アクシデントマネージメント
文字数 2,533文字
「………」
張りつめた空気と静けさに満ちあふれた夜の森の中で、威圧的な声の主が近づいて来る気配を隼人は感じ取っていた。
ガサ… ガサ… ガサ…
少し先の方の草むらの中で人が動いている…
“あの女教師コッチへ近づいて来やがったな… もうカトリは逃がしたからオレ一人がやり過ごせば大丈夫さ… でも、急に静かになったのが不気味だな…”
隼人は何ごとも逃さないよう、音のした方へ注意力を集中し続けた。
「……」
月明かりも届かない夜のとばりの中、緊張がさらに高まっていく。
ガサ… ガサ…
目には見えていないが、身を潜める人間が確実に自分の方へ迫って来るのを隼人はひしひしと感じていた。
“この距離なら歩いて来ていれば、そろそろ姿が見えてきてもおかしくないんだが… そばにもう近づいているはずだろ?”
隼人は声の主がいまだ姿を見せずにいることに疑問というより脅威を感じ始めていた。
ガサッ… ガサッ… ガサッ…
「!!!」
間近の草むらの、自分の背後からおきた音の方へ、隼人は思わず振り向いた。
「あかぎ はやと、クン!」
「う、うおっ!!!」
声と同時に人が両手を広げながら飛び上がって来たので、隼人は受け身をとる間もなく尻餅をついてしまった。
「なーんちゃって♡」
「東… 条… か?」
「ねえ、驚いた?!」
地面にへたり込んだ隼人の方へ、イタズラっぽく舌を出して草むらから出てきた志織が近づいて来た。手を後ろに組みながら近寄って来た志織の余りに無邪気な笑顔を見て隼人は怒りを感じ始めた。
「何が『なーんちゃって』だ! 冗談にもホドがあるだろ!」
“もしかして、この調子で教師のフリもしていたのか? これをタダの悪ふざけで済ますつもりだっていうのか?”
怒った様子の隼人にかまわず、志織は近づいて来ると無言で真っ直ぐ隼人の目をのぞき込んだ。
“おい東条、何で黙ってコッチ見ているんだよ?”
猛烈な抗議にも黙ったまま動じない志織の態度が隼人の心に不安の種を植え付けた。
“えっ… もしかして… 待てよ… カトリとのことを見られちまったのか…”
隼人の顔つきは初めの険しい表情から徐々に不安で心配するような表情に変わった。それどころか、志織の方からは何も聞いてもいないのに、隼人はいきなり釈明をし始めた。
「だって、あれは事故だったんだ… アクシデントでカトリとオレはあんな具合に… 分かってくれるよな…」
“ちょっと見ていられなかったけど… あれは事故?だったと言えるのかしらね… だって、二人ともゼンゼン困ったり嫌がっていた様子は見えなかったわよ…”
「あのアクシデントのことは… 頼むからみんなには黙っておいてくれないか?」
言い訳と懇願をする隼人のとまどった表情を目にして、志織の胸中にはイヤミともイタズラとも言えないような気持ちが湧き上がってきた。
「あのさ、そのカトリと赤城があんな具合になったアクシデントって何のこと?」
「…っ!」
“東条はあのことを知らなかったのか! オレは余計なことを言っちまった…”
志織の返答を耳にしたとたん、あっという間に隼人の顔には絶望の相が表れた。
“赤城をチョットだけからかうオトボケにしては効き目が強すぎたようね”
愕然としたままの隼人の様子を見て、志織は少しばかりの罪悪感を感じてきた。
「…ゴメンね赤城。本当は私、赤城とカトリのことは見ていたんだ… 今のはヤリ過ぎだったわね…」
志織の謝罪の言葉を聞いたとたん、志織を見ていた隼人は見る見るうちに唖然とした表情になっていった。
「そうね… 私もあれは事故だったと思う…」
「じゃあ、なんでワザワザ見ていないフリをしたんだ!? もしかしてオレたちを脅したような女教師のマネまでしてたんじゃないのか?」
志織が自分の言い分を認めたと見るや、再び隼人の心に怒りの火がともり始めた。
「それは…」
隼人とカトリのアクシデントの件については、自分が二人を嫉妬していることはさすがに言えなかった志織は口を濁してうつむいた。
「どうなんだよ、東条!」
反論できない志織に隼人の舌鋒が鋭く向けられた。
「…じゃあ、さ」
勢いづく隼人に対して、うつむいていた志織が静かに話し始めた。
「あのまま私が放って置いたら、赤城とカトリはあの先どうなっていたのさ?」
志織は内に何かを秘めたような口調で隼人に詰問した。
「どうなっていた、って…」
自分の妄想を率直に志織に言うことができずに、今度は隼人の方が口を濁す番だった。
「そして、男の赤城と抱き合っているところを女子の私に見られたのに気付いていたら、女の子のカトリがどう思うかって考えなかったの?」
「どう思うか、って…」
その観点からは『アクシデント』について考えていなかった隼人は即答できなかった。
「言っとくけど、女子内のネットワークとそこを駆け巡るフェイクとリアルを問わないウワサの恐ろしさは、男子の赤城の想像を超えているのよ。だから、誰であれ女子にあんなところを見られたと知っただけでカトリは完全に絶望するに違いない… まあ、私はそういうの嫌いだから、そんなことする気はないけどね」
志織の語る自分の知らない女子視点の回答を隼人は黙って聞くしかできなかった。
「それで、私以外の誰にも赤城が言うところの『アクシデント』が見られないようにしたかったのよ」
志織が淡々と語る理由を聞いた隼人はエマに『アクシデント』を見られていた場合の惨状を思い浮かべて身が震え始めていた。
「この話はここまでにしましょうよ、お互いに」
志織が隼人に今の話題の終了を持ち掛けた。
「…ところでさ、赤城にちょっと聞かせて欲しいことがあるんだけど」
少し間をとってから、思いつめたような顔になった志織が隼人に問いかけた。
「赤城はカトリのこと、どう思っている?」
張りつめた空気と静けさに満ちあふれた夜の森の中で、威圧的な声の主が近づいて来る気配を隼人は感じ取っていた。
ガサ… ガサ… ガサ…
少し先の方の草むらの中で人が動いている…
“あの女教師コッチへ近づいて来やがったな… もうカトリは逃がしたからオレ一人がやり過ごせば大丈夫さ… でも、急に静かになったのが不気味だな…”
隼人は何ごとも逃さないよう、音のした方へ注意力を集中し続けた。
「……」
月明かりも届かない夜のとばりの中、緊張がさらに高まっていく。
ガサ… ガサ…
目には見えていないが、身を潜める人間が確実に自分の方へ迫って来るのを隼人はひしひしと感じていた。
“この距離なら歩いて来ていれば、そろそろ姿が見えてきてもおかしくないんだが… そばにもう近づいているはずだろ?”
隼人は声の主がいまだ姿を見せずにいることに疑問というより脅威を感じ始めていた。
ガサッ… ガサッ… ガサッ…
「!!!」
間近の草むらの、自分の背後からおきた音の方へ、隼人は思わず振り向いた。
「あかぎ はやと、クン!」
「う、うおっ!!!」
声と同時に人が両手を広げながら飛び上がって来たので、隼人は受け身をとる間もなく尻餅をついてしまった。
「なーんちゃって♡」
「東… 条… か?」
「ねえ、驚いた?!」
地面にへたり込んだ隼人の方へ、イタズラっぽく舌を出して草むらから出てきた志織が近づいて来た。手を後ろに組みながら近寄って来た志織の余りに無邪気な笑顔を見て隼人は怒りを感じ始めた。
「何が『なーんちゃって』だ! 冗談にもホドがあるだろ!」
“もしかして、この調子で教師のフリもしていたのか? これをタダの悪ふざけで済ますつもりだっていうのか?”
怒った様子の隼人にかまわず、志織は近づいて来ると無言で真っ直ぐ隼人の目をのぞき込んだ。
“おい東条、何で黙ってコッチ見ているんだよ?”
猛烈な抗議にも黙ったまま動じない志織の態度が隼人の心に不安の種を植え付けた。
“えっ… もしかして… 待てよ… カトリとのことを見られちまったのか…”
隼人の顔つきは初めの険しい表情から徐々に不安で心配するような表情に変わった。それどころか、志織の方からは何も聞いてもいないのに、隼人はいきなり釈明をし始めた。
「だって、あれは事故だったんだ… アクシデントでカトリとオレはあんな具合に… 分かってくれるよな…」
“ちょっと見ていられなかったけど… あれは事故?だったと言えるのかしらね… だって、二人ともゼンゼン困ったり嫌がっていた様子は見えなかったわよ…”
「あのアクシデントのことは… 頼むからみんなには黙っておいてくれないか?」
言い訳と懇願をする隼人のとまどった表情を目にして、志織の胸中にはイヤミともイタズラとも言えないような気持ちが湧き上がってきた。
「あのさ、そのカトリと赤城があんな具合になったアクシデントって何のこと?」
「…っ!」
“東条はあのことを知らなかったのか! オレは余計なことを言っちまった…”
志織の返答を耳にしたとたん、あっという間に隼人の顔には絶望の相が表れた。
“赤城をチョットだけからかうオトボケにしては効き目が強すぎたようね”
愕然としたままの隼人の様子を見て、志織は少しばかりの罪悪感を感じてきた。
「…ゴメンね赤城。本当は私、赤城とカトリのことは見ていたんだ… 今のはヤリ過ぎだったわね…」
志織の謝罪の言葉を聞いたとたん、志織を見ていた隼人は見る見るうちに唖然とした表情になっていった。
「そうね… 私もあれは事故だったと思う…」
「じゃあ、なんでワザワザ見ていないフリをしたんだ!? もしかしてオレたちを脅したような女教師のマネまでしてたんじゃないのか?」
志織が自分の言い分を認めたと見るや、再び隼人の心に怒りの火がともり始めた。
「それは…」
隼人とカトリのアクシデントの件については、自分が二人を嫉妬していることはさすがに言えなかった志織は口を濁してうつむいた。
「どうなんだよ、東条!」
反論できない志織に隼人の舌鋒が鋭く向けられた。
「…じゃあ、さ」
勢いづく隼人に対して、うつむいていた志織が静かに話し始めた。
「あのまま私が放って置いたら、赤城とカトリはあの先どうなっていたのさ?」
志織は内に何かを秘めたような口調で隼人に詰問した。
「どうなっていた、って…」
自分の妄想を率直に志織に言うことができずに、今度は隼人の方が口を濁す番だった。
「そして、男の赤城と抱き合っているところを女子の私に見られたのに気付いていたら、女の子のカトリがどう思うかって考えなかったの?」
「どう思うか、って…」
その観点からは『アクシデント』について考えていなかった隼人は即答できなかった。
「言っとくけど、女子内のネットワークとそこを駆け巡るフェイクとリアルを問わないウワサの恐ろしさは、男子の赤城の想像を超えているのよ。だから、誰であれ女子にあんなところを見られたと知っただけでカトリは完全に絶望するに違いない… まあ、私はそういうの嫌いだから、そんなことする気はないけどね」
志織の語る自分の知らない女子視点の回答を隼人は黙って聞くしかできなかった。
「それで、私以外の誰にも赤城が言うところの『アクシデント』が見られないようにしたかったのよ」
志織が淡々と語る理由を聞いた隼人はエマに『アクシデント』を見られていた場合の惨状を思い浮かべて身が震え始めていた。
「この話はここまでにしましょうよ、お互いに」
志織が隼人に今の話題の終了を持ち掛けた。
「…ところでさ、赤城にちょっと聞かせて欲しいことがあるんだけど」
少し間をとってから、思いつめたような顔になった志織が隼人に問いかけた。
「赤城はカトリのこと、どう思っている?」