揺さぶり
文字数 2,064文字
「どこって… 国際電話だけど…」
「国際電話ですって?」
志織は少し大げさに信じられないという顔をした。
「スイスと日本の時差はマイナス8時間だから、日本の日中だとスイスはほとんど深夜のはずよ! 電話するにしてはちょっと不自然だよね…」
「えっ…」
カトリは唖然とした。
「何言っているの? おばさんが住んでいるのはハワイよ! そしておばさんは向こうの午後に電話してきているの。スイス人は全員スイスに住んでいる訳ではないわよね! いったいシオリは何が言いたいの?」
カトリの言葉は志織を一瞬にして沈黙させた。
「それにスイスの学校では昼食を家に食べに帰ることが多いです。その習慣を変えなければならないほどの理由が昼食や昼休みにあるのですか?」
それに続いて今度はエマがおずおずと発言した。
「昼休み中に学校外へ出て行く件ですが、カトリさんは楽器の演奏をしたり昼食を食べに自宅に行っているだけです。食堂や喫茶店へ行っている訳ではないことを私は知っています」
だが、志織の方もなお喰い付いていく。
「でも、ルールはルールです。決まりは皆で守ることで規律や風紀や保たれるのです。学校で生徒全員が好き勝手にし始めると収拾がつかなくなります。それにここはスイスではありません。日本では日本の方法に従うべきです」
カトリは自分の考え方のほうが正当性があると信じている。
「じゃあ、非常識なことをした人にはそれが非常識だとハッキリ教えてあげればいいじゃないですか。それでトラブルが起きたら、その時に初めて解決を図ればいいのです。最初からトラブルを恐れて一律に禁止することは人の考える力や自主性や成長を妨げると思います。また、ルールが間違っているときだってあります。そのときにはルールに従うのではなく、ルールの方を変えるべきでしょう」
「おい、もういいかげ… いや理由はハッキリさせただろ」
体に合わないイスにふんぞり返っている剛介はシビレを切らしていた。
「カトリが授業中に教室から出る理由と、昼休みに外に出るのは昼飯を食うために家に帰ることが分かったんだ。もう十分だよな、俺はもう帰らせてもらうぜ」
カバンを持った剛介はおもむろに一言付け加えた。
「カトリ、オリエンテーション合宿のこと進んでないのか?」
カトリは目をそらして黙ってうなずいた。
「竜崎君、せっかく今までいたんだからもう少しつき合ってちょうだい」
響子先生は剛介にそう言うとクラス全体の方へ向いた。
「聞いてのとおり、二人は自分たちの考えに正当性があることに疑いを持っていません。さて皆さん、どちらの方が正しいか決められますか?」
響子先生の問いかけは生徒たちを動揺させた。両方の意見とも正しくて簡単に白黒つけられないことに気がついたからだ。
「私たちは自分の生まれ育った考え方を正しいと思っていますが、それは間違っていないでしょうか? 自分の考え方に合わない場合、私たちは相手が間違っていると決めつけますが、相手の立場になってみると、逆に私たちが間違っていることがあるのではないでしょうか?」
響子先生は教室内の生徒たち一人一人の顔を見回した。
「相手と意見が合わないことを恐れないでください。どんどん話し合ってください。その際、相手の考えを排除するだけなく、ときに自分の考えを見つめ直してください。そして、相手が正しいと思ったら素直に受け入れてください。まず、このクラスから始めましょう」
「先生、もう終わりだ… いや、これで帰っていいですよね?」
響子先生のあきらめ顔を残して剛介は教室を後にした。
“無粋だな、もう少しスマートにできないのか、あいつ”
それまでずっと志織に目が釘付けだった、目立たない男子は剛介のことが疎ましそうだった。
“これまではデカいからカラダ振り回すだけで相手が倒れてくれたから強いと勘違いしてるんだろうな、この人… ボクがちょっとコンタクトしてやれば半秒で悶絶させてやるのにな…”
「東条さん…」
手早く帰り支度を進める志織にその声はシカトされた。
「今日は女子のみんなのためにやったんだよな?」
しつこそうに顔を上げた志織の片付け中の手が止まった。
「学級委員長だけどオレにはそんな行動力ないから尊敬するよ。本当にすごいな東条さんは」
「そんなこと… ないよ…」
声の主に見入っていた志織は朱に染まっていく顔を見られないようにそむけた。
「待ってよ、剛介!」
突然そこに居もしない剛介の名を呼ぶと、志織は教室を駆けて出て行った。
「急にどうしたんだ、東条さん?」
志織の謎行動は彼女以外にはとても理解できるものではなかった。
“あの委員長の方も柏木みたいにウザッてーな…”
今までの状況を唇を嚙みしめながら凝視する目があった。そして今後のターゲットとの接触任務には、まわりを油断させるためわざと間抜けのふりをしなければならないことと、ストレスフルな奴らとの意にそわない付き合いが伴うことを思うと、彼の気はさらに重くなった。
「国際電話ですって?」
志織は少し大げさに信じられないという顔をした。
「スイスと日本の時差はマイナス8時間だから、日本の日中だとスイスはほとんど深夜のはずよ! 電話するにしてはちょっと不自然だよね…」
「えっ…」
カトリは唖然とした。
「何言っているの? おばさんが住んでいるのはハワイよ! そしておばさんは向こうの午後に電話してきているの。スイス人は全員スイスに住んでいる訳ではないわよね! いったいシオリは何が言いたいの?」
カトリの言葉は志織を一瞬にして沈黙させた。
「それにスイスの学校では昼食を家に食べに帰ることが多いです。その習慣を変えなければならないほどの理由が昼食や昼休みにあるのですか?」
それに続いて今度はエマがおずおずと発言した。
「昼休み中に学校外へ出て行く件ですが、カトリさんは楽器の演奏をしたり昼食を食べに自宅に行っているだけです。食堂や喫茶店へ行っている訳ではないことを私は知っています」
だが、志織の方もなお喰い付いていく。
「でも、ルールはルールです。決まりは皆で守ることで規律や風紀や保たれるのです。学校で生徒全員が好き勝手にし始めると収拾がつかなくなります。それにここはスイスではありません。日本では日本の方法に従うべきです」
カトリは自分の考え方のほうが正当性があると信じている。
「じゃあ、非常識なことをした人にはそれが非常識だとハッキリ教えてあげればいいじゃないですか。それでトラブルが起きたら、その時に初めて解決を図ればいいのです。最初からトラブルを恐れて一律に禁止することは人の考える力や自主性や成長を妨げると思います。また、ルールが間違っているときだってあります。そのときにはルールに従うのではなく、ルールの方を変えるべきでしょう」
「おい、もういいかげ… いや理由はハッキリさせただろ」
体に合わないイスにふんぞり返っている剛介はシビレを切らしていた。
「カトリが授業中に教室から出る理由と、昼休みに外に出るのは昼飯を食うために家に帰ることが分かったんだ。もう十分だよな、俺はもう帰らせてもらうぜ」
カバンを持った剛介はおもむろに一言付け加えた。
「カトリ、オリエンテーション合宿のこと進んでないのか?」
カトリは目をそらして黙ってうなずいた。
「竜崎君、せっかく今までいたんだからもう少しつき合ってちょうだい」
響子先生は剛介にそう言うとクラス全体の方へ向いた。
「聞いてのとおり、二人は自分たちの考えに正当性があることに疑いを持っていません。さて皆さん、どちらの方が正しいか決められますか?」
響子先生の問いかけは生徒たちを動揺させた。両方の意見とも正しくて簡単に白黒つけられないことに気がついたからだ。
「私たちは自分の生まれ育った考え方を正しいと思っていますが、それは間違っていないでしょうか? 自分の考え方に合わない場合、私たちは相手が間違っていると決めつけますが、相手の立場になってみると、逆に私たちが間違っていることがあるのではないでしょうか?」
響子先生は教室内の生徒たち一人一人の顔を見回した。
「相手と意見が合わないことを恐れないでください。どんどん話し合ってください。その際、相手の考えを排除するだけなく、ときに自分の考えを見つめ直してください。そして、相手が正しいと思ったら素直に受け入れてください。まず、このクラスから始めましょう」
「先生、もう終わりだ… いや、これで帰っていいですよね?」
響子先生のあきらめ顔を残して剛介は教室を後にした。
“無粋だな、もう少しスマートにできないのか、あいつ”
それまでずっと志織に目が釘付けだった、目立たない男子は剛介のことが疎ましそうだった。
“これまではデカいからカラダ振り回すだけで相手が倒れてくれたから強いと勘違いしてるんだろうな、この人… ボクがちょっとコンタクトしてやれば半秒で悶絶させてやるのにな…”
「東条さん…」
手早く帰り支度を進める志織にその声はシカトされた。
「今日は女子のみんなのためにやったんだよな?」
しつこそうに顔を上げた志織の片付け中の手が止まった。
「学級委員長だけどオレにはそんな行動力ないから尊敬するよ。本当にすごいな東条さんは」
「そんなこと… ないよ…」
声の主に見入っていた志織は朱に染まっていく顔を見られないようにそむけた。
「待ってよ、剛介!」
突然そこに居もしない剛介の名を呼ぶと、志織は教室を駆けて出て行った。
「急にどうしたんだ、東条さん?」
志織の謎行動は彼女以外にはとても理解できるものではなかった。
“あの委員長の方も柏木みたいにウザッてーな…”
今までの状況を唇を嚙みしめながら凝視する目があった。そして今後のターゲットとの接触任務には、まわりを油断させるためわざと間抜けのふりをしなければならないことと、ストレスフルな奴らとの意にそわない付き合いが伴うことを思うと、彼の気はさらに重くなった。