非常の事態
文字数 2,091文字
「ハヤト、向こうで変な音がした! コワいっ!」
少し離れた草むらで突然おきた不審な音に驚いたフリをしながら、カトリは足のケガのことは忘れて、やや大げさなリアクションをしながら隼人の胸に飛び込んだ。
「エッ、エエッ!」
いきなり両手を拡げつつ眼を固く閉じて駆けこんできた、カトリの行動を予想だにしていなかった隼人は、思わず叫び声をあげた。夜露に濡れた草に足をすくわれ、身構える余裕もなく隼人は地面へ押し倒されていた。
「…イッテーな… カトリ、いきなり何するんだ?!」
背中に軽い痛みを感じながら地面に倒れた隼人が目をあけると、隼人に覆いかぶさった姿勢のカトリの胸がすぐ目の前にあった。
「オッ! オオオッ!」
「ビッテ… ごめん、ハヤト…」
倒れ込んだとき、とっさに隼人の頭を守るためにカトリは隼人の頭を抱え込んでいた。
「勢いがつき過ぎちゃった かも… 大丈夫だった?」
隼人の上半身を包み込んでいるカトリは申し訳なさそうな小さな声で隼人に具合をたずねた。自分の予想を超えた惨事の発生に、かえってカトリの方が驚いていたようだった。
「おい、『勢いがつき過ぎちゃった かも』って、どういう意味なんだよ…」
「そこは聞かなかったことにしてよ…」
隼人に顔を見られないようにうつ向いて、カトリは消え入るような声でつぶやいた。
「『聞かなかったことにしてよ』って、一体なんだか…」
二人の会話の途切れてしまったことであたりは静けさに包まれ、ブリーフィング中には気づかなかった虫の声があちこちから聞こえていた。視界をカトリの胸で遮られたていた隼人は、あきれた調子で一人ごちていたが、実際のところはドキドキしながらカトリの胸からの体温を顔中に感じていた。
「ところで、ハヤト… 痛くなかった?」
隼人の頭上の方から隼人の顔をのぞき込むようにして、心配そうな顔のカトリは隼人の頭をなでながらたずねた。
「痛かったよ… カトリ…」
「ビッテ! 痛かったの?!」
痛みの申告に驚いたカトリは隼人の体を起こし、自分の顔を隼人の顔の前に持ってきて目を見すえた。
「ああ、本当に痛かったよ…」
「エッ! どこが痛いの?」
あわててカトリは、隼人の後頭部や背中の手の届く範囲を所かまわず、さすってなでまくった。
「もういいよ、カトリ… 本当はオレの体が痛いんじゃないんだ… カトリのやったことが痛かったんだ… わかるか?」
「ワタシのやったこと?」
ところかまわずなでまわされ少し迷惑そうでもある隼人の笑顔をのぞき込んで、カトリは不思議そうにオウム返しをした。
「いきなりオレに向かって体当たりして押し倒してきたけど、その時なんか不自然だったろ? 本当は『痛い』ことやらかしたんじゃないのか? カトリは…」
「『痛い』ことやらかしたんだろって… 大丈夫なの?」
カトリの心配顔は見る見るうちに安堵の表情に変わっていった。
「じゃあ、本当にカラダはどこも痛くないのね?!」
安心した顔への表情の変化の直後には、自分の企てを隼人に見透かされた恥ずかしさと隼人に一杯食わされた悔しさが同時にカトリの身体じゅうを駆け巡った。
“恥ずかしい! 悔しい!”
隼人の体が無事であることを知ったことも手伝って、一転してカトリはスゴイ勢いで隼人に対して怒り始めた。
「ビッテ! どこも痛くないのにワタシに心配をかけて! ハヤトったら許さないんだから!」
「そんなこと言って、まだ自分の足のケガの方は痛いんだろ? やっぱりカトリは『痛い』女だな!」
嬉しそうに隼人がカトリのことを笑ったときのことだった。
「あなたたち1年B組の生徒ね! こんな寂しいところで男女ふたりだけで何をしているの!?」
暗い中をよく通る女性の低い声が二人に突然、問い立ててきた。
「!」「!」
「お祭りとは言え見過ごせないわね! ふたりとも名前を言いなさい!」
有無を言わせぬ威圧的な物言いが隼人とカトリを問い詰める。
「オレがここで捕まるから… カトリ、お前はここから逃げろ…」
隼人は小声でカトリに逃亡するようささやいた。
“ハヤト…”
黙ってカトリは隼人の目を見つめるが、隼人はアゴでカトリに逃げ道を指図する。
「早くしなさい! 一体いつまで待たせるの、あなたたち?!」
女性の声はシビレを切らしているようで、後ろの方へ声をかけたようだった。
「響子先生先生、こっちです! 早く来てください!」
「カトリはこんなことで変なウワサに巻き込まれる訳にいかない… さあ、早く行け…」
隼人がカトリにささやいて再びアイコンタクトすると、カトリは諦めたような、申し訳なさそうな顔をしてその場を足をかばいながら急いで去っていった。
「さあ、覚悟しなさい」
その直後、草むらをかき分けてその場に残る隼人に近づいてきた影があった。
少し離れた草むらで突然おきた不審な音に驚いたフリをしながら、カトリは足のケガのことは忘れて、やや大げさなリアクションをしながら隼人の胸に飛び込んだ。
「エッ、エエッ!」
いきなり両手を拡げつつ眼を固く閉じて駆けこんできた、カトリの行動を予想だにしていなかった隼人は、思わず叫び声をあげた。夜露に濡れた草に足をすくわれ、身構える余裕もなく隼人は地面へ押し倒されていた。
「…イッテーな… カトリ、いきなり何するんだ?!」
背中に軽い痛みを感じながら地面に倒れた隼人が目をあけると、隼人に覆いかぶさった姿勢のカトリの胸がすぐ目の前にあった。
「オッ! オオオッ!」
「ビッテ… ごめん、ハヤト…」
倒れ込んだとき、とっさに隼人の頭を守るためにカトリは隼人の頭を抱え込んでいた。
「勢いがつき過ぎちゃった かも… 大丈夫だった?」
隼人の上半身を包み込んでいるカトリは申し訳なさそうな小さな声で隼人に具合をたずねた。自分の予想を超えた惨事の発生に、かえってカトリの方が驚いていたようだった。
「おい、『勢いがつき過ぎちゃった かも』って、どういう意味なんだよ…」
「そこは聞かなかったことにしてよ…」
隼人に顔を見られないようにうつ向いて、カトリは消え入るような声でつぶやいた。
「『聞かなかったことにしてよ』って、一体なんだか…」
二人の会話の途切れてしまったことであたりは静けさに包まれ、ブリーフィング中には気づかなかった虫の声があちこちから聞こえていた。視界をカトリの胸で遮られたていた隼人は、あきれた調子で一人ごちていたが、実際のところはドキドキしながらカトリの胸からの体温を顔中に感じていた。
「ところで、ハヤト… 痛くなかった?」
隼人の頭上の方から隼人の顔をのぞき込むようにして、心配そうな顔のカトリは隼人の頭をなでながらたずねた。
「痛かったよ… カトリ…」
「ビッテ! 痛かったの?!」
痛みの申告に驚いたカトリは隼人の体を起こし、自分の顔を隼人の顔の前に持ってきて目を見すえた。
「ああ、本当に痛かったよ…」
「エッ! どこが痛いの?」
あわててカトリは、隼人の後頭部や背中の手の届く範囲を所かまわず、さすってなでまくった。
「もういいよ、カトリ… 本当はオレの体が痛いんじゃないんだ… カトリのやったことが痛かったんだ… わかるか?」
「ワタシのやったこと?」
ところかまわずなでまわされ少し迷惑そうでもある隼人の笑顔をのぞき込んで、カトリは不思議そうにオウム返しをした。
「いきなりオレに向かって体当たりして押し倒してきたけど、その時なんか不自然だったろ? 本当は『痛い』ことやらかしたんじゃないのか? カトリは…」
「『痛い』ことやらかしたんだろって… 大丈夫なの?」
カトリの心配顔は見る見るうちに安堵の表情に変わっていった。
「じゃあ、本当にカラダはどこも痛くないのね?!」
安心した顔への表情の変化の直後には、自分の企てを隼人に見透かされた恥ずかしさと隼人に一杯食わされた悔しさが同時にカトリの身体じゅうを駆け巡った。
“恥ずかしい! 悔しい!”
隼人の体が無事であることを知ったことも手伝って、一転してカトリはスゴイ勢いで隼人に対して怒り始めた。
「ビッテ! どこも痛くないのにワタシに心配をかけて! ハヤトったら許さないんだから!」
「そんなこと言って、まだ自分の足のケガの方は痛いんだろ? やっぱりカトリは『痛い』女だな!」
嬉しそうに隼人がカトリのことを笑ったときのことだった。
「あなたたち1年B組の生徒ね! こんな寂しいところで男女ふたりだけで何をしているの!?」
暗い中をよく通る女性の低い声が二人に突然、問い立ててきた。
「!」「!」
「お祭りとは言え見過ごせないわね! ふたりとも名前を言いなさい!」
有無を言わせぬ威圧的な物言いが隼人とカトリを問い詰める。
「オレがここで捕まるから… カトリ、お前はここから逃げろ…」
隼人は小声でカトリに逃亡するようささやいた。
“ハヤト…”
黙ってカトリは隼人の目を見つめるが、隼人はアゴでカトリに逃げ道を指図する。
「早くしなさい! 一体いつまで待たせるの、あなたたち?!」
女性の声はシビレを切らしているようで、後ろの方へ声をかけたようだった。
「響子先生先生、こっちです! 早く来てください!」
「カトリはこんなことで変なウワサに巻き込まれる訳にいかない… さあ、早く行け…」
隼人がカトリにささやいて再びアイコンタクトすると、カトリは諦めたような、申し訳なさそうな顔をしてその場を足をかばいながら急いで去っていった。
「さあ、覚悟しなさい」
その直後、草むらをかき分けてその場に残る隼人に近づいてきた影があった。