初めての任務へ
文字数 2,799文字
翌日は久しぶりに雨が降っていた。雨の中で木々の緑や花々の色はかえって鮮やかさを増しているが、校庭は水たまりになってまるで泥沼のようだ。そんな日のカトリと隼人のクラスの午後の授業は体育で、体育館の中で男子女子共にバスケットボールをそれぞれ行っていた。
得意のバスケをしていたカトリだったが、プレーのさなかにビクッとして立ち止まり持っていたボールを落っことした。それから手を上げてコートから出ると、体育着をまくり上げて内側に首からぶら下げていた震えるスマホの画面を確認した。
突然体育着をまくり上げたカトリに周囲の目は釘付けになった。もちろん体育着の下には見せパンならぬ見せシャツを着ていたが、周りの目にあまりに無頓着な態度に周囲の方が目のやり場に困った。
そのままカトリは体育着を元に戻してから体育館を走って去っていった。
「まあ、なんて大胆なことを… 確か外国に住むおばさんからの電話って言うことだったわね… 体育の授業中まで電話を首から下げて持ち歩くなんて徹底しているわね… これもドイツ系ゆえの性質なのかしら…」
カトリの出て行く姿をなかば呆れながら、エマは目で追っていた。
カトリはそのまま保健室へ直行すると、厳しい表情のヨーコ先生が待っていた。
「敵の銀行襲撃が井口町であったわ! 用意はしてあるから、そのままの服装でいいから、相談室の外出入口から急いで外の宅配便のバンに乗って!」
カトリは相談室へ向かいながらヨーコ先生の方も見ずに大声で返事をした。
「本当に外の宅配便のバンでいいんですね?」
緊急事態発生の連絡を警察から受けてあわてていたヨーコ先生だったが、隼人を危険な現場に出すことは簡単には決められなかった。ただ、カトリ一人では荷が重いことも承知していた。
思案中にも、警察からは早く応援を送るよう繰り返し催促があった。実証実験のデータ収集のためと自分を偽って、仕方なく隼人も呼ぶことにした。カトリには本当に申し訳ないことをしたと心が痛んだ。
今すぐ隼人を保健室に呼び出さなければならないが、自分もこの場を離れる訳にいかない。呼び出す選択肢はあれしかないが、躊躇してしまう。だが、今はそんなことを言っている場合でないことも十分に分かっていた。ヨーコ先生は電話の受話器を取ってボタンを押した。
「1-Bの赤城隼人、至急保健室に来なさい。繰り返します、1-Bの赤城隼人、至急保健室に来なさい」
学校内の緊急放送で授業中の全教室に隼人の名前が響き渡った。学校中の生徒たちはもちろん、講義をしていた教師たちも静かな教室内への突然の放送に驚いていた。
しかし、一番驚いたのは当の隼人で、体育館で呆然自失となっていた。竜崎剛介に腕をつかまれ少し乱暴に揺さぶられて、隼人は気を取り戻した。ボンヤリしたまま保健室へかけて行くと、ヨーコ先生は保健室に着いた隼人の手を引っ張って、相談室を抜けて外の宅配便のバンに押し込んだ。
「ビッテ! ハヤト、こんなところで何しているの?」
カトリはバンに乗り込んで来た隼人を見てスットンキョウな声を上げた。
「カトリ、君こそ何でここにいるんだ? オレはヨーコ先生に訳も分からずここに押し込まれたんだ!」
「ヨーコに連れてこられたの?! ってことは… あなたが私のバディなの?!」
「こっちの方が教えて欲しいよ! 何がどうなってるんだ?!」
バンが急に曲がって、二人はよろけて抱き合って倒れ込んだ。真っ赤になって無理やり体を離そうともがく隼人の手を握って、カトリは片膝立ちになって優しく話しかけた。
「待ってハヤト… 落ち着いて… 落ち着いて…」
カトリは隼人に話しかけていたが、自分にも言い聞かせているようだった。
「詳しいことは後でするけど、私たちこれから、悪い奴らを退治に行くの。そこで私は敵を撃ち、あなたは周囲の状況や距離とかを私に教えるの。分かった?」
「撃つって何で撃つの?」
カトリに目を合わせずに、おそるおそる隼人は聞き返した。
「銃で撃つのよ」
カトリは落ち着いて返事をした。
「これは神様を守るためにするの。敵は殺さないようにゴムの銃弾を使います。捕まえた敵からは情報を聞き出します」
「そんなこと急に言われたって…」
「いいこと、ハヤト、これは私とあなたに与えられた神様のための任務なの。敵は自分たちの目的のために普通の人たちを巻き込むことも平気なの、分かる? 日本のお巡りさんがしたくてもできないから、私たちが協力して捕まえるの。もうこれ以上の議論は止めましょう」
カトリの声には隼人の拒否を認めない厳しさがあった。そのとき、室内のスピーカーからあと5分で現場到着とのアナウンスがあった。機材の準備とインカムで警察と連絡を取り合う準備をするよう告げられた。
「今日は警察との共同作戦なのね。あなたは、現場では周囲の状況や距離とかを私に教えて」
カトリは単眼鏡とレーザー測距器を三脚に取り付けたり組み立てたりし始めた。
「ハヤト、銃をケースから取り出して大切に持っていて。精密機器だからどこにもぶつけないよう気を付けてね」
「わかった気を付けるよ、カトリ。ふーん、ユナートルのミルドットスコープか… 前に見た気がする…」
言われたとおり銃を抱えた隼人は、今まで本物の銃を持ったこともないのに不思議と落ち着くとともに、とても懐かしい感じがした。
現場に到着するとバンは後部を銀行の方にできるだけ真っ直ぐ向けて停車した。バンの貨物出し入れ扉には天井近くに横長の銃眼用の開閉式窓が設けてあった。室内の貨物スペースは床が高く上げてあって銃が可能な限り高いところから打てるように改装されている。
三脚を付けた単眼鏡と測距器を貨物室内に設置したカトリは、隼人が抱えていた銃を受け取り銃眼の高さに合わせて室内に両サイドを渡してある帯に銃身を乗せた。銃のスコープを通して銀行裏の出入り口を見ながら、カトリは隼人に話しかける。
「モノアイをのぞいて、ハヤト。パトカーが取り囲んでいる銀行の駐車場が見えるわね。銀行の裏口に向かってこれでレーザーを当てて距離を測って。何メートルくらいかしら?」
カトリに教えてもらいながら隼人はうなずいて距離を測る。測距結果は直ぐに機材に表示される。
「250m。スコープ内のドットの間隔は250mのときは25cmのはずだよ」
「分かったわ。また、モノアイを動かして銀行の周囲をよく観察して何かあったら教えてちょうだい」
マニュアルも見ずにスコープを調整しながら、頭部につけたインカムに向かってカトリは話しかけた。
「こちらは準備できました」
得意のバスケをしていたカトリだったが、プレーのさなかにビクッとして立ち止まり持っていたボールを落っことした。それから手を上げてコートから出ると、体育着をまくり上げて内側に首からぶら下げていた震えるスマホの画面を確認した。
突然体育着をまくり上げたカトリに周囲の目は釘付けになった。もちろん体育着の下には見せパンならぬ見せシャツを着ていたが、周りの目にあまりに無頓着な態度に周囲の方が目のやり場に困った。
そのままカトリは体育着を元に戻してから体育館を走って去っていった。
「まあ、なんて大胆なことを… 確か外国に住むおばさんからの電話って言うことだったわね… 体育の授業中まで電話を首から下げて持ち歩くなんて徹底しているわね… これもドイツ系ゆえの性質なのかしら…」
カトリの出て行く姿をなかば呆れながら、エマは目で追っていた。
カトリはそのまま保健室へ直行すると、厳しい表情のヨーコ先生が待っていた。
「敵の銀行襲撃が井口町であったわ! 用意はしてあるから、そのままの服装でいいから、相談室の外出入口から急いで外の宅配便のバンに乗って!」
カトリは相談室へ向かいながらヨーコ先生の方も見ずに大声で返事をした。
「本当に外の宅配便のバンでいいんですね?」
緊急事態発生の連絡を警察から受けてあわてていたヨーコ先生だったが、隼人を危険な現場に出すことは簡単には決められなかった。ただ、カトリ一人では荷が重いことも承知していた。
思案中にも、警察からは早く応援を送るよう繰り返し催促があった。実証実験のデータ収集のためと自分を偽って、仕方なく隼人も呼ぶことにした。カトリには本当に申し訳ないことをしたと心が痛んだ。
今すぐ隼人を保健室に呼び出さなければならないが、自分もこの場を離れる訳にいかない。呼び出す選択肢はあれしかないが、躊躇してしまう。だが、今はそんなことを言っている場合でないことも十分に分かっていた。ヨーコ先生は電話の受話器を取ってボタンを押した。
「1-Bの赤城隼人、至急保健室に来なさい。繰り返します、1-Bの赤城隼人、至急保健室に来なさい」
学校内の緊急放送で授業中の全教室に隼人の名前が響き渡った。学校中の生徒たちはもちろん、講義をしていた教師たちも静かな教室内への突然の放送に驚いていた。
しかし、一番驚いたのは当の隼人で、体育館で呆然自失となっていた。竜崎剛介に腕をつかまれ少し乱暴に揺さぶられて、隼人は気を取り戻した。ボンヤリしたまま保健室へかけて行くと、ヨーコ先生は保健室に着いた隼人の手を引っ張って、相談室を抜けて外の宅配便のバンに押し込んだ。
「ビッテ! ハヤト、こんなところで何しているの?」
カトリはバンに乗り込んで来た隼人を見てスットンキョウな声を上げた。
「カトリ、君こそ何でここにいるんだ? オレはヨーコ先生に訳も分からずここに押し込まれたんだ!」
「ヨーコに連れてこられたの?! ってことは… あなたが私のバディなの?!」
「こっちの方が教えて欲しいよ! 何がどうなってるんだ?!」
バンが急に曲がって、二人はよろけて抱き合って倒れ込んだ。真っ赤になって無理やり体を離そうともがく隼人の手を握って、カトリは片膝立ちになって優しく話しかけた。
「待ってハヤト… 落ち着いて… 落ち着いて…」
カトリは隼人に話しかけていたが、自分にも言い聞かせているようだった。
「詳しいことは後でするけど、私たちこれから、悪い奴らを退治に行くの。そこで私は敵を撃ち、あなたは周囲の状況や距離とかを私に教えるの。分かった?」
「撃つって何で撃つの?」
カトリに目を合わせずに、おそるおそる隼人は聞き返した。
「銃で撃つのよ」
カトリは落ち着いて返事をした。
「これは神様を守るためにするの。敵は殺さないようにゴムの銃弾を使います。捕まえた敵からは情報を聞き出します」
「そんなこと急に言われたって…」
「いいこと、ハヤト、これは私とあなたに与えられた神様のための任務なの。敵は自分たちの目的のために普通の人たちを巻き込むことも平気なの、分かる? 日本のお巡りさんがしたくてもできないから、私たちが協力して捕まえるの。もうこれ以上の議論は止めましょう」
カトリの声には隼人の拒否を認めない厳しさがあった。そのとき、室内のスピーカーからあと5分で現場到着とのアナウンスがあった。機材の準備とインカムで警察と連絡を取り合う準備をするよう告げられた。
「今日は警察との共同作戦なのね。あなたは、現場では周囲の状況や距離とかを私に教えて」
カトリは単眼鏡とレーザー測距器を三脚に取り付けたり組み立てたりし始めた。
「ハヤト、銃をケースから取り出して大切に持っていて。精密機器だからどこにもぶつけないよう気を付けてね」
「わかった気を付けるよ、カトリ。ふーん、ユナートルのミルドットスコープか… 前に見た気がする…」
言われたとおり銃を抱えた隼人は、今まで本物の銃を持ったこともないのに不思議と落ち着くとともに、とても懐かしい感じがした。
現場に到着するとバンは後部を銀行の方にできるだけ真っ直ぐ向けて停車した。バンの貨物出し入れ扉には天井近くに横長の銃眼用の開閉式窓が設けてあった。室内の貨物スペースは床が高く上げてあって銃が可能な限り高いところから打てるように改装されている。
三脚を付けた単眼鏡と測距器を貨物室内に設置したカトリは、隼人が抱えていた銃を受け取り銃眼の高さに合わせて室内に両サイドを渡してある帯に銃身を乗せた。銃のスコープを通して銀行裏の出入り口を見ながら、カトリは隼人に話しかける。
「モノアイをのぞいて、ハヤト。パトカーが取り囲んでいる銀行の駐車場が見えるわね。銀行の裏口に向かってこれでレーザーを当てて距離を測って。何メートルくらいかしら?」
カトリに教えてもらいながら隼人はうなずいて距離を測る。測距結果は直ぐに機材に表示される。
「250m。スコープ内のドットの間隔は250mのときは25cmのはずだよ」
「分かったわ。また、モノアイを動かして銀行の周囲をよく観察して何かあったら教えてちょうだい」
マニュアルも見ずにスコープを調整しながら、頭部につけたインカムに向かってカトリは話しかけた。
「こちらは準備できました」