幸せな時間
文字数 3,133文字
最後の1人が着いて、仲間は全部で14人になった。
ドクター・マリッサ・カザルスは能力の強い共感型で、人柄の温かい、面倒見のよいタイプだ。シラトリ大尉はドクター・キャライスに「同行役として彼女はどうだろう」と打診したが、「暑苦しい」と却下されたらしい。
代わりに「コミュニケーション能力が高いわりに、おとなしくて余計なことをしない」と、ウェイを同行者に指名した。
ほどなく「美人外科医のドクター・キャライスが、若い東洋人の男の子をはべらせている」という噂が広がった。ウェイが恐縮してそのことを詫びると、ドクター・キャライスはひとしきり笑って言った。
「そう思わせておけばいいのよ。
人間は単純だから、一度そういう目で見始めると、そういう勘ぐりしかできなくなる。なんであなたが私の出張に同行するのかも訝しまなくなるわ。その方が便利でしょ」
他人の感情をまったく意に介することのない強さ。ウェイは彼女に対する敬意を深めた。
仲間の数が増え、変異種は能力によってテレパスとテレキネティックに別れ、テレパスはさらに共感型と分析型に別れることが確認された。
ただし複数の能力を統合して持ち合わせているスティーヴを除いてだが。
ジュピターは新しく着いた仲間たちと顔を合わせ、1人ずつ能力や心理構造を分析していった。分析結果に基づいて能力を伸ばす方向性や訓練方法を考え、実際に能力が伸びていく過程を観察しながら、仲間の潜在的な能力を見究める力をつけていった。
そしてまた仲間が増えたことで、はっきりわかってきたこともあった。それはこれまでも、なんとなく気づかれてはいたことだ。
変異種たちを特徴づけているのは、その特殊な能力と同じくらい、「奇妙な興味」だった。
古いものに対する興味。今の時代には実用性がなく、だから何の価値のないものとして、人類の記憶の物置にしまい込まれ、忘れられてきたものに対する強い興味。
仲間たちはみな、本というものに対してほとんど本能的な愛着を持っていた。ジュピターは思想書や哲学書、タイガーは歴史書、スティーヴとウェイは画集と19、20世紀頃の小説や詩集、ダニエルは古代の文化と言語学といったふうに。
それぞれ興味のある分野は異なるが、今では大学の図書館でも見つけることのできない珍しい紙製の古い本を、いろいろな経緯で見つけて手に入れては、大切に所蔵していた。みんなの蔵書を合わせて図書目録を作ってみると、それなりに整った小さな図書館のようになった。
そしてまたそれぞれが、本の収集以外にも実用性のない「閑学」、今はかえりみられることのない古い手仕事や言語を学んでいた。今の社会では価値を認められず、普通の人々が興味を持たないものばかり。それはまるで、それらに象徴される古い時代の価値観を保存することを、自分たちの役割として担っているよう……。
新しく仲間が着くたびに時間をとって、お茶を飲んだり話をしながら親しくなり、彼らとジュピターの中継ぎをし、仲間たちを守るためのネットワークを編む。
忙しいけれど充実した時間。そして自分たちの存在にもきっと意味があり、そしてよい未来があると信じさせてくれるその時間を、リリアは楽しんでいた。
スティーヴはベッドの中でまどろみながら、自分を包むマリアの感情を感じていた。彼女の思いが、優しい薄いピンクのバラの花みたいなあまやかさで自分の心を包む。彼女の感情は柔らかなようでとても強く、他のものが入る余地がないくらいにスティーヴを満たした。
やがてマリアが起き、そっとベッドを降りる。
紅茶のいい匂いがし始める。
目を開けたスティーヴの髪を、きれいな指がそっとかき上げて、彼女の唇が触れる。
起き上がるスティーヴにミルクの入った紅茶のカップを渡しながら、マリアは言った。
「ね スティーヴ」
「ん」
「今日は少佐のところに行ってあげて」
「ん……?」
「リリアから聞いたの。私が来る前、お休みの日は、あなたと少佐はいつもいっしょに時間を過ごしてたって。
あなたが顔を見せなくなって、少佐、寂しいんじゃないかしら。
私もここの生活には慣れたし、友達もできたし。あなたはいつも私のところに帰って来てくれるから。
だからお休みの日はリリアにお料理を教わったり、エリンから刺繍を習いに行くわ」
「うん……君といるのが幸せ過ぎて、うっかりしてた。
ジュピターがもし僕に会いたかったらわかるはずだと思ってたけど、でも考えたら、ジュピターはそんな感情はきっと抑制してしまって、僕には伝わらないんだ。
君はいつも、そんなふうに優しくまわりの人たちを見ていて、その人たちの気持ちになって考えてるんだね」
2人はキスを交わし、それから起きて居住区のカフェテリアで朝食をとった。
リリアに呼ばれているというマリアと別れ、ジュピターの個室に向かう。
今のスティーヴには、居住区の建物の1つを丸ごとテレパシー能力でカバーして特定の相手を探すことができた。
でもジュピターが見つからない。
リリアはいる。
<リリア おはよう ジュピターはどこ?>
<オフィスよ>
<まさか仕事してるの?>
オフィスビルには私服で出入りはできないので、急いで部屋に戻って着替え、ラテン語の本を手にジュピターのオフィスに向かった。
ドアを開けると、本当に仕事をしていたジュピターが書類から顔を上げる。
「どうした」
「うん またオヴィディウスの続きを読みたいから、手伝って欲しくて」
「そうか」
ジュピターは表情を変えず、読み終えた書類にサインをしてそれを机の引き出しに片づけた。スティーヴも当たり前のようにジュピターの机に椅子をつけ、持ってきた本を開いた。
マリアがリリアとお茶を飲んでいると、ウェイが来た。リリアはウェイから料理を教わっていると聞いていた。
「ウェイ君 スシっていう食べ物、知ってる?」
「日本の料理ですよね ご飯の上に生の魚を乗せる」
「え そうなの?」
「オリジナルの形はそうだったと思います」
「生の魚って食べても大丈夫なの?」
「僕も食べたことはないですけど、それが一般に食べられていたわけですから……おいしいのかどうかは想像つかないですね。
でもリリアさんはベジタリアンでしたよね?」
「そうなの。野菜や卵で代用しちゃだめなのかしら」
「派生形として、調理した具材や野菜をご飯で巻いたものもあったようです。それが外に広まって、いろいろと変化して……いちばんメジャーなのがカリフォルニアロールというものだったかと」
「それ ヨーロッパにいた頃に食べたことがあります。子どもの頃に都市に出かけて、東洋の伝統的な食べ物だって」
「中身はなんだった?」
「キュウリとマヨネーズと……魚の加工品だったかしら」
「黒い海藻で巻いてなかった?」
「アヴォカドを薄く切ったのがのってました。不思議な味だったな」
「海藻は必ずしも使わなくていいのかしら」
「とりあえず棒状に巻ければいいんですかね。それならゆでた葉野菜で巻いてみましょうか」
「マリアも手伝って」
キッチンでおしゃべりをしながら、3人でライスを準備したり、野菜を切ったりするのがとても楽しい。
……心から安心していられる場所があって、優しい友達がいて……。
スティーヴは自分ではそんなことは思ってもいないけれど、仲間たちがこんなふうに過ごせるのは、スティーヴがいてくれたからだとみんなは思っていた。もちろんマリアも。
この幸せがずっと続いて欲しい。そして1人でも多くの仲間たちがここに来てくれたら……。
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