残されたもの

文字数 3,345文字

 ダニエルがハンドルを握り、ノースアトランティック州ベースに向けて車を走らせる。ベースまで1時間ほどの距離に来た時、後ろの座席からウェイが身を乗り出した。
「……スティーヴの存在を感じます」
「道路地図を貸して」
 タイガーがドクター・キャライスに地図を渡すと、彼女はそれを開いてウェイに見せた。
「どこにいるかわかる?」
 ウェイの指が地図上の1点をさす。
 道路を途中で曲がり、木立の中の薄暗い道を突っ切っていく。
「あ……」
 ふいにウェイが声を上げた。
「どうした?」
「……」
 バックミラーに映るウェイは黙ったまま肩を震わせている。スティーヴとマリアの身に何かが起きて、それを感じとっているのか。
 遠目に建物が見えてきたところで車を停める。ドクターがゲートの様子を調べる。
「守衛は全員、眠らされてる。スティーヴだわ」
 車から降りたウェイが弾かれるように走り出し、その後を追う。
 地下への階段を走り降りながらドクターが言った。
「あなたは物理的に彼の動きを止めて。抵抗したらどんな手段を使ってでも押さえ込んで」
「どういう状況だ?」
「自殺しようとしてる——ドアを開けて!」
 ロックの外れた重い金属のドアを引き開けると、半開きの中扉の向こうにスティーヴがいた。
 血に染まったマリアの体を片腕に抱えて座り込んでいる。
 思わず息をのんだ。
 スティーヴは自失の表情で、握った銃を自分の頭に当てる。引き金を引くことが出来る前にテレキネシスで思い切り銃を弾き飛ばした。
 しかし腕にマリアがいるので、このまま床に押さえつけることができない。
 テレキネシスの圧力を強めてスティーヴの動きを封じながら、にじり寄った瞬間、途方もなく強い力で跳ね返され、勢いでタイガーの体は後ろの壁に叩きつけられた。
 身構えるダニエルを手で制し、視線で指示を与える。
 部屋の隅に弾き跳ばされた銃にスティーヴが目をやる。スティーヴがそれを引き寄せるもより先に、ダニエルが素早く動いて銃をとり上げた。
 注意をそらされたスティーヴの後ろに回り込み、チョークホールドをかける。腕から離されたマリアの体をダニエルが抱き止める。後はテレキネシスと腕力の力づくで、抵抗するスティーヴの体を床に押さえつけた。
 腹ばいに組み敷かれたスティーヴは抵抗を続け、戦車の動きも止めるタイガーのテレキネシスを押し返しかける。
 そこにドクターが回り込み、スティーヴの頭を両手で包んだ。抵抗していたスティーヴの体から、しばらくして、がくりと力が抜ける。
 ドクターはスティーヴから手を離すと、ダニエルの腕のマリアに目をやった。
 脈をとり、血に染まった胸の傷を調べる。彼女は今では人間の心以外に、物体や人間のからだも分析できると聞いていた。
「マリアは……」
 震えるウェイの声に、女医は首を横に振る。その場が重い沈黙に包まれた。
 だが……いつまでもこうしてはいられない。
 タイガーはスティーヴの様子を見ながら言った。
「しばらく意識はとり戻さないんだな?」
 ドクターがうなずく。
「……前にコントロールを失ったテレキネティックの女の子は、攻撃性をまわりのものに向けて器物や人間を破壊しようとした。でもスティーヴの攻撃性は、こんな状況でも他の人間には向かなかった」
「……それは どういうことですか?」
 ウェイが不安げに訊ねる。
「やり場のない怒りすら、他人にではなく自分に対して向かうのよ。だからスティーヴは自殺を邪魔されることには抵抗したけれど、邪魔をする私たちを攻撃しようとはしなかった」
 確かにスティーヴの動きはいつものスピードではなかった。自分でも何をしているのかわからないような反応の遅れがあった。
 ダニエルがマリアを抱え上げる。
「待って 彼女の体はここに残して」
「しかし……」
「蘇生の見込みはないわ。それに侵入者の存在なしに、この状況のつじつまを合わせる必要がある。
 守衛の中にホルスターが空なのがいたでしょ。それを引っ張ってきて、その男がマリアを撃ったように状況を繕って」
 ダニエルは床に片膝をついてマリアの体を抱いたまま、納得がいかない表情だ。
「ドクター 蘇生の見込みがないのは確かなのか?」
「私は外科医よ 助けられるものならそう言ってるわ。
 それに、彼女の首につけられてるものを見て。構造を分析したけど起爆回路がついてる。おそらくこの建物の外に出たら爆発する仕掛け」
 ウェイが息をのむ。
「スティーヴが彼女を連れ出そうにも、逃げようがなかったのよ。だからマリアは自殺を選んだ。
 スティーヴがマリアを撃つことはあり得ない。だからマリアは自殺……自分を助け出すことをスティーヴに諦めさせて、仲間のところに戻らせるために。
 だから……どんなことをしてもスティーヴを無事にベースに連れて帰る。それが彼女のためにしてあげられること。
 マリアの体がここになければ逃亡したと見なされる。当然、それを手引きした者がいると判断されて、警備局と科学局の本気の追跡が始まるわ。それは避けなきゃいけないのよ、今は」
 タイガーは歯を噛みしめた。それからダニエルに、ドクターの言う通りにしろと目で合図した。

 状況を偽装し終えると、ドクターは眠り込んでいる守衛らの頭をいじった。
「あんたら分析型は印象操作という言い方をするが、偽の記憶を植え付るのとどう違うんだ?」
「私たちの能力では記憶を消去することはできても、でっち上げた記憶を植え付けることはできないわ。
 でも人間の心っていうのは、『そんな気がする』という印象、つまり方向づけを与えておけば、それに合わせて目の前の現実を解釈する性質がある。印象と現実に多少のギャップがあっても、それも本人の心が埋めるから、それで十分なの」
 ドクターは淡々と答えた。
「それとね 私たちには行動を抑止することはできても、本人がしたくないことをさせることはできない。それが私たちの心理処理と、昔の軍隊で使われてた心理操作の違い」
「そりゃ何のことだ」
「長期の催眠と薬物投与、電気刺激を組み合わせて、偽の記憶を植え付けたり、本人が意図しない行動を強制的にとらせる技術。20世紀の後半から大戦の半ばぐらいまで使われてた」
「妙なことに詳しいんだな」
「そういう技術を科学局が温存してて、今でも使っている可能性があると思ってるから。
 科学局が変異種を保護する口実に『反乱軍に利用されるのを防ぐ』っていうのがあるでしょう。あれはどう考えても、自分たちが変異種の兵器化を目指してるんだわ」

 スティーヴが乗ってきた車は離れた場所に移動させ、後から取りに戻ることにした。
 とにかく一刻も早くベースに連れて帰りたかった。
 そうすれば後はジュピターとリリアがなんとかするだろう。ゆっくり休ませて、気持ちを落ち着かせて……。
 運転席のドアを開けるダニエルに声をかける。
「運転を替わろう。俺も何かしてる方が気が紛れる」
 ダニエルもタフな方だが、この件では精神的に参っているのが顔に出ていた。
 まだ薄暗い道路を一目散に南へ走る。
 ウェイはぐったりしたスティーヴを腕に抱いていたが、こらえ切れずに泣き始めた。
 ダニエルは時折りふり向いて、それを気遣わしげに見る。
 ドクター・キャライスは読めない表情で、黙って窓の外を見ている。
 マリアのなきがらをあの牢獄のような場所に残してでも、スティーヴを安全に連れ帰る。彼女の主張は無情だったが的確で、文句を言うことはできなかった。
 だが……。
 いや、納得がいかないのは、ただ自分の感情だ。
 7D務めの軍指揮官として、これまで数え切れないほど戦場に出て、兵士らの死も見てきた。
 だが、マリアの死はそれとはまったく別ものだ。
 兵士は自分で選んで戦場に出る。たとえベースの飯を食うため、退役後の安楽な生活を手にするためという理由であっても、自分の命の危険とそれを交換することを選んで戦場に赴く。
 だがこの2人の若者は、ただ自分たちの幸せをそっと手の中に包んで、静かに生きたかっただけなのだ。なぜそれが許されないのか——
「羨ましいな」
「……」
 ダニエルの視線が向く。
「ウェイのやつみたいに素直に泣けることがな——くそっ(ダム イット) 世の中ってのはなんでこんなふうにできてやがるんだ!」
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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

アンドレイ・ニコルスキー

ニューイングランド州ベースの管制官。人好きで寂しがり。趣味は木工で、隙があれば家具が作りたい。

エリン・ユトレヒト

ニューイングランド州ベース技術局のシヴィリアン・スタッフ。機織りやその他、多彩な趣味があって、人間関係より趣味が大事。

マリア・シュリーマン

ノースアトランティック州のシヴィリアン・スタッフ。優しく繊細で、少し引っ込み思案。

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