とっかかり

文字数 3,070文字

 スティーヴがシャワーから出てくると、ウェイはすでにキッチンに立っていた。
「朝食はアメリカ風がいい?」
「作ってくれるの?」
「うん カフェテリアの朝ご飯に飽きてしまったから、自分で食べたいものを作ってるんだけど 君は慣れてるものの方がいいかなって」
「それなら君と同じものを食べてみたい」
 そう言ったら、お米のスープとゆで卵、揚げたての細長いパンとサラダがテーブルに並んだ。ゆで卵は茶色くて、不思議なスパイスの香りと塩味がついている。
「食べたことのない組み合わせだけど、おいしい。
 そうだ 君が移って来たら、タイガーがすごく喜ぶよ。チャイナ・イーストから来た人で、ベースのアメリカ飯に飽きたって、よく言ってるから」
 ウェイがうれしそうに笑う。
 食事をすませて個室を出ると、ふいに通路の向こうから、強い怒りの感情がぶつけられた。何だろうと思って見ると、知らない7Dの下士官が不機嫌そうに歩み寄って来る。
「おい、どういうことだよ 俺の誘いはさんざん断っておきながら、こんなガキを連れ込みやがって!」
「誰 この人?」
 ふり向いて訊ねると、ウェイは困った顔をしている。ウェイの心をちらりと読んで、それがしばらく前からつきまとっている男色の下士官だとわかった。
「これ見よがしの顔しやがって 生意気な訓練官ふぜいが――」
 脅されてもまったく平気なスティーヴの様子が、逆に相手の怒りを刺激したらしい。興奮した下士官は乱暴にスティーヴの襟首をつかみ、パンチを食わそうとした。それを軽く押しのけ手首をつかむ。
 タイガーに教わったように、ばれないように手の動きに合わせてテレキネシスを使い、相手の腕を捻り上げる。
 下士官が痛みに悲鳴を上げた。
「僕の友だちは迷惑がってるから、これ以上かまわないで欲しいんだけど」
 下士官は痛みにあえぎながら「わかった」と声を絞り出し、スティーヴが手を離すとそのまま逃げていった。
「ごめんね 僕のせいで……」
「別に君のせいじゃないよ」
「でも 大丈夫?」
「うん 手を出したのは向こうだし。7Dの兵士や下士官は、階級プラス腕力が力関係みたいな独自ルールがあるんだ。僕みたいなのに軽くあしらわれたって同僚には知られたくないはずだから」


 上官のオフィスで雑用をしながら、ウェイランは昨日から今日までの間に自分が経験したことを考えていた。
 初めて仲間と出会って、その仲間から、自分にとっての世界が変わってしまうような話を聞かされのは、ほんの昨日のこと。でもスティーヴの言葉は、そして彼が見せてくれた記憶の物語は、一晩の眠りのうちにすでに自分の中に落ちていた。
 意識のずっと深いところで、いつかこんなことが起きるのを夢見ていた気もする。ただそれが本当になるとは信じていなかったんだ。
 そして昨日はなかった目的が、今日の自分にはある。
 自分には行く場所がある。そこに、自分が誰であるかを隠さなくていい人たちがいる。
 それから、あの中尉のことを考える。
 夜勤帰りの深夜、酔った兵士らに絡まれ乱暴されそうになった。その時に通りがかって助けてくれたのが彼だった。中尉は、兵士らが壁に頭をぶつけるほどの勢いで蹴り飛ばし、「さっさと自室に戻れ」とどなりつけた。
 座り込んだままのウェイに手をさし伸べ、怪我はないかと訊ねた。その彼の視線が止まる。一目惚れのような強い感覚が彼の胸をつかんでいた。でも彼はすぐにそれを押さえ込んだ。
 そのまま個室まで送ってくれて、何も言わずに立ち去った。
 それから時々、中尉が自分のことを思い出しているのを感じる。
 男性に懸想されるのは初めてのことではない。アメリカに渡って来てからは、その回数は増えた。
 まわりの人間の感情を感じとってしまうウェイにとって、思ってもいない相手から強い感情を向けられるのは負担だった。
 だから学校でも、候補生として隊付勤務に入ってからも、まわりから距離をとり、他人の注意を引かないように過ごしてきた。そして他人の感情は「雑音」として、意識の外に追い出すようにしてきた。
 幸い、能力には距離の制限があって、一定の距離以上、離れた相手の感情は届かない。感覚的には建物のフロアをカバーするぐらいだ。
 でも中尉の気持ちは、通常の距離よりずっと遠いところからでもウェイに届いた。それはこれまでなかったことで、不思議に思っていた。それでスティーヴに訊かれた時、彼のことを思い出したのだ。
 スティーヴは中尉に会って、彼が仲間かどうか確かめたいと言った。それならもう少し情報が必要だ。せめて名前ぐらい。
 ふと、中尉の存在が近い気がした。彼の感情を感じているわけではない。でも直感的に、彼がオフィスの前を通りがかるところだと思った。
 一息置いてからドアを少し開け、廊下をのぞく。右手の遠くに、歩いていく彼の後ろ姿が見えた。
 廊下に出て、静かに後をつける。
「よう フォワ」
 中尉の知り合いが通りがかる。少し離れた所での会話だが、聴覚の鋭いウェイには聞くことができた。
「昨日、前方勤務から戻ったところだ。今晩あたり一緒に飲まないか 居住区のバーで——」
 ウェイはそっと廊下を引き返してオフィスに戻った。
 ランチの時間にスティーヴと待ち合わせ、聞いたことを伝える。
「これだけでなんとかなるかな」
「うん 行き先はきっと7Dの士官が集まるバーだね」


 夕方、ウェイと一緒に、7Dの士官たちが集まるバーに向かった。
 明らかに未成年に見える2人に、バーのスタッフはいぶかしげな顔をしたが、「フォワ中尉を探している」と言うと、奥に探しに行ってくれた。
 入り口に近いカウンターからやじが飛ぶ。
「おい フォワ 可愛い坊やたちが待ってるぞ」
 やがて中尉が姿を見せた。まっすぐな背筋に引き締まった体つき。端正な顔立ちに鳶色の髪を分けて整えて、いかにも有能な軍人の雰囲気だ。
 中尉がウェイに気づく。ストイックな表情の後ろで彼の気持ちが反応する。
「友だちが少し前に中尉に助けてもらって、その時にお礼を言い損ねたっていうので」
 そう言って手をさし出すと、中尉が反射的に握手を返す。
 テレパスのような繊細さはないけれど、中尉の心には、普通の人間とはっきり違う緻密さと鮮やかさがある。パターンの作りはタイガーに似ていて、ジュピターが「テレキネティックの要素」として分類している特徴があると思った。
 中尉が仲間で、テレキネティックなのは、ほぼ間違いない。でもジュピターには「パターンの感触だけでなく、裏付けの確証を得ろ」と厳しく言われている。
 ウェイは敏感な上に直感の鋭い共感型のテレパスだから、すぐに反応を引き出せた。心の外殻に触れたけで、そのことに気がついた。
 でも、タイガーが一般的なテレキネティックのモデルだとすると、心に触れられたり読まれても気づかないだろう。
 どうしたらいいのかな。
 ウェイが中尉に言う。
「あの この間はありがとうございました」
「いや、礼はいい。7Dの兵士がくだらんまねをするのを止めるのは、士官としての俺の責任だ……君の名前を聞いておいてもいいかな」
「はい リウ・ウェイラン准尉です」
「……覚えておく」
 そういうと中尉はバーの中に戻っていった。
 ウェイは少しほっとしたみたいだ。無理やり誘われるかもしれないと心配していたのだろう。もちろん、そんなことにさせるつもりはなかったけれど。
 でも実際に会ってみた中尉は、まっすぐな印象の人だった。タイガーと同じで外面はちょっと厳しそうだけど、多分とても頼りになる人だろうと思った。
 
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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

マリア・シュリーマン
ミッドアトランティック州ベースのシヴィリアンスタッフ。優しく繊細で、やや引っ込み思案。古い絵を見るのが好き。

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