秘密の交換(タリタ・クミ)
文字数 2,159文字
「私は、小学校に入るか入らないかくらい小さいときに、今の医療では直せない病気に罹ったの」
カトリの話し方はいつもと変わらないものだった。
「そのとき私は大きな病院へ入院したの。両親も、そして病院の看護婦さんも私のことをよく面倒を見てくれて、私の病気が治るように神様へお祈りをしてくれていたわ。そのうち、まわりの大人が、どんどん、どんどん、私に優しくしてくれるようになったの。私は自分が苦いお薬や痛い注射を我慢するから、そのご褒美だと思っていたわ」
隼人もカトリの話に口をはさまず、静かに聞いていた。
「だけど、大人たちが優しくなればなるほど、自分の体の具合が悪くなっていくのが、私は不思議だったわ。みんなが一生懸命にお祈りをして、よくしてくれるから、自分が治らないはずはない、と信じていたの。ある日、両親がお医者さんとお話をしてお部屋へ戻ってきたら、私が大好きだったお菓子を持って来てくれたの。それまでは体に良くないから我慢しなさい、と言われていたお菓子だったのよ。その時にお母さんは泣いていたけど、わたしには理由は分からなかったの。だって、私はあんなに喜んでいたんですもの! 全部は私が食べられなくて残しちゃったせいかな? と思ってたわ。ただ、じきに体が弱ってしまって意識も失うようになっていったの」
カトリは幼い時のことなのにハッキリ覚えているようだった。
「長い長い間、暗いなかで私は眠っていたの。そうして眠り続けていたら、あるとき私の頭の近くで何かが白く光り輝き始めたのよ。そして私には優しくて力強い声が聞こえてきたの… 『少女よ、起きよ』 手も握ってくれていてとても安心したわ。だんだん自分のまわりが明るくなって来たから目を開けてみると、私をのぞき込んでいたお医者さんがとても驚いた顔をしていたのよ。私を取り囲んでいた大人たちが懸命にお祈りをしたり、泣いたりしていた。私が上半身を起こすと、両親が急いで寄って強く抱きしめてくれたわ」
“タリタ・クミ” という言葉が頭によぎった隼人は、スマホを握りしめながら、信じられない面持ちをしてカトリの話を聞き続けていた。
「私が眠っていた時の話を大人たちにすると、みんなが奇跡だ、神様の思し召しよ、と口々に言っていたの。不思議なことに病気は完全に治っていて、しばらくしてから退院できたのよ。それから私は神様が病気を治してくださったに違いない!って思って、神様が大好きになったの! それから辛い思いや苦しい思いをするたびに、あの『少女よ、起きよ』の声が、私を力づけてくれるのよ!」
カトリの話はこれだけではなかった。
「今、自分たちの力を世界中に誇示して、神様を無視する人たちが力を伸ばして来ているの。行き過ぎた科学技術の乱進や、無制限な利益と欲望の追求、環境破壊も考慮だにせず、自分たちに反する考え方を弾圧したりして、驕り高ぶって神様を冒とくしているのよ。自分たち以外の国で銀行強盗や麻薬販売など非合法な活動をして、資金の調達をしているの。私は、私の大好きな神様を認めない人たちを絶対に許さない。私は大きくなったら神様をお守りする仕事をしようと思ってきたの。それでバチカンのスイス衛兵になって、今は私は日本に来ているのよ」
「神様をお守りする仕事って… 本当なのか…」
あんまり荒唐無稽な話なので、隼人はカトリの話を全く信じられなかった。
「ええ、本当よ。あなただってCIAのメンバーでしょ? ヨーコから聞いていないの?」
カトリはシリアスな口調だった。
「エッ! オレがCIAのメンバー?! そんな話聞いてないよ!」
初耳のことばかりで、隼人には訳が分からなかった。
「そのことはヨーコから聞いてもらうことにして、ハヤトにはスポッターの経験はなかったの?」
「“スポッター”ってなに?」
「何が適切な能力を持った人材よ! ヨーコは私たちに黙っていることがいくつかあるようね… あっ、ハヤトには怒っていないから大丈夫よ」
ヨーコ先生への怒りと不信の念をいだいたカトリだったが、何の事情も知らずに国際情勢に巻き込まれた隼人を不憫に思った。
「ハヤト、少し話をするだけのつもりが長くなってごめんなさい。退院したばかりで疲れているところ、すっかり長い話に付き合わせてしまったわね。とにかく、この間のことはハヤトには悪いところは全然ないから心配しないで! 自分を責めないで、自分を愛してね。神様もハヤトを愛しているわ。私も同じよ! 明日元気に学校で会いましょう! それでは、おやすみなさい!」
カトリとの電話が終わっても、カトリが心配してくれたようには隼人は疲れてなかった。ただ、思わずカトリに誰にも話したことのない過去の出来事を言ってしまったこと、カトリから神様を好きになった理由や神様を認めない人たちを退治する話を聞いたこと、自分が知らぬ間にCIAのメンバーにされていたこと等が、モグラたたきのように頭のあちこちに浮かんでは消え、落ち着けなかった。寝不足で明日は元気には登校できそうにない気がした隼人であった。
ただ、二人には今すぐにでも解決しなければならない問題が残っていた。
カトリの話し方はいつもと変わらないものだった。
「そのとき私は大きな病院へ入院したの。両親も、そして病院の看護婦さんも私のことをよく面倒を見てくれて、私の病気が治るように神様へお祈りをしてくれていたわ。そのうち、まわりの大人が、どんどん、どんどん、私に優しくしてくれるようになったの。私は自分が苦いお薬や痛い注射を我慢するから、そのご褒美だと思っていたわ」
隼人もカトリの話に口をはさまず、静かに聞いていた。
「だけど、大人たちが優しくなればなるほど、自分の体の具合が悪くなっていくのが、私は不思議だったわ。みんなが一生懸命にお祈りをして、よくしてくれるから、自分が治らないはずはない、と信じていたの。ある日、両親がお医者さんとお話をしてお部屋へ戻ってきたら、私が大好きだったお菓子を持って来てくれたの。それまでは体に良くないから我慢しなさい、と言われていたお菓子だったのよ。その時にお母さんは泣いていたけど、わたしには理由は分からなかったの。だって、私はあんなに喜んでいたんですもの! 全部は私が食べられなくて残しちゃったせいかな? と思ってたわ。ただ、じきに体が弱ってしまって意識も失うようになっていったの」
カトリは幼い時のことなのにハッキリ覚えているようだった。
「長い長い間、暗いなかで私は眠っていたの。そうして眠り続けていたら、あるとき私の頭の近くで何かが白く光り輝き始めたのよ。そして私には優しくて力強い声が聞こえてきたの… 『少女よ、起きよ』 手も握ってくれていてとても安心したわ。だんだん自分のまわりが明るくなって来たから目を開けてみると、私をのぞき込んでいたお医者さんがとても驚いた顔をしていたのよ。私を取り囲んでいた大人たちが懸命にお祈りをしたり、泣いたりしていた。私が上半身を起こすと、両親が急いで寄って強く抱きしめてくれたわ」
“タリタ・クミ” という言葉が頭によぎった隼人は、スマホを握りしめながら、信じられない面持ちをしてカトリの話を聞き続けていた。
「私が眠っていた時の話を大人たちにすると、みんなが奇跡だ、神様の思し召しよ、と口々に言っていたの。不思議なことに病気は完全に治っていて、しばらくしてから退院できたのよ。それから私は神様が病気を治してくださったに違いない!って思って、神様が大好きになったの! それから辛い思いや苦しい思いをするたびに、あの『少女よ、起きよ』の声が、私を力づけてくれるのよ!」
カトリの話はこれだけではなかった。
「今、自分たちの力を世界中に誇示して、神様を無視する人たちが力を伸ばして来ているの。行き過ぎた科学技術の乱進や、無制限な利益と欲望の追求、環境破壊も考慮だにせず、自分たちに反する考え方を弾圧したりして、驕り高ぶって神様を冒とくしているのよ。自分たち以外の国で銀行強盗や麻薬販売など非合法な活動をして、資金の調達をしているの。私は、私の大好きな神様を認めない人たちを絶対に許さない。私は大きくなったら神様をお守りする仕事をしようと思ってきたの。それでバチカンのスイス衛兵になって、今は私は日本に来ているのよ」
「神様をお守りする仕事って… 本当なのか…」
あんまり荒唐無稽な話なので、隼人はカトリの話を全く信じられなかった。
「ええ、本当よ。あなただってCIAのメンバーでしょ? ヨーコから聞いていないの?」
カトリはシリアスな口調だった。
「エッ! オレがCIAのメンバー?! そんな話聞いてないよ!」
初耳のことばかりで、隼人には訳が分からなかった。
「そのことはヨーコから聞いてもらうことにして、ハヤトにはスポッターの経験はなかったの?」
「“スポッター”ってなに?」
「何が適切な能力を持った人材よ! ヨーコは私たちに黙っていることがいくつかあるようね… あっ、ハヤトには怒っていないから大丈夫よ」
ヨーコ先生への怒りと不信の念をいだいたカトリだったが、何の事情も知らずに国際情勢に巻き込まれた隼人を不憫に思った。
「ハヤト、少し話をするだけのつもりが長くなってごめんなさい。退院したばかりで疲れているところ、すっかり長い話に付き合わせてしまったわね。とにかく、この間のことはハヤトには悪いところは全然ないから心配しないで! 自分を責めないで、自分を愛してね。神様もハヤトを愛しているわ。私も同じよ! 明日元気に学校で会いましょう! それでは、おやすみなさい!」
カトリとの電話が終わっても、カトリが心配してくれたようには隼人は疲れてなかった。ただ、思わずカトリに誰にも話したことのない過去の出来事を言ってしまったこと、カトリから神様を好きになった理由や神様を認めない人たちを退治する話を聞いたこと、自分が知らぬ間にCIAのメンバーにされていたこと等が、モグラたたきのように頭のあちこちに浮かんでは消え、落ち着けなかった。寝不足で明日は元気には登校できそうにない気がした隼人であった。
ただ、二人には今すぐにでも解決しなければならない問題が残っていた。