待ち伏せ
文字数 2,658文字
5月3日午前1時00分、カトリと隼人は夕方に肝試しをした廃ホテルの付近で待ち伏せの態勢の最終確認を終えようとしていた。二人とも上下は黒系の戦闘服に、防御力をアップさせるセラミックプレートを収納した防弾ベストをつけて、小型アクションカメラ付きヘルメットをかぶりポリカーボネイト製の硬質のゴーグルとフェイスガードを装着している。
「バベルの奴らのやってくる時刻は1時30分だったよな… カトリの足の具合は大丈夫か?」
耐ショック型の腕時計を見ながら隼人はカトリに確認するように問いかけた。
「ええ、そうよ。それとワタシの足の具合なら心配しないで」
“ハヤト、なんか話し方が偉そうでイヤな感じ… 足の具合はホントは完璧とは言えないけど、無理って程じゃない… でも、防御のための装備がかさばって重いのがこたえるわね…”
隼人の口ぶりがいつもと違うことがカトリには気になった。
「もう一度、作戦の流れを確認しておこう」
《久しぶりの仕事だ… 体がなまっていなきゃいいが… 直接攻勢できるのが二人しかいないチームなんだから、そんなこと言っていられないな》
隼人は自分自身を奮い立たせて、習慣となっていた遠くからは聞き取りにくい低い発声で、カトリに話しかけた。
「情報では奴らは金と武器をこの廃ホテルに運び込むことになっている。山中のここまではオレたちみたいに車に乗って来るはずだ。ただ、オレたちの銃では車にダメージを与えられない。だから、奴らが車を降りなければならない、荷物を建物の中に運び込む時に攻撃をしかける」
隼人の目をまっすぐ見ながらカトリが黙ってうなずく。
「車から降りた奴らを攻撃する際に、奴らの前方から攻めるか、背後から攻めるか…」
「それは、こちらが二人での攻撃ということを考えると、前方から攻めたときは、相手は散り散りに広がって逃げることができて反撃しやすくなる。背後から攻めれば、連中は建物の中に逃げ込むから追い詰めることができる」
カトリは身振り手振りを交えながら隼人の問いに答える。
「ワタシたちは、車から降りた連中を背後から攻撃できる場所に事前に待ち伏せておく。それで、連中の車が来てもいったん私たちの前をワザと通過させる。これで良かったわね?」
「それから?」
「それから、建物内に残った連中をサーモスコープで見つけ出し個別に制圧していく」
「そのとおり」
真剣な表情のカトリの返答に、隼人が満足した顔でうなずいた。
「あんまり緊張するなよ、カトリ」
隼人はポーチからスポーツ飲料のペットボトルを取り出してカトリに手渡した。
“エッ?! ハヤトはこれから銃撃戦になるっていうのに、スポーツ飲料を用意していたの… 今回の任務はハヤトにとっては運動と変わらないってことなの?!”
カトリの驚いた顔つきを気にも留めず、隼人はカトリに対して気がついたことを告げた。
「ところでカトリ、髪からいい匂いがするな」
「ええ、お風呂でエマから超高級シャンプーを借りたのよ! いい香りでしょ!」
ヘルメットの上から頭を触って、カトリは嬉しそうな声をあげた。
《このスイスガード女子は大丈夫か?》
「山の中では誰もシャンプーや香水は使わない… 敵に自分の居場所を教えるようなもんだぞ」
隼人の憎たらしい言い草にカトリは心の中で舌を出した。
「それと、ヘッドカメラのスイッチも入っているか確認を忘れるな」
二人は暗闇に目を慣らすようにしながら注意して歩いて、廃ホテル前の駐車スペースの周囲の物陰へ二手に分かれて向かった。
………
「!」
カトリは顔をなでるように吹いた風に乗ってきた、あるニオイに気がついた。
「タ…バコ? ハヤ
あわててカトリは隼人に声をかけようとしたが、隼人はもう声の届かない所まで行っていたので、呼びかけようとした口は虚しく開いたままとなった。
“どうしよう… ここは一人で何とかしなきゃ…”
すぐにもピンチを一人で切り抜けなければならない重圧がカトリを焦らせる。
“絶対、どこかにタバコのニオイの元があるはず…”
気持ちを切り替えてカトリは、その場で素早く周囲を見まわした。このあたりの暗闇に慣れてきた目に、とても小さな赤い光の明滅が見えた。廃ホテルの中からだ!
そんな状況とは露ほども知らずに自分の持ち場へ向かって進んでいる隼人は、今まさに廃ホテルの前を横切って行こうとしている。
“ハヤト、そっちへ行っちゃダメー!”
カトリの心の中の声は隼人に届くはずもなかった。すぐさまカトリはサーモスコープで光が見える建物の中をのぞいて見た。すると、ドット模様でフチどられた赤い人だかりがカトリの目に入ってきた。
“ビッテ… 大勢で待ち伏せてるよ…”
ヨーコからの事前情報とは全く違う状況にカトリは呆然とした。
“なんとかしてハヤトを守らなくちゃ!”
カトリは隼人を助けたい一心でMk.11狙撃銃を廃ホテルに向け、トリガーを夢中で何度も何度も引いた。
銃声もないのにガラスが割れる音がして、建物内に弾丸が吸い込まれていった。一瞬あってから叫び声やうめき声が暗闇に響き渡った。驚いた隼人が大声のあがった建物の方を見ると、その直後に爆竹のような銃撃の連続音とともに連発花火のような火の玉の点滅が建物から沸いてきた。
《向こうの方が待ち伏せ?! 話が違うぞ?!》
不測の事態のさなかでも隼人の胸中には、恐怖ではなく、懐かしい場所に帰って来たワクワクする気持ちの方が先に立った。
《気がはやる… でも、焦るな、焦るな… 冷静に、冷静に…》
自分に言い聞かせながら、隼人は敵が乱射する銃弾の軌道を見極めつつ、足早に建物の正面を横切って自分の攻撃場所を確保した。
その場所で反撃態勢を整えるや否や、銃口炎が瞬間的に点滅する敵の乱射の発射源へ向かって、隼人もHK MP7A1のトリガーを慎重に引いて応戦した。多発テロの首謀者の捕捉攻撃にも使われたとの噂がある、主に狭い場所での近接戦闘に用いられるこの銃にもサプレッサーを付けているため、発射の際の銃声が抑えられ銃口発炎が暗闇の中でも小さく目立ちにくい。
カトリと隼人の二方向から、音も光もない銃撃を受けた敵は大混乱におちいった。
「バベルの奴らのやってくる時刻は1時30分だったよな… カトリの足の具合は大丈夫か?」
耐ショック型の腕時計を見ながら隼人はカトリに確認するように問いかけた。
「ええ、そうよ。それとワタシの足の具合なら心配しないで」
“ハヤト、なんか話し方が偉そうでイヤな感じ… 足の具合はホントは完璧とは言えないけど、無理って程じゃない… でも、防御のための装備がかさばって重いのがこたえるわね…”
隼人の口ぶりがいつもと違うことがカトリには気になった。
「もう一度、作戦の流れを確認しておこう」
《久しぶりの仕事だ… 体がなまっていなきゃいいが… 直接攻勢できるのが二人しかいないチームなんだから、そんなこと言っていられないな》
隼人は自分自身を奮い立たせて、習慣となっていた遠くからは聞き取りにくい低い発声で、カトリに話しかけた。
「情報では奴らは金と武器をこの廃ホテルに運び込むことになっている。山中のここまではオレたちみたいに車に乗って来るはずだ。ただ、オレたちの銃では車にダメージを与えられない。だから、奴らが車を降りなければならない、荷物を建物の中に運び込む時に攻撃をしかける」
隼人の目をまっすぐ見ながらカトリが黙ってうなずく。
「車から降りた奴らを攻撃する際に、奴らの前方から攻めるか、背後から攻めるか…」
「それは、こちらが二人での攻撃ということを考えると、前方から攻めたときは、相手は散り散りに広がって逃げることができて反撃しやすくなる。背後から攻めれば、連中は建物の中に逃げ込むから追い詰めることができる」
カトリは身振り手振りを交えながら隼人の問いに答える。
「ワタシたちは、車から降りた連中を背後から攻撃できる場所に事前に待ち伏せておく。それで、連中の車が来てもいったん私たちの前をワザと通過させる。これで良かったわね?」
「それから?」
「それから、建物内に残った連中をサーモスコープで見つけ出し個別に制圧していく」
「そのとおり」
真剣な表情のカトリの返答に、隼人が満足した顔でうなずいた。
「あんまり緊張するなよ、カトリ」
隼人はポーチからスポーツ飲料のペットボトルを取り出してカトリに手渡した。
“エッ?! ハヤトはこれから銃撃戦になるっていうのに、スポーツ飲料を用意していたの… 今回の任務はハヤトにとっては運動と変わらないってことなの?!”
カトリの驚いた顔つきを気にも留めず、隼人はカトリに対して気がついたことを告げた。
「ところでカトリ、髪からいい匂いがするな」
「ええ、お風呂でエマから超高級シャンプーを借りたのよ! いい香りでしょ!」
ヘルメットの上から頭を触って、カトリは嬉しそうな声をあげた。
《このスイスガード女子は大丈夫か?》
「山の中では誰もシャンプーや香水は使わない… 敵に自分の居場所を教えるようなもんだぞ」
隼人の憎たらしい言い草にカトリは心の中で舌を出した。
「それと、ヘッドカメラのスイッチも入っているか確認を忘れるな」
二人は暗闇に目を慣らすようにしながら注意して歩いて、廃ホテル前の駐車スペースの周囲の物陰へ二手に分かれて向かった。
………
「!」
カトリは顔をなでるように吹いた風に乗ってきた、あるニオイに気がついた。
「タ…バコ? ハヤ
あわててカトリは隼人に声をかけようとしたが、隼人はもう声の届かない所まで行っていたので、呼びかけようとした口は虚しく開いたままとなった。
“どうしよう… ここは一人で何とかしなきゃ…”
すぐにもピンチを一人で切り抜けなければならない重圧がカトリを焦らせる。
“絶対、どこかにタバコのニオイの元があるはず…”
気持ちを切り替えてカトリは、その場で素早く周囲を見まわした。このあたりの暗闇に慣れてきた目に、とても小さな赤い光の明滅が見えた。廃ホテルの中からだ!
そんな状況とは露ほども知らずに自分の持ち場へ向かって進んでいる隼人は、今まさに廃ホテルの前を横切って行こうとしている。
“ハヤト、そっちへ行っちゃダメー!”
カトリの心の中の声は隼人に届くはずもなかった。すぐさまカトリはサーモスコープで光が見える建物の中をのぞいて見た。すると、ドット模様でフチどられた赤い人だかりがカトリの目に入ってきた。
“ビッテ… 大勢で待ち伏せてるよ…”
ヨーコからの事前情報とは全く違う状況にカトリは呆然とした。
“なんとかしてハヤトを守らなくちゃ!”
カトリは隼人を助けたい一心でMk.11狙撃銃を廃ホテルに向け、トリガーを夢中で何度も何度も引いた。
銃声もないのにガラスが割れる音がして、建物内に弾丸が吸い込まれていった。一瞬あってから叫び声やうめき声が暗闇に響き渡った。驚いた隼人が大声のあがった建物の方を見ると、その直後に爆竹のような銃撃の連続音とともに連発花火のような火の玉の点滅が建物から沸いてきた。
《向こうの方が待ち伏せ?! 話が違うぞ?!》
不測の事態のさなかでも隼人の胸中には、恐怖ではなく、懐かしい場所に帰って来たワクワクする気持ちの方が先に立った。
《気がはやる… でも、焦るな、焦るな… 冷静に、冷静に…》
自分に言い聞かせながら、隼人は敵が乱射する銃弾の軌道を見極めつつ、足早に建物の正面を横切って自分の攻撃場所を確保した。
その場所で反撃態勢を整えるや否や、銃口炎が瞬間的に点滅する敵の乱射の発射源へ向かって、隼人もHK MP7A1のトリガーを慎重に引いて応戦した。多発テロの首謀者の捕捉攻撃にも使われたとの噂がある、主に狭い場所での近接戦闘に用いられるこの銃にもサプレッサーを付けているため、発射の際の銃声が抑えられ銃口発炎が暗闇の中でも小さく目立ちにくい。
カトリと隼人の二方向から、音も光もない銃撃を受けた敵は大混乱におちいった。