a  follow-up

文字数 1,780文字

 響子先生は今日の放課後も忙しかった。

 これから行われるスキー教室の役員の生徒たちとの打ち合わせと、校内の教務委員会で各教科代表の先生たちとの連絡調整の二つを同じ日の放課後にすることになっているのだ。

 「それぞれが妙に神経をつかうのに… それらが同じ日に重なるなんて運がないわ… 先生方や生徒たちも他にもいろいろな用件を抱えて空いている日が今日しかないのはわかるけどね…」

 「…、神鳴先生っ!」

 ひとり言が漏れ出ていることに気づかずに考えごとをしながら廊下を歩いていると、校長先生から声をかけられて響子先生はあわてて顔を向けた。

 「先生、今日の午後4時15分から応接室ですからよろしくお願いしますよ。あ、それと、この間みたいに時間に遅れないでくださいね」

 “完全に忘れていたわ… 今日はもう一つ大切な用事があるんだった…”

 新規採用として聖エルモ学園に配属されてから早やいくとせ。校内の分掌もいくつか任せられるようになった。たしかに校内の役割や生徒活動の役目はやりがいがある。ただ、一人あたりの分量が私立学校だからか多い。そのため人材の定着率が低くなり、それがまた役割や役目の増加につながって人材が定着しない、の負のループだ。

 “そんなことばかり考えてないで、まず目の前のことを片付けていかないと”

 響子先生がスキー教室の資料を取りに職員室へ入るとエマを見つけた。

 「エマさん、机の上にあるお知らせを教室へ持って行っておいてください」

 “まず、スキー教室の件からやっつけよう”

 響子先生は必要な資料を持って生徒会室へ向かった。


 コンコン

 ノックの音が応接室内に響いた。

 「遅れてしまって申し訳ありません。私が教務担当の神鳴です」

 響子先生のお詫びと同時に、ソファに腰かけていた真新しいスーツを着ていた男性が立ち上がって、ぎこちなくお辞儀をした。

 「赤城隼人です。先生、お久しぶりですが、お元気ですか?」

 「来年度の新規採用者ってあなただったの、赤城君? お辞儀はもういいから掛けてちょうだい」

 スーツに着慣れていない感じの隼人は窮屈そうにソファに座った。

 「あなたは1年生の1学期、中間テストの前に急に転校しちゃったんだよね。あなた以外に福本君と東条さんもそうだった。みんなして同じように学校にも来ることもなく突然に… カトリは事故で頭を強く打って意識が戻らないまま退学することになったのよね…」

 「先生、そのことは昔のことだから… 私は新年度から聖エルモで養護教諭として保健室に勤務するんですが…」

 「あなたが保健室の先生になって来てくれるなんて考えてもみなかったわ」

 「エマも聖エルモで勤務しているんですね。私は、ヨーコ先生のように人を助ける仕事をしたくなったんです。ヨーコ先生は厳しかったけど、いつも生徒たちの話をよく聞いては親身になって身体や心のケアをしてくれて、生徒たちみんなに慕われていたから」

 そう言ってから隼人は困惑した表情になって話を続けた。

 「あの頃は自分でも理由がわからないけど、他人に身体を乗っ取られたような感じになることがあって… 詳しくは言えないんですが、勝手に身体が動いて危ないことを平気でやって、なぜかそれを簡単にクリアしてたんです」

 響子先生は隼人の話を興味深そうに聞いていた。 

 「そんなバカなことと笑われるかも知れませんが… でも転校したあとでは、そんな幻聴や幻覚とかが無くなっていって自分自身のことや進む道を考えることができるようになったんです」

 コンコン

 「時間に遅れてしまって大変申し訳ありません」

 ノックの音の方に隼人と響子先生の目が向いた。

 「今日の打ち合わせに参りました」

 スーツを着た女性が折り目正しいお辞儀をした。

 「香取しるべと申します。聖エルモ学園で新年度から英語を教えることになりました」

 「かとり!? しるべさん…」

 驚いた隼人はしるべのことを見つめると、身を乗り出して二度聞きした。

 「私、変わった名前ですよね…」

 伏し目がちの女性は頬を赤く染めた。
 
 「『道しるべ』からとった名前なんです。道案内やてびきをするように人助けができるようになって欲しいという願いから付けられたんです。山歩きで目印として木の枝を結んだり折ったりして作る『枝折り』から『しおり』という意味もあるそうです。それでは…」


 
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登場人物紹介

赤城 隼人(あかぎ はやと)

前の年にある手術を外国でしたため、みんなより1才年上の高校1年生

困っている人を助けずにはいられない優しいところも

窮地におちいると性格が急変することが?!


カトリーナ クライン

カトリック教徒で神様が大好き

ドイツ系スイス人の留学生で日本の文化慣習に疑問を持つことも

日本に来たのは勉強のためだけではなさそうな…

神鳴 響子(かみなり きょうこ)

隼人やカトリーナたちのクラスの担任の先生

柔和な中にも厳しい一面がある、この学校が好きな卒業生

「生徒たちには成長を期待しています」

東条 志織(とうじょう しおり)

誰とでも仲良くなれる社交的な女の子

ときには、周囲の人間関係をひっかき回すことが

実は何を思っているかは誰にもわからない

竜崎 剛介(りゅうざき ごうすけ)

地域で力を持つ竜崎グループの御曹司

家庭環境のせいか典型的オレ様タイプ

根は腐っていないので真の愛に目覚めるか

江間 絵馬(えま えま)

聖エルモ学園の24時間録画カメラ

ジャーナリスト魂の持ち主

相手によっては日和見することも

サトー ヨーコ

学園で一番人気の大人な美人

表向きは保健室のクールな先生

裏の稼業は読んでのお楽しみ

福本 陽二(ふくもと ようじ)

何にも考えず、思ったことをすぐ口にするタイプ

かなりのビビリで動揺が隠せないチキンな面も

加えて志織のことが気になる様子も隠せない

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