1回で切られた呼び出し音
文字数 2,503文字
放課後に昨日と同じ図書室前の談話スペースで、打上げをする店・場所・時間のプランについて打ち合わせるため、志織は隼人を待っていた。
その間、志織は今日の朝の出来事と昨晩にあったそれに先立つ出来事をかわるがわるに思い返していた。
今朝は、登校してからすぐに隼人が志織の席まで来て昨日の件をあらためて謝り、自分が持ち帰った志織のノートとペンケースを返した。隼人の謝罪に対して志織は昨日のことはもう気にしていないと笑顔で返事をした。だが、返された文房具を手にした時には顔が曇り何かを問いたげだったが、結局は隼人にそれ以上のことは何も聞かなかった。
実はその時、昨日の晩遅くにあった出来事を志織は思い起こしていた。
♫ …
スマホが1回だけ鳴って切れた。
“エッ、今の音!?”
非常時の訓練の時にしか聞いたことのない(注意深い自分なら聞くことは絶対ないと思っていた、不吉を意味する忘れがたい)音を耳にして、志織はスマホのSIMを差し替えながら電話が鳴り終わってからの秒数を頭の中で数えていた。
“… 10、11、12、13”
定められた秒数を数えてから志織は決められている電話番号にかけた。
“非常時の通報音なのに普通の呼び出し音と変わらないのが怖いのよね… きっと、あの件のことに違いない…”
スマホのスピーカーから聞こえてくるコール音を聞きつつ、暗号のコード表をめくりながら志織は不安におののいていた。
『51、901、749、63』
「224、4、8」
『2-6、今は宿舎室内にいますか』
物腰は丁寧で礼儀正しいが抑揚なく何を考えているのか分からない電話の向こう側の口調に、志織はいつもながら不気味さを感じていた。
「はい、思想士官殿」
『今、室内にはあなたの他には誰もいませんよね』
「はい、もちろんです」
尋ねるというより確認するような話し方に対して志織は慎重に言葉を選ぶ。
『あなたの室内にあるはずのスマートフォンの位置情報の発信元が別の場所にありました』
“やっぱりそのことだったのね…”
「申し訳ありません! 合宿の滞在先での任務遂行中に意図せずに身体から離脱させてしまいました。しかし、それを拾得した者から2日前に返却されました」
『それでは貸与品が2日間はあなたの保持管理外となってしまったのですね』
“言い訳のできない再教育対象事項だわ… 私一人じゃ済まないかも知れない…”
志織は瞬時に故郷にいる家族の身を案じた。
「わたくしの不始末でご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございませんでした。 拾得者のことは」
『そのように緊張しなくていいのですよ。その間の下賜預品の所在位置と取得者については、もうこちらでは把握と調査を済ませているのですから。これからは保持と管理に十分に気をつけてください。人手と時間と費用がかかりますので、何度もあることだと困りますよ。自分の所持品についても同じように気をつけてください』
“やばい… 福本のことを巻き込んじゃった…”
志織には色々な表情の陽二の顔がいくつも浮かんできて、その胸中は後悔と陽二への申し訳なさで占められた。
“お預かりしている大切な下賜預品だから肌身離さず持ち歩いているのに、いつのまに…
でもこうなったら後悔しても始まらないし、もう私にはどうすることもできない… とは言っても…”
志織の頭の中にはさまざまな思いと考えが混とんとして渦巻いていた。
『…聞こえていますか』
「… ハ、ハイ!」
図らずも厄介なことに巻き込んでしまった陽二のことを考えると志織は頭が一杯になって、その時はそれ以外のことには気を回すことができなかった。
『バチカンの使いの情報について尋ねているのですよ?』
“まずい… このままだと士官殿のご機嫌をそこねてしまう…”
少しいらだっている相手の声色に志織は気を引き締めた。
『しっかりしてください。他の過酷な派遣先よりも住みやすいこの国で働きたがっている者は大勢いるのですよ』
“そう言えばカトリは打上げの日程を早めに決めて連絡して欲しいと言っていたわよね”
カトリに関する情報の収集には打ち上げの予定を利用しようと志織は思いついた。
「彼女についてはこの週末の予定を調査中です。わかり次第ご報告いたします」
『バチカンの使者の行動の正確な把握は外貨獲得にも大きく関わってきますし… このことはあなたには関係ありませんでしたね。先程の予定の件はしっかり調査と連絡をお願いしますよ。それでは』
「はい、失礼します」
“あれだけのことを私がやらかしたのに、なんかヌルくない?”
思想士官との話し合いが終わり志織はホッとすると同時に違和感を感じた。
「自分の所持品についても同じように気をつけてください、か…」
昨晩は眠ることができなかった志織は朝からずっと思想士官の言葉をかみしめていた。
“これ以上仲間を危険なことに関係させることは決してできない… 隼人にだって、私のノートとかの中を見た?って、とても聞くわけにいかない… 見ていたら大変なことになるし、見ていなかったら問いかけを不審に思われるだろうし…”
「おい、東条… 考え込んでどうしたんだ… もうホームルーム始まっちまうぞ」
“いけない… 今は隼人に不審に思われないようにしなくちゃ…”
隼人には心配をかけたくない志織はなんとかして昨晩のやり取りのことを頭から振り払った。
「何でもないわ。週末のことについてみんなに少しお話しをしましょうよ」
それから二人してカトリとエマに返信のお礼を言ってから昨晩返信してこなかった剛介と陽二のところへ行き、言い訳をする男二人には今日の午後7時までに返信するよう確約させた。このとき志織はとても陽二のことを直視できなかったが、陽二は志織のそんな様子を見て避けられていると思って気落ちした顔をしていた。
その間、志織は今日の朝の出来事と昨晩にあったそれに先立つ出来事をかわるがわるに思い返していた。
今朝は、登校してからすぐに隼人が志織の席まで来て昨日の件をあらためて謝り、自分が持ち帰った志織のノートとペンケースを返した。隼人の謝罪に対して志織は昨日のことはもう気にしていないと笑顔で返事をした。だが、返された文房具を手にした時には顔が曇り何かを問いたげだったが、結局は隼人にそれ以上のことは何も聞かなかった。
実はその時、昨日の晩遅くにあった出来事を志織は思い起こしていた。
♫ …
スマホが1回だけ鳴って切れた。
“エッ、今の音!?”
非常時の訓練の時にしか聞いたことのない(注意深い自分なら聞くことは絶対ないと思っていた、不吉を意味する忘れがたい)音を耳にして、志織はスマホのSIMを差し替えながら電話が鳴り終わってからの秒数を頭の中で数えていた。
“… 10、11、12、13”
定められた秒数を数えてから志織は決められている電話番号にかけた。
“非常時の通報音なのに普通の呼び出し音と変わらないのが怖いのよね… きっと、あの件のことに違いない…”
スマホのスピーカーから聞こえてくるコール音を聞きつつ、暗号のコード表をめくりながら志織は不安におののいていた。
『51、901、749、63』
「224、4、8」
『2-6、今は宿舎室内にいますか』
物腰は丁寧で礼儀正しいが抑揚なく何を考えているのか分からない電話の向こう側の口調に、志織はいつもながら不気味さを感じていた。
「はい、思想士官殿」
『今、室内にはあなたの他には誰もいませんよね』
「はい、もちろんです」
尋ねるというより確認するような話し方に対して志織は慎重に言葉を選ぶ。
『あなたの室内にあるはずのスマートフォンの位置情報の発信元が別の場所にありました』
“やっぱりそのことだったのね…”
「申し訳ありません! 合宿の滞在先での任務遂行中に意図せずに身体から離脱させてしまいました。しかし、それを拾得した者から2日前に返却されました」
『それでは貸与品が2日間はあなたの保持管理外となってしまったのですね』
“言い訳のできない再教育対象事項だわ… 私一人じゃ済まないかも知れない…”
志織は瞬時に故郷にいる家族の身を案じた。
「わたくしの不始末でご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございませんでした。 拾得者のことは」
『そのように緊張しなくていいのですよ。その間の下賜預品の所在位置と取得者については、もうこちらでは把握と調査を済ませているのですから。これからは保持と管理に十分に気をつけてください。人手と時間と費用がかかりますので、何度もあることだと困りますよ。自分の所持品についても同じように気をつけてください』
“やばい… 福本のことを巻き込んじゃった…”
志織には色々な表情の陽二の顔がいくつも浮かんできて、その胸中は後悔と陽二への申し訳なさで占められた。
“お預かりしている大切な下賜預品だから肌身離さず持ち歩いているのに、いつのまに…
でもこうなったら後悔しても始まらないし、もう私にはどうすることもできない… とは言っても…”
志織の頭の中にはさまざまな思いと考えが混とんとして渦巻いていた。
『…聞こえていますか』
「… ハ、ハイ!」
図らずも厄介なことに巻き込んでしまった陽二のことを考えると志織は頭が一杯になって、その時はそれ以外のことには気を回すことができなかった。
『バチカンの使いの情報について尋ねているのですよ?』
“まずい… このままだと士官殿のご機嫌をそこねてしまう…”
少しいらだっている相手の声色に志織は気を引き締めた。
『しっかりしてください。他の過酷な派遣先よりも住みやすいこの国で働きたがっている者は大勢いるのですよ』
“そう言えばカトリは打上げの日程を早めに決めて連絡して欲しいと言っていたわよね”
カトリに関する情報の収集には打ち上げの予定を利用しようと志織は思いついた。
「彼女についてはこの週末の予定を調査中です。わかり次第ご報告いたします」
『バチカンの使者の行動の正確な把握は外貨獲得にも大きく関わってきますし… このことはあなたには関係ありませんでしたね。先程の予定の件はしっかり調査と連絡をお願いしますよ。それでは』
「はい、失礼します」
“あれだけのことを私がやらかしたのに、なんかヌルくない?”
思想士官との話し合いが終わり志織はホッとすると同時に違和感を感じた。
「自分の所持品についても同じように気をつけてください、か…」
昨晩は眠ることができなかった志織は朝からずっと思想士官の言葉をかみしめていた。
“これ以上仲間を危険なことに関係させることは決してできない… 隼人にだって、私のノートとかの中を見た?って、とても聞くわけにいかない… 見ていたら大変なことになるし、見ていなかったら問いかけを不審に思われるだろうし…”
「おい、東条… 考え込んでどうしたんだ… もうホームルーム始まっちまうぞ」
“いけない… 今は隼人に不審に思われないようにしなくちゃ…”
隼人には心配をかけたくない志織はなんとかして昨晩のやり取りのことを頭から振り払った。
「何でもないわ。週末のことについてみんなに少しお話しをしましょうよ」
それから二人してカトリとエマに返信のお礼を言ってから昨晩返信してこなかった剛介と陽二のところへ行き、言い訳をする男二人には今日の午後7時までに返信するよう確約させた。このとき志織はとても陽二のことを直視できなかったが、陽二は志織のそんな様子を見て避けられていると思って気落ちした顔をしていた。