何が起ころうとも上機嫌

文字数 2,334文字

 2泊3日あったオリエンテーション合宿後の休校日の翌日、雲一つない青空の下を剛介は機嫌良く登校し校門を通り抜け校舎へ向かっていた。

 “地引網やら登山やら普段はしないイベントが体験できて確かに面白かった。が…”

 さまざまなイベントを凌駕したあの『体験』のことを思い出すと剛介の頬が自然に緩んだ。

 “カトリと二人きりで肝試しをして、おまけに手をつないだんだよ俺は… B組の男子諸君!”

 小さいが温かく柔らかいカトリの手のぬくもりを一人占めできたことを剛介が繰り返し味わい返していたその時だった。

 「竜崎さん、ゴキゲンね」

 突然、見覚えのない女子が剛介に声をかけてきた。

 「この前はどうも… 鈴に呼んできてって言われたんだ…」

 “少しきつめな目つきだがきれいな顔の女だな… いったい誰だ? それにスズっていうのも誰なんだ?”

 不審そうな顔の剛介にかまわず、その女子は剛介の腕を引っ張った。

 「体育館の裏で待っているから行こう! なんだか人目につかない場所がいいらしいわよ…」

 「おい、お前は誰なんだ? スズって誰なんだ?」

 剛介の脇腹に女子は軽く肘打ちした。

 「何とぼけてんのよ、竜崎剛介君! この間のことは悪かったわ… だから鈴のためにワザワザこの私がパシリをやってあげてんでしょ」

 無理やり見知らぬ女子に引っ張られ、剛介は訳も分からず引きずられるようについて行った。

 校舎側のひらけた通りから体育館の角を回り、陽が陰って雑草が生い茂る裏手にたどり着くと、そこにはスカした髪型の背の高いスポーツ系男子がタバコを吸って待っていた。

 「この前はどうも…」

 スポーツ系男子男子がタバコを投げ捨てると、剛介の腕を強引に引っ張ていた女子はあっさりとその手を離しその男子の方へ駆け寄って行った。

 「お前はこの間みやげ物屋の前で騒いでいたヤローだな。いったいどうしてこんなところまで俺を呼び出したんだ?」

 「と に か く テメーのことを痛めつけねーと俺の気が済まねーんだよ」

 スポーツ系男子は剛介に駆け寄ると、いきなりみぞおちにパンチを食らわせた。

 「!」

 剛介の顔が苦痛にゆがむ。

 「一人ならテメーなんて怖くも何ともねーんだよ」
 
 腹部をかかえた剛介の体をスポーツ系男子は引きずり倒した。


 「やめんさい! アンタなにしよるん!」

 大声を出しながら美人の女の子が駆け寄って来てスポーツ系男子の前に立った。

 「るせーんだよ、オメ~は」

 チンピラみたいに凄みながらスポーツ系男子は美人の女の子に近づくと手を振り上げた。しかし、美人の女の子は両手を広げてスポーツ系男子の前に立ちはだかった。

 「そういうマネされると、ホ ン ト~ にムカつくんだよ!」

 パシッ!

 頬が赤く腫れていたが美人の女の子はひるむことなかった。


 「女に手を上げる男なんてサイテーだね」

 エマがスマホを向けながら害虫を見るような目でスポーツ系男子を見すえた。

 「全部録画したよ、A組の鷹野クン。人気者なのに誰も見てないとコンナことするヤツなんだ」

 「な、なにしてんだよ、お前… それよこせよ!」

 エマに近づこうとする焦り顔の鷹野の前に、美人の女の子が無言で立ちはだかる。

 「ここからサッサと消えないと拡散しちゃう、ぞ」

 エマの一言で鷹野たちはすぐにその場を去って行った。エマが剛介の方を振り向くと、美人の女の子が剛介を介抱しているところだった。

 「あのヤロー、いきなりなにしやがるんだ」

 「竜崎さん、大丈夫ですか? おケガはありませんか?」

 「俺はあのくらい平気だが、アンタはどうしてここに?」

 「校門を通ったところで美羽が真っ青になってウチのところへ飛んで来て、竜崎さんが杏奈に連れて行かれたって言うから…」

 「それでアンタは誰だ?」

 その一言で美人の女の子の顔色が変わった。

 「俺はアンタのことを知らないんだが…」

 微妙な空気があたりに漂った。

 「… やだー、なにトボケているのよ竜崎は! E組のカヅキ スズさんでしょ!」

 急にテンションを上げてエマが剛介の背中を勢いよく叩く。

 「イテーなエマ! なにするんだ!」

 「イタイじゃないでしょ竜崎! ほら、スズさんだよ、スズさん!」

 エマが鈴に見えないようにウインクしながら剛介へシグナルを送る。

 「ん… ん! そうそう、スズさんだ! 俺を助けてくれてありがとう!」

 「ありがとうって… そんな、ウチは何にもしとらんよ… でも竜崎さんのお役に立てたようでうれしい…」

 頭を下げる剛介へ顔を赤くした鈴が遠慮するように手を振った。

 「すずーっ! 大丈夫だったーっ?」

 しばらくすると美羽が息を切らしながら駆けってやって来た。
 
 「美羽も迎えに来てくれたけえ、ウチも行かんと! また会いに行くけん、よろしゅうネ」

 エマの横を通りすぎる際に鈴はエマに耳打ちをした。

 「カトリって子のこと、くれぐれもお願いするけん、ね」

 つぶやきのあとも表情をまったく変えずに歩き抜ける鈴の顔をエマは見つめた。

 鈴は美羽のところへ行き仲良くワチャワチャしてから、剛介とエマの二人の方に向いて小さく手を振った。


 「エマ、あの美人の女のこと知っているか?」

 「ううん… 目立つコだからクラスと名前だけ」

 「そうだよな… あの美人、あの男、それに俺を呼びに来た女のことは俺にも全然
思い当たらん… サッパリとな…」

 「私もなんだ… でも相手の方はみんな初対面じゃなかったみたいでとても不思議なんだよね…」

 “お役に立ててうれしい、って… 俺のことをかばってもらってコッチの方が助かったのにな… とってもいいコだな、すずさん…”

 変なこと不思議なことが起こったが、何が起ころうと今朝の剛介は機嫌が良かった。
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登場人物紹介

赤城 隼人(あかぎ はやと)

前の年にある手術を外国でしたため、みんなより1才年上の高校1年生

困っている人を助けずにはいられない優しいところも

窮地におちいると性格が急変することが?!


カトリーナ クライン

カトリック教徒で神様が大好き

ドイツ系スイス人の留学生で日本の文化慣習に疑問を持つことも

日本に来たのは勉強のためだけではなさそうな…

神鳴 響子(かみなり きょうこ)

隼人やカトリーナたちのクラスの担任の先生

柔和な中にも厳しい一面がある、この学校が好きな卒業生

「生徒たちには成長を期待しています」

東条 志織(とうじょう しおり)

誰とでも仲良くなれる社交的な女の子

ときには、周囲の人間関係をひっかき回すことが

実は何を思っているかは誰にもわからない

竜崎 剛介(りゅうざき ごうすけ)

地域で力を持つ竜崎グループの御曹司

家庭環境のせいか典型的オレ様タイプ

根は腐っていないので真の愛に目覚めるか

江間 絵馬(えま えま)

聖エルモ学園の24時間録画カメラ

ジャーナリスト魂の持ち主

相手によっては日和見することも

サトー ヨーコ

学園で一番人気の大人な美人

表向きは保健室のクールな先生

裏の稼業は読んでのお楽しみ

福本 陽二(ふくもと ようじ)

何にも考えず、思ったことをすぐ口にするタイプ

かなりのビビリで動揺が隠せないチキンな面も

加えて志織のことが気になる様子も隠せない

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