自己責任ってところなんでしょ… さて、これ以上長居は無用ね…”
エマがその場を去ろうとしたそのとき、カトリはブルっと体を震わせると制服の内側からスマホを取り出し、直立不動になって電話にでた。
“エッ、カトリどうしちゃったの!?”
「あのお嬢さん、ここで何をされているのですか?」
地味なジャケットを着た質素な身なりの中年の男性が後ろからエマに声をかけた。
振り返ったエマは口をパクパクさせてから急に体を駐輪場の方へ向け駆け出し、猛ダッシュで教会の敷地の外へ出た。が、あるはずの場所に自転車がなくなっていた。
“しまった! チャリをパクられた!”
しかし、エマはその場で呆然としてもいられなかった。カトリが先ほどの男性と談笑しながら建物から出てきたのだ。
「エマ、こんなところで何しているの?」
身を何とかして隠そうとして気をはやらせるエマが何もできずに右往左往しているところにカトリが声をかけた。エマを見た男性が何かをカトリに話しかけるとエマは学園に向かって駆け出した。
「エマったら待ちなさいよ」
3分もするとへたって動けなくなったエマに自転車に乗ったカトリが追いついた。
「あなたの自転車取って来るからちょっと待ってて」
カトリは走って教会へ向かうとアッという間にエマの自転車に乗って戻って来た。
「このままじゃ次の授業に間に合わないわ! 少し急ぐわよ、エマ!」
口ではそう言いながらも自転車をこぐ力を加減してくれるカトリの後を無言でエマは追った。
「ねえ、カトリ」
学園に着いてから校内の駐輪場まで自転車を押しながらエマは話しかけた。
「カトリは教会で何を吹いていたの?」
「あれはアルペンホルンっていうのよ。楽器だけじゃなくて音も大きいのでミュート、音を小さくするのをつけて練習しているの。古くからの歌のヨーデルも歌いたいけど、なかなか練習場所がみつからなくて困っているのよ」
本気の困り顔をしながらカトリはアルペンホルンやヨーデルのことを話していた。
「それにお昼ごはんも教会で?」
エマはとまどいつつカトリにたずねた。
「そうよ。スイスでは昼食を自宅で食べるものだからね。でも、エマが私のことに興味を持ってくれて嬉しいな! このところ、なんだかみんなヨソヨソしくて寂しかったのよ」
カトリの明るくなっていく顔を見てエマは心苦しかった。
「そういえばエマ、神父様が謝っていたわよ」
エマは驚いた顔をしてカトリを見た。
「エマの自転車がカギもしていなかったから自転車置き場の奥に片付けたんだって。エマ、さっきは教会で自転車を探し回っていたらしいわね」
エマはカトリに目が合わせられなかった。
「カトリ、さっきは自転車取って来てくれてありがとう」
「エマ、当り前じゃない、私たち友達でしょ?」
カトリの何気ない一言は、エマの胸に迫るものがあった。
「でも、エマはどうして教会のところにいたの?」
カトリの問いにエマは何とか取り繕おうとした。
「実は… カトリが学校を出るときに何かを落としたように見えたの… 近寄ってみたら、この… おサイフだったから… 届けようと思って…」
そう言うとエマはポケットから自分のサイフを取り出して、カトリに見せた。
“われながら下手なウソね…”
「私のサイフはここにあるわよ。エマは何か勘違いをしたんじゃない?」
不思議そうな顔をしてからカトリは自分のポケットの上をポンポンとたたいた。
教室に着いた二人は仲良く遅刻して一緒にお小言をいただいた。