合宿報告記 探り合い
文字数 2,004文字
オリエンテーション合宿あけの授業日、下校時間近くの夕方の陽がのびゆくようになってきた放課後のことだった。扉に「不在」のプレートが掲示されている保健室の中で、呼び出された隼人はヨーコ先生とバベルへの待ち伏せ作戦についての報告ミーティングを行っていた。
「あなたたち二人の行動のライブ映像は見せてもらったわ。特にあなたの方は状況を冷静に判断して、行動にも自信が見られた」
“早く結果を出せとうるさかった上司も大喜びで議員へすぐにでも報告したいって、ハシャイでいたもの”
ヨーコ先生は満足そうな顔をして隼人に話しかけていた。これに対する隼人の態度は、淡々としたもので、特別喜ぶことも自慢することもなかった。
「今回このような成果が出たことは良かったけど、一方で気になった点もあるのよ」
にこやかだったヨーコ先生の表情が厳しいものに一変した。
「あの映像を見ていると、あなたたちの方がバベルから待ち伏せを受けていたわよね… 実は、もともと今回の作戦はバベル内にいるスパイからのリーク情報を元にして、コチラが待ち伏せするものとして立案されていたんだけど…」
《その『もともと』の話はコッチは聞いてないし、関わりもしていないよ》
この作戦立案の経緯には関与のない隼人だったが、胸中の思いを表に出さずに話を聞き続けた。
「…ということは、バベル内のスパイからのリーク情報自体が始めから『仕込み』だったってことになってくる… おまけにその前提として、コチラの動静がアチラに筒抜けだったことにもなってくるわね…」
テーブルに両ひじをついて、組んだ両手を口の前に置いたヨーコ先生は、探るような上目づかいで隼人のことを見つめた。
「なんで急に黙ってオレのことを見つめるのかな? よくわからないけど…」
落ち着いて我関せずといった顔つきで隼人は問いかけた。
「あなたとかカトリとかの周りにだけど… 誰かバックドアとして思い当たる人がいないかと思ってね…」
「こっちから聞くまでもなく、どうせ自分たちでオレとカトリの周りの人間は勝手に濾過検査しているんだろ」
こちらの様子をうかがうようなヨーコ先生の態度に対して、好きにしてくれといった口調で隼人は答えた。
「まあ、そんなに冷たくしないでよ。別に誰かを疑っている、って訳じゃないのよ」
それまでの厳しい表情をヨーコ先生は少し緩めた。
“今のところはね…”
「ほら、今回は映像だけで音声はなかったでしょ?」
《オレたちは用意された装備を有無を言わさず付けさせられただけで… 同意を求められてもね…》
「あの映像には映っていなくても、現場であなた達だけが聞いたり気づいた情報とかがなかったかな?って」
《取りあえず落ち着け… 表情を変えずに… つけ入る隙を与えるな…》
あの時のカトリは自分の後方にいた。だから現場では自分だけしか目や耳にしていないことが確かにあった。
《否定も肯定もダメだ… ここはとぼけるんだ… ハッキリしたことは何も分かっていない…》
あの場で剛介の言った『あのこと』と、それに対する志織の『あの表情』が隼人の頭にフラッシュバックしていた。あの直後に剛介の言ったとおり、動揺を誘う敵のワナだった可能性が高い。そして仲間のことは信じなければならない。だが、それまで見たことがないような『あの表情』のことが気になる…
「… ゼンゼン憶えがないな… あの時の映像のとおりだ…」
《チェッ!》
話し方の平静を装えたものの、その平静さを装うために時間をとられて返事までに時間がかかり過ぎたと隼人は内心で舌打ちをしていた。
「………」
気がつけば、何も見逃さないといった鋭い目つきに戻っていたヨーコ先生は沈黙をしばらく続けていた。静まり返る保健室内にガラス窓の外から聞こえるクラブ活動中の部員たちの歓声がやけに響き渡っていた。
「…わかったわ。また何か思い出したことがあれば教えてちょうだい… ところで、」
ふたりの間の重苦しい雰囲気を変えようとするかのように、ヨーコ先生は口調と話題を変えて隼人に話しかけてきた。
「ねえ赤城君、あなた自身のことなんだけど、合宿前と比べて体や心の調子のことで変わったことはないかしら?」
「あ、ああ…」
ヨーコ先生の明るい口調の質問に促されて、隼人の顔に思い当たるフシがあるといった表情が浮かび上がって来た。
「前にも言ったことがあると思うけど、自分の経験したことのないことが急に映画の早回しみたいに頭に思い浮かんでね… 最近はそれだけでなく、別の人格に自分の体が乗っ取られる? みたいなことがあるんだ…」
隼人は感じ続けてきたことをうまく言葉で表現できず、もどかしそうな様子だった。
「あなたたち二人の行動のライブ映像は見せてもらったわ。特にあなたの方は状況を冷静に判断して、行動にも自信が見られた」
“早く結果を出せとうるさかった上司も大喜びで議員へすぐにでも報告したいって、ハシャイでいたもの”
ヨーコ先生は満足そうな顔をして隼人に話しかけていた。これに対する隼人の態度は、淡々としたもので、特別喜ぶことも自慢することもなかった。
「今回このような成果が出たことは良かったけど、一方で気になった点もあるのよ」
にこやかだったヨーコ先生の表情が厳しいものに一変した。
「あの映像を見ていると、あなたたちの方がバベルから待ち伏せを受けていたわよね… 実は、もともと今回の作戦はバベル内にいるスパイからのリーク情報を元にして、コチラが待ち伏せするものとして立案されていたんだけど…」
《その『もともと』の話はコッチは聞いてないし、関わりもしていないよ》
この作戦立案の経緯には関与のない隼人だったが、胸中の思いを表に出さずに話を聞き続けた。
「…ということは、バベル内のスパイからのリーク情報自体が始めから『仕込み』だったってことになってくる… おまけにその前提として、コチラの動静がアチラに筒抜けだったことにもなってくるわね…」
テーブルに両ひじをついて、組んだ両手を口の前に置いたヨーコ先生は、探るような上目づかいで隼人のことを見つめた。
「なんで急に黙ってオレのことを見つめるのかな? よくわからないけど…」
落ち着いて我関せずといった顔つきで隼人は問いかけた。
「あなたとかカトリとかの周りにだけど… 誰かバックドアとして思い当たる人がいないかと思ってね…」
「こっちから聞くまでもなく、どうせ自分たちでオレとカトリの周りの人間は勝手に濾過検査しているんだろ」
こちらの様子をうかがうようなヨーコ先生の態度に対して、好きにしてくれといった口調で隼人は答えた。
「まあ、そんなに冷たくしないでよ。別に誰かを疑っている、って訳じゃないのよ」
それまでの厳しい表情をヨーコ先生は少し緩めた。
“今のところはね…”
「ほら、今回は映像だけで音声はなかったでしょ?」
《オレたちは用意された装備を有無を言わさず付けさせられただけで… 同意を求められてもね…》
「あの映像には映っていなくても、現場であなた達だけが聞いたり気づいた情報とかがなかったかな?って」
《取りあえず落ち着け… 表情を変えずに… つけ入る隙を与えるな…》
あの時のカトリは自分の後方にいた。だから現場では自分だけしか目や耳にしていないことが確かにあった。
《否定も肯定もダメだ… ここはとぼけるんだ… ハッキリしたことは何も分かっていない…》
あの場で剛介の言った『あのこと』と、それに対する志織の『あの表情』が隼人の頭にフラッシュバックしていた。あの直後に剛介の言ったとおり、動揺を誘う敵のワナだった可能性が高い。そして仲間のことは信じなければならない。だが、それまで見たことがないような『あの表情』のことが気になる…
「… ゼンゼン憶えがないな… あの時の映像のとおりだ…」
《チェッ!》
話し方の平静を装えたものの、その平静さを装うために時間をとられて返事までに時間がかかり過ぎたと隼人は内心で舌打ちをしていた。
「………」
気がつけば、何も見逃さないといった鋭い目つきに戻っていたヨーコ先生は沈黙をしばらく続けていた。静まり返る保健室内にガラス窓の外から聞こえるクラブ活動中の部員たちの歓声がやけに響き渡っていた。
「…わかったわ。また何か思い出したことがあれば教えてちょうだい… ところで、」
ふたりの間の重苦しい雰囲気を変えようとするかのように、ヨーコ先生は口調と話題を変えて隼人に話しかけてきた。
「ねえ赤城君、あなた自身のことなんだけど、合宿前と比べて体や心の調子のことで変わったことはないかしら?」
「あ、ああ…」
ヨーコ先生の明るい口調の質問に促されて、隼人の顔に思い当たるフシがあるといった表情が浮かび上がって来た。
「前にも言ったことがあると思うけど、自分の経験したことのないことが急に映画の早回しみたいに頭に思い浮かんでね… 最近はそれだけでなく、別の人格に自分の体が乗っ取られる? みたいなことがあるんだ…」
隼人は感じ続けてきたことをうまく言葉で表現できず、もどかしそうな様子だった。