逃避行に至るまで
文字数 2,325文字
「えっ、それどういう意味だよ?」
耳を疑った隼人が困惑しながら志織の方を振り向いた瞬間のことだった。
「もちろん、こういう意味だよ!」
いたずらっぽく笑いながら、志織が元気よく隼人の手を取った。そのときの隼人には志織の小さな手から温かい感触が伝わってきた。
「みんな見てるだろ! 恥ずかしいからやめろよ!」
「そんなの、わたしは全然平気だよ」
動揺して手を離そうとする隼人をよそに志織は微笑んでいた。しっかりと隼人の手をとってフォークダンスの振り付けをしながら志織はダンスの曲を口ずさんだ。
「本当は赤城の方がわたしより踊るの上手なんじゃない?」
「……」
“ちょっと困るよな… 東条は平気なのか?”
ダンス中に志織が体を動かすたびに二人の体は微妙に触れたり離れたりした。
「みんな、ほら、あっちを見てみて!」
エマが指さす方向にはフォークダンスをリードする志織とぎこちなくそれに合わせている隼人の姿があった。
「志織ったら男子としか踊れなかった赤城をフォローしてあげてるのね… お優しいこと… まあせっかくだから、この私が写真でも撮っておいてあげましょうか…」
「あんなふうに志織と二人っきりで踊れるんだったら、僕が男子と踊っておけば良かったよ…」
離れたところから二人の踊る様子を見ながら、エマは意地悪な物言いをしながらも二人の写真を撮り、陽二の方は心から羨ましそうだった。
「決められた時間以外にダンスをするのは感心せんな」
剛介はカトリのことを意識しながら意見していたが、カトリは踊っている二人を黙って見ているだけだった。
“授業中もシオリはハヤトのことをずっと見つめているし… たしかゴースケとハヤトとの仲直りのときもさり気なくハヤトの手を両手で包み込んでいた… ふつう嫌いだったらできないことをハヤトにしていること多いのよね…”
生徒たちが夜の自然やキャンプファイヤーの炎と一体となった気持ちを非日常的な空間の中で高揚させているさなか、それをさらに盛り上げるかのような放送が流された。
『これからは生徒の皆さん同士の親睦を深めるトークタイムです。この火の恵みに感謝して語らいを楽しみながら良い思い出を作ってください』
「ごめん東条、ちょっと行かなきゃいけない用事があるんだ」
二人でのダンスの間ずっと顔を真っ赤に染めていた隼人はアナウンスの放送と同時に、志織の手取り足取りしてくれた振り付けを止めさせた。
「もう終わりなの? これからってときに…」
「用事があってね… ちょと恥ずかしかったけど、ダンスとっても楽しかったよ。どうもありがとう」
本当に残念そうな顔をしている志織に、お辞儀をしながらお礼を言って隼人はその場を離れて行った。
“わたし頑張って偉かった! ドキドキしてたのバレなかったよね? 手に汗はかいてなかったよね?”
自分を誉めながら、志織はダンス中は隼人には決して見せることのなかった内心の興奮や高揚感を繰り返し味わっていた。
先程まで昔懐かしさを伝えるフォークダンスの音楽を流していたのと同じ音響機器が今度は夏向けのテンポの良い曲を流し始めた。
あたりから歓声がいくつも上がると、男女問わずグループが自然にできてあちこちが会話や笑い声で満ちてきた。数は少なかったが、ある者たちは二人連れになって大人数の喧騒から離れた場所へ静かに消えて行った。
「おい、カトリ、あっちへ行くぞ」
その時ちょうど闇に消え入る二人連れを見ていたカトリは、後ろから突然ぶっきらぼうな声をかけられたうえに、ジャージを引っ張られたので、手を口にあてて息を飲んだままその場で飛び上がってしまった。
「どうしたんだ、予定どおりの打ち合わせだ」
「分かっているわ、ハヤト。そんなにアワテないでよ」
どこへともなく去り行く名も知らない二人連れに先程の隼人と志織の姿を重ね合わせたカトリは、隼人への返答とは裏腹に他のことにとても集中することができる状態ではなかった。
「何言ってんだ? ほかの連中には聞かれたらマズいだろ? 早く行こうぜ」
「ハイハイ」
お手上げといったポーズを何とか取りながら、カトリはケガした足をかばいつつ隼人について行った。
「ちょっと剛介、赤城とカトリに動きがあったわよ」
キャンプファイヤーの周囲を見回していたエマが剛介に通報した。
「エッ! カトリと赤城を二人きりにするのはマズイだろ、尾行るぞ! 志織はどうした?」
焦燥の色が隠せない剛介がエマに問うた。
「志織ならさっき戻ってきた時に、用事があるって言って直ぐにいなくなったわ。ちなみに福本は他のクラスの女の子に呼び出されて、嬉しそうなくせに恥ずかしがりながらついて行ったわよ。剛介にはカトリと写真を撮る以上のお色気のある話はないのかな?」
エマがニヤニヤしながら、焦る剛介に返事をした。
「なに! こんな大事な時にアイツら、いやあの二人は何しているんだ! おい、いやエマ、カトリはどっちへ行ったって?」
“いちいちそんなにカトリと赤城のこと気にするんだったら、他人のことをアテにしなきゃいいのに… もしかして、志織のことはいいのかしらね… まっ、私は一番面白そうなのを追っかける主義だからいいけどね”
エマは無言のまま指で方向を示すと、剛介はそのエマの腕を引っ張って自分が先になって進んで行った。いきなり腕を取られたエマは驚いた顔をして剛介に引きずられるがままだった。
耳を疑った隼人が困惑しながら志織の方を振り向いた瞬間のことだった。
「もちろん、こういう意味だよ!」
いたずらっぽく笑いながら、志織が元気よく隼人の手を取った。そのときの隼人には志織の小さな手から温かい感触が伝わってきた。
「みんな見てるだろ! 恥ずかしいからやめろよ!」
「そんなの、わたしは全然平気だよ」
動揺して手を離そうとする隼人をよそに志織は微笑んでいた。しっかりと隼人の手をとってフォークダンスの振り付けをしながら志織はダンスの曲を口ずさんだ。
「本当は赤城の方がわたしより踊るの上手なんじゃない?」
「……」
“ちょっと困るよな… 東条は平気なのか?”
ダンス中に志織が体を動かすたびに二人の体は微妙に触れたり離れたりした。
「みんな、ほら、あっちを見てみて!」
エマが指さす方向にはフォークダンスをリードする志織とぎこちなくそれに合わせている隼人の姿があった。
「志織ったら男子としか踊れなかった赤城をフォローしてあげてるのね… お優しいこと… まあせっかくだから、この私が写真でも撮っておいてあげましょうか…」
「あんなふうに志織と二人っきりで踊れるんだったら、僕が男子と踊っておけば良かったよ…」
離れたところから二人の踊る様子を見ながら、エマは意地悪な物言いをしながらも二人の写真を撮り、陽二の方は心から羨ましそうだった。
「決められた時間以外にダンスをするのは感心せんな」
剛介はカトリのことを意識しながら意見していたが、カトリは踊っている二人を黙って見ているだけだった。
“授業中もシオリはハヤトのことをずっと見つめているし… たしかゴースケとハヤトとの仲直りのときもさり気なくハヤトの手を両手で包み込んでいた… ふつう嫌いだったらできないことをハヤトにしていること多いのよね…”
生徒たちが夜の自然やキャンプファイヤーの炎と一体となった気持ちを非日常的な空間の中で高揚させているさなか、それをさらに盛り上げるかのような放送が流された。
『これからは生徒の皆さん同士の親睦を深めるトークタイムです。この火の恵みに感謝して語らいを楽しみながら良い思い出を作ってください』
「ごめん東条、ちょっと行かなきゃいけない用事があるんだ」
二人でのダンスの間ずっと顔を真っ赤に染めていた隼人はアナウンスの放送と同時に、志織の手取り足取りしてくれた振り付けを止めさせた。
「もう終わりなの? これからってときに…」
「用事があってね… ちょと恥ずかしかったけど、ダンスとっても楽しかったよ。どうもありがとう」
本当に残念そうな顔をしている志織に、お辞儀をしながらお礼を言って隼人はその場を離れて行った。
“わたし頑張って偉かった! ドキドキしてたのバレなかったよね? 手に汗はかいてなかったよね?”
自分を誉めながら、志織はダンス中は隼人には決して見せることのなかった内心の興奮や高揚感を繰り返し味わっていた。
先程まで昔懐かしさを伝えるフォークダンスの音楽を流していたのと同じ音響機器が今度は夏向けのテンポの良い曲を流し始めた。
あたりから歓声がいくつも上がると、男女問わずグループが自然にできてあちこちが会話や笑い声で満ちてきた。数は少なかったが、ある者たちは二人連れになって大人数の喧騒から離れた場所へ静かに消えて行った。
「おい、カトリ、あっちへ行くぞ」
その時ちょうど闇に消え入る二人連れを見ていたカトリは、後ろから突然ぶっきらぼうな声をかけられたうえに、ジャージを引っ張られたので、手を口にあてて息を飲んだままその場で飛び上がってしまった。
「どうしたんだ、予定どおりの打ち合わせだ」
「分かっているわ、ハヤト。そんなにアワテないでよ」
どこへともなく去り行く名も知らない二人連れに先程の隼人と志織の姿を重ね合わせたカトリは、隼人への返答とは裏腹に他のことにとても集中することができる状態ではなかった。
「何言ってんだ? ほかの連中には聞かれたらマズいだろ? 早く行こうぜ」
「ハイハイ」
お手上げといったポーズを何とか取りながら、カトリはケガした足をかばいつつ隼人について行った。
「ちょっと剛介、赤城とカトリに動きがあったわよ」
キャンプファイヤーの周囲を見回していたエマが剛介に通報した。
「エッ! カトリと赤城を二人きりにするのはマズイだろ、尾行るぞ! 志織はどうした?」
焦燥の色が隠せない剛介がエマに問うた。
「志織ならさっき戻ってきた時に、用事があるって言って直ぐにいなくなったわ。ちなみに福本は他のクラスの女の子に呼び出されて、嬉しそうなくせに恥ずかしがりながらついて行ったわよ。剛介にはカトリと写真を撮る以上のお色気のある話はないのかな?」
エマがニヤニヤしながら、焦る剛介に返事をした。
「なに! こんな大事な時にアイツら、いやあの二人は何しているんだ! おい、いやエマ、カトリはどっちへ行ったって?」
“いちいちそんなにカトリと赤城のこと気にするんだったら、他人のことをアテにしなきゃいいのに… もしかして、志織のことはいいのかしらね… まっ、私は一番面白そうなのを追っかける主義だからいいけどね”
エマは無言のまま指で方向を示すと、剛介はそのエマの腕を引っ張って自分が先になって進んで行った。いきなり腕を取られたエマは驚いた顔をして剛介に引きずられるがままだった。