鬼の居ぬ間のはずなのに
文字数 2,043文字
「…今日の連絡事項は以上ですので、帰りのホームルームを終わります。では、ごきげんよう、さようなら」
席に座ったままの生徒たちに響子先生は機嫌良く声をかけた。
始業式から10日ほどたち、学校内の花壇にきれいに並べて植えられた花々が鮮やかに咲き誇る頃となっていたが、その花々の生き生きさと競い合うかのように元気な1-Bの担任の響子先生は意気揚々と教室を出て行った。
「みなさん、クラスで話し合いたいことがあるから教室にちょっとだけ残ってください!」
後ろ手に扉を閉じようとする先生の耳に教室内に呼びかける女子の声が聞こえた
“あの声は東条さん… 私がいなくなるのを見計らうようにクラスに呼びかけ?”
「部活に遅れるだろ」
「早く家に帰りたいんだよ」
「ゴメンね、今日はクラスのことで大事な話をしたいんだ」
志織の声がクラブや帰宅に急ごうとする男子たちを引き留める女子への合図のようだった。
ガラッ
いったん閉めた扉を開けて響子先生が教室に戻って来た。
「いったい何をはじめるのですか?」
「ええ… オリエンテーション合宿についてみんなで話し合おうと思って」
何ごとでもないかのような様子で志織が返事した。
「でも、そのことは学級委員長に頼んであるはずよね?」
響子先生の向けた視線を受け、隼人は無言の驚いた顔の前で大きく手を左右に動かした。
「ほら、委員長が聞いてないなんて変じゃないの?」
志織が口をゆがめながらイスに座った。
“もしかしてあのことかしら?”
隣りのクラスの担任から、カトリがB組の女子たちから浮いている(かなり控え目に言ってだが)ことを響子先生は聞いていた。自分以外のクラス内のことに他の教師が示唆を与えることは異例なことだった。
「このクラスの皆さんが、カトリさんへの気遣いを欠いている、との噂があるようですが本当ですか?」
「その質問には正しくない点があります。男子は全然カトリを無視していません。男子、そうだよな?」
言葉に気を付けた響子先生に剛介が率直な返答をすると、あちこちの男子生徒から賛同の声があがった。
「それでは、女子の皆さんはどうなんですか?」
響子先生は教室が静まってから感情を表に出さずに質問をし直した。
「女子はカトリさんを無視している訳ではありません。カトリさんに教えてあげているのです。決まりやルールを守ることの大切さを」
手も上げずに立ち上がって、志織が話を始めた。
「カトリさんは、ピアスやマニキュアをして学校の決まりやルールを破っています。授業中に席をよく離れたり、昼休み中に学校外へ出て行くことでも、決まりやルールを守りません」
「つまり、あなたは自分のしていることに正当性があると言いたいのですね」
響子先生は志織の発言を聞いて冷静に問いかけた。
「では、カトリは自分の行動をどう思っているのですか?」
「私はピアスやマニキュアをしていますが、それらは本来生徒や家庭の自主性に任されていると思います。授業中に席を離れることや、昼休み中に学校外へ出て行くことも同じです」
カトリは納得いかない様子を隠そうとはしなかった。
「私が通ってきた学校では、教育や学力の向上が学校の第一・唯一の目的でした。それに関係ないことは、全て生徒や家庭に任せられていました。そうすれば学校経営に必要以上の負担やお金をかけなくて済むので、学校にも住民に利益があります。服装や食事など教育に関係の無いことに学校が労力を費やすことは、全く理解に苦しみます」
それにかまわず志織は、カトリの方に向いて問いただすように語気を強めた。
「自己責任ならば何でも好きにできる訳ではないと思います。学業に無関係のことまでは認められないはずです。授業中に席を離れたり昼休み中に学外へ出て行って、カトリさんは何をしているのでしょうか? 授業中でも飲食に行ったり、昼休みに学外でお茶をしに行っているというウワサ話が聞かれますが?」
志織の発言に教室内の多くの女子生徒たちがうなずいている。
「そのことについてですが」
黙って生徒たちのことを聞いていた響子先生が口を開いた。
「カトリ、そろそろみんなにも知っておいてもらおうと思うのです… 実はカトリが授業中に席を離れることなのですが… 個人的な事情なのでおおやけにはしていませんでしたが、一人暮らしのおばさんから電話がかかってくるのです…」
響子先生がカトリの方へ視線を向けると、カトリはうつむき加減で話し始めた。
「おばさんは一人暮らしで寂しがり屋なので、ワタシの事情は考えずに電話してきてね… それにいつも電話が長めで… それでみんなの授業に迷惑にならないように保健室へ行ってね。ヨーコに許してもらって電話をしているの」
エマは志織の方をチラリと向くと、何かを内に秘めた表情の志織がうなずいた。
「あなたが保健室へ行っていることは分かったわ、カトリさん。じゃあ、教えてちょうだい。おばさんはどこから電話してくるの?」
席に座ったままの生徒たちに響子先生は機嫌良く声をかけた。
始業式から10日ほどたち、学校内の花壇にきれいに並べて植えられた花々が鮮やかに咲き誇る頃となっていたが、その花々の生き生きさと競い合うかのように元気な1-Bの担任の響子先生は意気揚々と教室を出て行った。
「みなさん、クラスで話し合いたいことがあるから教室にちょっとだけ残ってください!」
後ろ手に扉を閉じようとする先生の耳に教室内に呼びかける女子の声が聞こえた
“あの声は東条さん… 私がいなくなるのを見計らうようにクラスに呼びかけ?”
「部活に遅れるだろ」
「早く家に帰りたいんだよ」
「ゴメンね、今日はクラスのことで大事な話をしたいんだ」
志織の声がクラブや帰宅に急ごうとする男子たちを引き留める女子への合図のようだった。
ガラッ
いったん閉めた扉を開けて響子先生が教室に戻って来た。
「いったい何をはじめるのですか?」
「ええ… オリエンテーション合宿についてみんなで話し合おうと思って」
何ごとでもないかのような様子で志織が返事した。
「でも、そのことは学級委員長に頼んであるはずよね?」
響子先生の向けた視線を受け、隼人は無言の驚いた顔の前で大きく手を左右に動かした。
「ほら、委員長が聞いてないなんて変じゃないの?」
志織が口をゆがめながらイスに座った。
“もしかしてあのことかしら?”
隣りのクラスの担任から、カトリがB組の女子たちから浮いている(かなり控え目に言ってだが)ことを響子先生は聞いていた。自分以外のクラス内のことに他の教師が示唆を与えることは異例なことだった。
「このクラスの皆さんが、カトリさんへの気遣いを欠いている、との噂があるようですが本当ですか?」
「その質問には正しくない点があります。男子は全然カトリを無視していません。男子、そうだよな?」
言葉に気を付けた響子先生に剛介が率直な返答をすると、あちこちの男子生徒から賛同の声があがった。
「それでは、女子の皆さんはどうなんですか?」
響子先生は教室が静まってから感情を表に出さずに質問をし直した。
「女子はカトリさんを無視している訳ではありません。カトリさんに教えてあげているのです。決まりやルールを守ることの大切さを」
手も上げずに立ち上がって、志織が話を始めた。
「カトリさんは、ピアスやマニキュアをして学校の決まりやルールを破っています。授業中に席をよく離れたり、昼休み中に学校外へ出て行くことでも、決まりやルールを守りません」
「つまり、あなたは自分のしていることに正当性があると言いたいのですね」
響子先生は志織の発言を聞いて冷静に問いかけた。
「では、カトリは自分の行動をどう思っているのですか?」
「私はピアスやマニキュアをしていますが、それらは本来生徒や家庭の自主性に任されていると思います。授業中に席を離れることや、昼休み中に学校外へ出て行くことも同じです」
カトリは納得いかない様子を隠そうとはしなかった。
「私が通ってきた学校では、教育や学力の向上が学校の第一・唯一の目的でした。それに関係ないことは、全て生徒や家庭に任せられていました。そうすれば学校経営に必要以上の負担やお金をかけなくて済むので、学校にも住民に利益があります。服装や食事など教育に関係の無いことに学校が労力を費やすことは、全く理解に苦しみます」
それにかまわず志織は、カトリの方に向いて問いただすように語気を強めた。
「自己責任ならば何でも好きにできる訳ではないと思います。学業に無関係のことまでは認められないはずです。授業中に席を離れたり昼休み中に学外へ出て行って、カトリさんは何をしているのでしょうか? 授業中でも飲食に行ったり、昼休みに学外でお茶をしに行っているというウワサ話が聞かれますが?」
志織の発言に教室内の多くの女子生徒たちがうなずいている。
「そのことについてですが」
黙って生徒たちのことを聞いていた響子先生が口を開いた。
「カトリ、そろそろみんなにも知っておいてもらおうと思うのです… 実はカトリが授業中に席を離れることなのですが… 個人的な事情なのでおおやけにはしていませんでしたが、一人暮らしのおばさんから電話がかかってくるのです…」
響子先生がカトリの方へ視線を向けると、カトリはうつむき加減で話し始めた。
「おばさんは一人暮らしで寂しがり屋なので、ワタシの事情は考えずに電話してきてね… それにいつも電話が長めで… それでみんなの授業に迷惑にならないように保健室へ行ってね。ヨーコに許してもらって電話をしているの」
エマは志織の方をチラリと向くと、何かを内に秘めた表情の志織がうなずいた。
「あなたが保健室へ行っていることは分かったわ、カトリさん。じゃあ、教えてちょうだい。おばさんはどこから電話してくるの?」