二人きりの時に隼人が知りたかったこと
文字数 3,046文字
廃ホテルに立ち入ると、かつては立派なエントランスだったであろうホールにはその面影はもはや残っていなかった。備品のソファーのクッションには切れ目が入れられて中身があらわになっており、大きな花瓶からは観葉植物が引き抜かれ、ばらまかれた土と一緒に床にまき散らされていた。その他にも机やイスが散乱し、持ち込まれたと思われるゴミが一面に散らかっていて、そこらの壁にはスプレーで品の無い落書きが大きく書かれていた。
まだ、このあたりは入口や壁のガラスを通して外の光が入り予想よりも明るかったが、奥に進むには懐中電灯が必要だった。
「予想していたより、すさんでいるわね…」
なかば呆然としてエマがつぶやいた。
「この荒れ果てた建物の設備や物品が昔は大勢の人たちが使われていたかと思うと、『盛者必衰』って感じで不気味だな」
建物内部を見回しながら隼人がエマのつぶやきに呼応した。
“マジにヤバいかも…”
シリアスな表情をリアルに浮かべたエマが隼人の体に自分の身を隠すようにして、隼人の袖を引っ張って自分の身に寄せていた。
隼人が先へ進んで行こうとすると、エマは体をビクッと震わせてから隼人から離れないように後について来た。
《今夜のミッションではこの建物内での近接戦闘までモツれ込む可能性があるから、内部の間取りや通路を実地観測だ》
隼人の心の内に自分とは違う別の意思の声が聞こえてきた。
“こんな不気味なところはサッサと行っちまいたいよ”
隼人本人の気持ちとは裏腹に建物内を懐中電灯で照らしながら、素早くかつポイントを押さえつつ《隼人》は建物の内部を観測して記憶していった。
「ねえ、こんな暗闇の中で何を探し回って歩いているのかな、赤城君は?」
引きつった声でエマが隼人の腕を引っ張りながら問いかけたが、隼人は淡々と作業をこなし続けて、差し障りの無い返事をした。
「目印を隠す場所を探しているんだよ、エマ。見つかりにくくて、見つかりやすい場所をね」
「変なのそれ! いったいどっちなの?」
エマは一瞬、恐怖を忘れて思わず吹き出してしまった。
《そうか、女の子はしゃべってナンボだったな》
隼人は自分の観測ペースは落とさないままでエマに話しかけた。
「学園の面白いウワサとか知らないか?」
エマは急に目を輝かせ始めて、自分から隼人の顔にホホが触れそうなくらいに近づいた。
「身近なところで言うと、剛介なんだけど、地元では有名な実業家の跡取り息子なんだけど、自分の意志とは関係のなくこの学園に入れられて、荒れてるらしいの。本当は野球がやりたくって、超有名校のスカウトからも話があったくらいなんだって」
エマは一気にしゃべると続けざまに次の話をし始めた。
「担任の響子先生も昔は結構なワルだったらしいのよ。それで、ある事件を起こして心の底から改心してシスターになったらしいの。そのときの心の入れ替え様ったら物凄くて、猛勉強してバチカン市国の法王庁にも知り合いがいるらしいのよ」
「面白い話だな! 人は見かけによらないって本当なんだ! あとさ、あの誰も手を出せない事件のことで知っていることはないか?」
エマの方も見ずに隼人は相づちをするだけだったが、エマは気にも留めていなかった。
「その件はナゾが多いのよね… ただ、父さんによると、ちょっと前に銀行強盗があって犯人の一人に逃げられたらしいんだ。あの事件と関係ありそうなんだけど、詳しいことは公表されないし、メディアも発表をしないよう協力を求められているんだって。知る権利があるはずなのに変だよね」
《おい、この際だから、聞きたいことを代わって聞いてやるよ》
突然、内なる声が隼人に協力を申し出てきた。
“オレの聞きたいことって、何言ってんだよ?!”
出しゃばってきた内なる声に隼人は怒りを覚えた。
“ふざけんなよ! 余計なことするんじゃねーぞ!”
《まあ、いいから任せておけって》
「エマ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ…」
まだ話足りなさそうなエマだったが、改まった隼人の口調に、耳を傾けてくれた。
「オレ、実はカトリとのことについて悩みがあって… 女の子としての意見を聞かせてくれないか?」
隼人はエマの目を真っ直ぐ見つめて、エマの手をとって話かけた。突然のことにエマは戸惑ったが、頼ってくる隼人に他意を感じなかったので、そのまま話を聞いた。
《オーライ、こういうことには慣れているんだぜ》
“チ、チョット、待った!”
「オレ、カトリと一緒にいると引け目を感じることがあるんだ… アイツさ、いつも本気だし、人の嫌がることを進んでやって、頭もいいし…」
「それを自慢しないでしょ? かなりスゴイ人よね。確かに自分のことと比べると、全然かなわないと思うわね」
隼人の言葉の後に、うなずきながらエマは付け加えてしゃべった。
「でもね、カトリはそれが当たり前のことだと思っているの、きっと。赤城君と自分を比べようとは思いもしないはずよ。だから」
「だから?」
エマは柔らかく手を握ってくる隼人の視線を受け止めつつ話を続ける。
「だから、赤城君もカトリと自分を比べちゃいけないの。カトリは損得で赤城君と一緒にいる訳じゃない。後はどうすべきか自分で考えなさいよ、赤城君」
「もったいぶらないで、答えがあるなら全部教えてくれよ」
隼人は真剣な顔つきになって、いつしかエマの手を握る力が強くなっていた。
「正解を全部覚えるとは違うのよ。正解を自分で考えて生み出すことが大切なの」
エマは隼人の手を優しくほどいた。
「そうか、わかったよエマ。自分で考えてみるよ。悩みを聞いてくれてありがとう」
隼人はエマの目をあらためて見つめ直したが、エマは少し照れてしまった。
「ところで、目印を置く場所は見つかったの?」
「ちょうどいい物と場所があったんだ。そこに置いてくるから待っていてくれよ」
隼人は入口からほぼ一直線の奥の方の部屋の中央に、壁際に置いてあるテーブルを持って来ようとして、暗闇の中にビニールシートにくるまれて置かれた細い鉄パイプの束を蹴ってしまった。
「イテッ!」
「大丈夫、赤城?」
「大丈夫だ。テーブルを動かす時に硬いものを蹴っただけさ」
部屋の真ん中にテーブルを置いて、そこに目立つようにキーホルダーを置いた。
「もうちょっとだけ待ってくれないか? みんながケガしないようにするから」
暗闇の中にある足元の障害物を動かそうとして、隼人はビニールシートを引っ張った。
重量物が包まれていたのでシートだけが動き、鉄パイプについている突起物が隼人の手に当たって引っかき傷をつけた。
「アブねーな、何が入っているんだ?」
隼人が懐中電灯で照らしてみると、敵が使っていた突撃銃、あのAK-47の銃身がスーパーの特売の長ネギのように束ねられていた。隼人は元どおりにシートを包み直してエマに大声をかけた。
「おい、エマ、すぐにみんなのところへ戻るぞ!」
「急にあわて始めてどうしたのよ?」
訳の分からないまま怒鳴られて釈然としないエマの腕を引いて、隼人は来た道を急ぎ足で戻って行った。
まだ、このあたりは入口や壁のガラスを通して外の光が入り予想よりも明るかったが、奥に進むには懐中電灯が必要だった。
「予想していたより、すさんでいるわね…」
なかば呆然としてエマがつぶやいた。
「この荒れ果てた建物の設備や物品が昔は大勢の人たちが使われていたかと思うと、『盛者必衰』って感じで不気味だな」
建物内部を見回しながら隼人がエマのつぶやきに呼応した。
“マジにヤバいかも…”
シリアスな表情をリアルに浮かべたエマが隼人の体に自分の身を隠すようにして、隼人の袖を引っ張って自分の身に寄せていた。
隼人が先へ進んで行こうとすると、エマは体をビクッと震わせてから隼人から離れないように後について来た。
《今夜のミッションではこの建物内での近接戦闘までモツれ込む可能性があるから、内部の間取りや通路を実地観測だ》
隼人の心の内に自分とは違う別の意思の声が聞こえてきた。
“こんな不気味なところはサッサと行っちまいたいよ”
隼人本人の気持ちとは裏腹に建物内を懐中電灯で照らしながら、素早くかつポイントを押さえつつ《隼人》は建物の内部を観測して記憶していった。
「ねえ、こんな暗闇の中で何を探し回って歩いているのかな、赤城君は?」
引きつった声でエマが隼人の腕を引っ張りながら問いかけたが、隼人は淡々と作業をこなし続けて、差し障りの無い返事をした。
「目印を隠す場所を探しているんだよ、エマ。見つかりにくくて、見つかりやすい場所をね」
「変なのそれ! いったいどっちなの?」
エマは一瞬、恐怖を忘れて思わず吹き出してしまった。
《そうか、女の子はしゃべってナンボだったな》
隼人は自分の観測ペースは落とさないままでエマに話しかけた。
「学園の面白いウワサとか知らないか?」
エマは急に目を輝かせ始めて、自分から隼人の顔にホホが触れそうなくらいに近づいた。
「身近なところで言うと、剛介なんだけど、地元では有名な実業家の跡取り息子なんだけど、自分の意志とは関係のなくこの学園に入れられて、荒れてるらしいの。本当は野球がやりたくって、超有名校のスカウトからも話があったくらいなんだって」
エマは一気にしゃべると続けざまに次の話をし始めた。
「担任の響子先生も昔は結構なワルだったらしいのよ。それで、ある事件を起こして心の底から改心してシスターになったらしいの。そのときの心の入れ替え様ったら物凄くて、猛勉強してバチカン市国の法王庁にも知り合いがいるらしいのよ」
「面白い話だな! 人は見かけによらないって本当なんだ! あとさ、あの誰も手を出せない事件のことで知っていることはないか?」
エマの方も見ずに隼人は相づちをするだけだったが、エマは気にも留めていなかった。
「その件はナゾが多いのよね… ただ、父さんによると、ちょっと前に銀行強盗があって犯人の一人に逃げられたらしいんだ。あの事件と関係ありそうなんだけど、詳しいことは公表されないし、メディアも発表をしないよう協力を求められているんだって。知る権利があるはずなのに変だよね」
《おい、この際だから、聞きたいことを代わって聞いてやるよ》
突然、内なる声が隼人に協力を申し出てきた。
“オレの聞きたいことって、何言ってんだよ?!”
出しゃばってきた内なる声に隼人は怒りを覚えた。
“ふざけんなよ! 余計なことするんじゃねーぞ!”
《まあ、いいから任せておけって》
「エマ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ…」
まだ話足りなさそうなエマだったが、改まった隼人の口調に、耳を傾けてくれた。
「オレ、実はカトリとのことについて悩みがあって… 女の子としての意見を聞かせてくれないか?」
隼人はエマの目を真っ直ぐ見つめて、エマの手をとって話かけた。突然のことにエマは戸惑ったが、頼ってくる隼人に他意を感じなかったので、そのまま話を聞いた。
《オーライ、こういうことには慣れているんだぜ》
“チ、チョット、待った!”
「オレ、カトリと一緒にいると引け目を感じることがあるんだ… アイツさ、いつも本気だし、人の嫌がることを進んでやって、頭もいいし…」
「それを自慢しないでしょ? かなりスゴイ人よね。確かに自分のことと比べると、全然かなわないと思うわね」
隼人の言葉の後に、うなずきながらエマは付け加えてしゃべった。
「でもね、カトリはそれが当たり前のことだと思っているの、きっと。赤城君と自分を比べようとは思いもしないはずよ。だから」
「だから?」
エマは柔らかく手を握ってくる隼人の視線を受け止めつつ話を続ける。
「だから、赤城君もカトリと自分を比べちゃいけないの。カトリは損得で赤城君と一緒にいる訳じゃない。後はどうすべきか自分で考えなさいよ、赤城君」
「もったいぶらないで、答えがあるなら全部教えてくれよ」
隼人は真剣な顔つきになって、いつしかエマの手を握る力が強くなっていた。
「正解を全部覚えるとは違うのよ。正解を自分で考えて生み出すことが大切なの」
エマは隼人の手を優しくほどいた。
「そうか、わかったよエマ。自分で考えてみるよ。悩みを聞いてくれてありがとう」
隼人はエマの目をあらためて見つめ直したが、エマは少し照れてしまった。
「ところで、目印を置く場所は見つかったの?」
「ちょうどいい物と場所があったんだ。そこに置いてくるから待っていてくれよ」
隼人は入口からほぼ一直線の奥の方の部屋の中央に、壁際に置いてあるテーブルを持って来ようとして、暗闇の中にビニールシートにくるまれて置かれた細い鉄パイプの束を蹴ってしまった。
「イテッ!」
「大丈夫、赤城?」
「大丈夫だ。テーブルを動かす時に硬いものを蹴っただけさ」
部屋の真ん中にテーブルを置いて、そこに目立つようにキーホルダーを置いた。
「もうちょっとだけ待ってくれないか? みんながケガしないようにするから」
暗闇の中にある足元の障害物を動かそうとして、隼人はビニールシートを引っ張った。
重量物が包まれていたのでシートだけが動き、鉄パイプについている突起物が隼人の手に当たって引っかき傷をつけた。
「アブねーな、何が入っているんだ?」
隼人が懐中電灯で照らしてみると、敵が使っていた突撃銃、あのAK-47の銃身がスーパーの特売の長ネギのように束ねられていた。隼人は元どおりにシートを包み直してエマに大声をかけた。
「おい、エマ、すぐにみんなのところへ戻るぞ!」
「急にあわて始めてどうしたのよ?」
訳の分からないまま怒鳴られて釈然としないエマの腕を引いて、隼人は来た道を急ぎ足で戻って行った。