入学日1日目(教室内で スライト リターン)
文字数 3,260文字
隼人はカトリを待ちながら、新入生オリエンテーション合宿の班決めやレクリエーションについての取り組み方を考えながらグチっていた。
「ゼン、ゼンっ 思いつかねーよ… こんなことになると分かってたら、オレだって最初っから全員の自己紹介をマジに聞いたり書いたりしといたよ…」
隼人は少し前の学級委員選挙での騒ぎのことを思い出していた。
「自分には全然カンケーネーって思ってたもんな… それなのにオレがこんな目にあうのも、あの東条って女のせいじゃんか」
ホームルームのあとに隼人は職員室の響子先生のところに行ってみたのだが、先生も生徒たちの自己紹介は一切記録していなかった。あっけらかんとしたものだった。食い下がってみたところ、いいものをあげますわ、と先生が言ったので本気で喜んだ。
隼人はここで大きなため息をついた。
机の引き出しをガサゴソやってくれたから期待がふくらんだが、もらったのは座席表とクラスの名表だけだった。ハンパなく落胆した隼人には、かえって期待させてくれない方がありがたかった。
「いったい何から取り組んだらいいのやら途方に暮れるよ… サックリ終わらせておいてカトリさんにオレのいいところを見せてやろう、と思っていたのに…」
机に置いた座席表と名表とをにらんでいる時に、かたわらに置いたカトリのスマホがチラっと隼人の視野の隅に入った。
「どんなスマホを使っているんだろう? ちょっとだけ見せてもらっちゃおうかなぁ…」
隼人は教室を見回して、他に誰もいなことを確認してからスマホを手に取った。カトリの手には少し大きそうだ。スマホの裏のデコレーションや外国語のシールを見ると、異国の情緒を感じる。
「へえ、写真シールって外国にもあるんだ… あれ、男と一緒の写真だ」
ガラッ
写真シールを凝視する隼人の背後で音がした。動揺しながらも隼人は振り向くことなく自分の席で硬直した。
「あ、カトリさん? スマホを取りに来たのかなぁ… オ、オレは何も見てないよ!」
「赤城なんとかか… ここで貴様はこんな時間に何をしているんだ?」
扉が開く音に続いて低い男の声が背後から響いて、隼人は凍りつきスマホを取り落としそうになった。竜崎剛介が東条志織と腕を組んで教室に入ってきた。
“あらっ 赤城クン…”
「新入生オリエンテーション合宿の班決めとかを考えていたんだ。それがどうした?」
「なに、マジな返事しているのだ、貴様? 俺たちの邪魔をするなと言っているのが分からないのか? 早く出てけ、空気も読めないグズめ!」
あわてて荷物を片付けようとする隼人を剛介は突き飛ばした。その拍子に隼人の手からカトリのスマホがこぼれ落ちた。
「あっ! カトリさんのスマホっ!」
「へえ、カトリのスマホだってぇ? 貴様にはもったいないな!」
剛介がスマホを拾い上げてもてあそんでいる。志織は壁ぎわで二人の争いを冷徹な視線で眺めていた。
“カトリのことを探るにはどちらの男の方が役に立つのかしら…”
「返せっ! カトリさんの大切なスマホを返せっ!」
「返して欲しければ、力づくで来い! 貴様、男だろ?」
そう言うと、剛介は隼人の胸倉を高くつかみ上げた。隼人は喉を締め上げられ、つま先が床から浮き上がった。
「く、苦しい…」
窒息する隼人の顔は紅潮していった。と同時に、隼人の頭の中では外国での戦争の場面や外国人兵士たちの笑う顔などの映像が流れた。しかし、どれも今まで隼人が経験したことの無い出来事だった。
“剛介、やり過ぎだよ!”
志織が二人の間に割って入ろうとしたときだった。
「ゴースケ、ハヤト、いったい何をしているのっ!」
カトリは鋭い声で叫んだ。
「あ、カトリ、こいつがカトリのスマホを盗んだから、俺が取り返してやったのだ」
「そんなはずないわ! ハヤトがそんなことする理由がないもの!」
「俺は見たのだ… こいつがカトリのスマホを盗るところを!」
その間も隼人の頭の中では銃撃戦や潜水中の映像が流れ、ほんの僅かだがカラダ中にエネルギーが巡りまわる感触がしてきた。
「ゴースケ、そのスマホはワタシが落としたのよ… もうワタシへ返しなさい… そして、ハヤトを離しなさい…」
カトリは下を向いて両手の拳を握りしめながらカラダを震わせていた。
「だから、こいつが盗んだのだっ!」
「では、ハヤトがどこで盗んだかを教えてください。ワタシは自分がスマホを置いていた場所をハッキリと覚えていますよ」
「うるさい! こいつを痛めつけないと気が済まないのだ!」
剛介はそう叫ぶと、隼人をさらにきつく締め上げ、さらに高く持ち上げた。この時、首が極限まで締められて隼人の意識は遠のいた。と、同時に隼人の目つきが突然鋭くなり、右手の指を真っ直ぐにそろえた手刀で剛介のみぞおちに瞬間的に一撃を加えた。
油断しきっていた剛介は、直前の隼人を締め上げた姿勢を保ったまま、痛みも感じる間もなく気絶していた。
ほぼ同時にカトリは背を低くしながら剛介の前へ駆け寄ると、スネを思いっきり蹴り上げて背中へ回り込み、その左腕を取って関節をひねりあげた。この時の痛みが剛介の失っていた意識を取り戻させた。
「もうハヤトをゆっくり降ろして放してあげてください、ゴースケ」
カトリは剛介の耳元で、腕の関節をさらに締め上げながら冷静に言った。言われたことの訳が分からないまま剛介が黙って従うと、カトリはスマホを取り返し剛介の左腕からゆっくりと手を離した。その時には危機を脱していた隼人の目からは急速に鋭さが消えていった。
「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
カトリは肩をグルグル回す剛介に向かっておごそかに唱えた。
「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
少し声を大きくしてカトリは同じ言葉を繰り返して唱え、それから静かに目を伏せてしばらく沈黙した。
「… 気がつきませんでした。まず、ワタシがあなたを愛さなければ…」
カトリはそのように宣すると剛介の両手を合わせるように組んで自分の両手で包み込んだ。
「神はワタシを愛してくださっています。そしてゴースケ、あなたも神に同じように愛されています」
真正面から剛介の目を見すえて、カトリは祈るように言葉を続ける。
「あなたに悩みや苦しみがあるときは、神にお話をしてみてください。ワタシにお話をして頂いても結構です。ワタシは、あなたを愛します」
“俺を愛している…”
真剣な表情のカトリに見つめられて、剛介はカトリのことを信頼していった。
「ゴースケ、あなたも神に愛されていることを忘れないでください」
剛介はうなだれるような格好で志織に支えられて教室を出ていった。
「カトリさん、オレは意気地なしで竜崎に何もできなかった… 男らしくできなくってごめん…」
隼人は助けてくれたカトリに直角のお辞儀をした。カトリにいいところが見せられず、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。ただ、今は収まったが、さっきの不思議な体験のことが頭によぎっていた。
「カトリでいいよ、ハヤト。ハヤトは何も悪いことしていないし。ところで、こんな時間まで教室で何をしていたの?」
「新入生オリエンテーション合宿の班決めとかを考えていたんだけど、結局何もできなかったよ… それと、カトリにもスマホを渡したくってね」
照れくさそうにうつむいている隼人の頬は朱色になっていた。
「ダンケ、ハヤト! 合宿のこと考えてくれていてありがとう! ワタシのために待っていてくれてありがとう!」
喜んだカトリは隼人に素晴らしい笑顔を見せてくれた。
「今のことは忘れてしまいましょうよ、ハヤト! 家の方向も同じだから、今日は一緒に帰りましょう!」
二人は校門の方へ並んで帰って行った。
「私は今見たことを忘れない」
江間絵馬がスマホを持って立っていた。
突如として隼人の身に生じた体の変調は、これまでの人生を一変させる思いもよらない事態に隼人を招くこととなった。
「ゼン、ゼンっ 思いつかねーよ… こんなことになると分かってたら、オレだって最初っから全員の自己紹介をマジに聞いたり書いたりしといたよ…」
隼人は少し前の学級委員選挙での騒ぎのことを思い出していた。
「自分には全然カンケーネーって思ってたもんな… それなのにオレがこんな目にあうのも、あの東条って女のせいじゃんか」
ホームルームのあとに隼人は職員室の響子先生のところに行ってみたのだが、先生も生徒たちの自己紹介は一切記録していなかった。あっけらかんとしたものだった。食い下がってみたところ、いいものをあげますわ、と先生が言ったので本気で喜んだ。
隼人はここで大きなため息をついた。
机の引き出しをガサゴソやってくれたから期待がふくらんだが、もらったのは座席表とクラスの名表だけだった。ハンパなく落胆した隼人には、かえって期待させてくれない方がありがたかった。
「いったい何から取り組んだらいいのやら途方に暮れるよ… サックリ終わらせておいてカトリさんにオレのいいところを見せてやろう、と思っていたのに…」
机に置いた座席表と名表とをにらんでいる時に、かたわらに置いたカトリのスマホがチラっと隼人の視野の隅に入った。
「どんなスマホを使っているんだろう? ちょっとだけ見せてもらっちゃおうかなぁ…」
隼人は教室を見回して、他に誰もいなことを確認してからスマホを手に取った。カトリの手には少し大きそうだ。スマホの裏のデコレーションや外国語のシールを見ると、異国の情緒を感じる。
「へえ、写真シールって外国にもあるんだ… あれ、男と一緒の写真だ」
ガラッ
写真シールを凝視する隼人の背後で音がした。動揺しながらも隼人は振り向くことなく自分の席で硬直した。
「あ、カトリさん? スマホを取りに来たのかなぁ… オ、オレは何も見てないよ!」
「赤城なんとかか… ここで貴様はこんな時間に何をしているんだ?」
扉が開く音に続いて低い男の声が背後から響いて、隼人は凍りつきスマホを取り落としそうになった。竜崎剛介が東条志織と腕を組んで教室に入ってきた。
“あらっ 赤城クン…”
「新入生オリエンテーション合宿の班決めとかを考えていたんだ。それがどうした?」
「なに、マジな返事しているのだ、貴様? 俺たちの邪魔をするなと言っているのが分からないのか? 早く出てけ、空気も読めないグズめ!」
あわてて荷物を片付けようとする隼人を剛介は突き飛ばした。その拍子に隼人の手からカトリのスマホがこぼれ落ちた。
「あっ! カトリさんのスマホっ!」
「へえ、カトリのスマホだってぇ? 貴様にはもったいないな!」
剛介がスマホを拾い上げてもてあそんでいる。志織は壁ぎわで二人の争いを冷徹な視線で眺めていた。
“カトリのことを探るにはどちらの男の方が役に立つのかしら…”
「返せっ! カトリさんの大切なスマホを返せっ!」
「返して欲しければ、力づくで来い! 貴様、男だろ?」
そう言うと、剛介は隼人の胸倉を高くつかみ上げた。隼人は喉を締め上げられ、つま先が床から浮き上がった。
「く、苦しい…」
窒息する隼人の顔は紅潮していった。と同時に、隼人の頭の中では外国での戦争の場面や外国人兵士たちの笑う顔などの映像が流れた。しかし、どれも今まで隼人が経験したことの無い出来事だった。
“剛介、やり過ぎだよ!”
志織が二人の間に割って入ろうとしたときだった。
「ゴースケ、ハヤト、いったい何をしているのっ!」
カトリは鋭い声で叫んだ。
「あ、カトリ、こいつがカトリのスマホを盗んだから、俺が取り返してやったのだ」
「そんなはずないわ! ハヤトがそんなことする理由がないもの!」
「俺は見たのだ… こいつがカトリのスマホを盗るところを!」
その間も隼人の頭の中では銃撃戦や潜水中の映像が流れ、ほんの僅かだがカラダ中にエネルギーが巡りまわる感触がしてきた。
「ゴースケ、そのスマホはワタシが落としたのよ… もうワタシへ返しなさい… そして、ハヤトを離しなさい…」
カトリは下を向いて両手の拳を握りしめながらカラダを震わせていた。
「だから、こいつが盗んだのだっ!」
「では、ハヤトがどこで盗んだかを教えてください。ワタシは自分がスマホを置いていた場所をハッキリと覚えていますよ」
「うるさい! こいつを痛めつけないと気が済まないのだ!」
剛介はそう叫ぶと、隼人をさらにきつく締め上げ、さらに高く持ち上げた。この時、首が極限まで締められて隼人の意識は遠のいた。と、同時に隼人の目つきが突然鋭くなり、右手の指を真っ直ぐにそろえた手刀で剛介のみぞおちに瞬間的に一撃を加えた。
油断しきっていた剛介は、直前の隼人を締め上げた姿勢を保ったまま、痛みも感じる間もなく気絶していた。
ほぼ同時にカトリは背を低くしながら剛介の前へ駆け寄ると、スネを思いっきり蹴り上げて背中へ回り込み、その左腕を取って関節をひねりあげた。この時の痛みが剛介の失っていた意識を取り戻させた。
「もうハヤトをゆっくり降ろして放してあげてください、ゴースケ」
カトリは剛介の耳元で、腕の関節をさらに締め上げながら冷静に言った。言われたことの訳が分からないまま剛介が黙って従うと、カトリはスマホを取り返し剛介の左腕からゆっくりと手を離した。その時には危機を脱していた隼人の目からは急速に鋭さが消えていった。
「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
カトリは肩をグルグル回す剛介に向かっておごそかに唱えた。
「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」
少し声を大きくしてカトリは同じ言葉を繰り返して唱え、それから静かに目を伏せてしばらく沈黙した。
「… 気がつきませんでした。まず、ワタシがあなたを愛さなければ…」
カトリはそのように宣すると剛介の両手を合わせるように組んで自分の両手で包み込んだ。
「神はワタシを愛してくださっています。そしてゴースケ、あなたも神に同じように愛されています」
真正面から剛介の目を見すえて、カトリは祈るように言葉を続ける。
「あなたに悩みや苦しみがあるときは、神にお話をしてみてください。ワタシにお話をして頂いても結構です。ワタシは、あなたを愛します」
“俺を愛している…”
真剣な表情のカトリに見つめられて、剛介はカトリのことを信頼していった。
「ゴースケ、あなたも神に愛されていることを忘れないでください」
剛介はうなだれるような格好で志織に支えられて教室を出ていった。
「カトリさん、オレは意気地なしで竜崎に何もできなかった… 男らしくできなくってごめん…」
隼人は助けてくれたカトリに直角のお辞儀をした。カトリにいいところが見せられず、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。ただ、今は収まったが、さっきの不思議な体験のことが頭によぎっていた。
「カトリでいいよ、ハヤト。ハヤトは何も悪いことしていないし。ところで、こんな時間まで教室で何をしていたの?」
「新入生オリエンテーション合宿の班決めとかを考えていたんだけど、結局何もできなかったよ… それと、カトリにもスマホを渡したくってね」
照れくさそうにうつむいている隼人の頬は朱色になっていた。
「ダンケ、ハヤト! 合宿のこと考えてくれていてありがとう! ワタシのために待っていてくれてありがとう!」
喜んだカトリは隼人に素晴らしい笑顔を見せてくれた。
「今のことは忘れてしまいましょうよ、ハヤト! 家の方向も同じだから、今日は一緒に帰りましょう!」
二人は校門の方へ並んで帰って行った。
「私は今見たことを忘れない」
江間絵馬がスマホを持って立っていた。
突如として隼人の身に生じた体の変調は、これまでの人生を一変させる思いもよらない事態に隼人を招くこととなった。