軍士官とヒエログリフ

文字数 2,607文字

 ウェイに続いてフォワ中尉を見つけることができたが、ニューイングランド・ベースでの研修期間も残りわずかだ。
 スティーヴはウェイと相談し、無差別にできるだけ多くと握手をするよりも、直感的な「仲間感覚」に注意を向けることにした。
 スティーヴはウェイを見た時に何か惹かれるものを感じた。ウェイは思い当たる相手を訊ねられて、すぐにフォワ中尉のことを思い出した。
 そう言えば、リリアも初めてジュピターを見た時に、仲間かもしれないと思ったと言っていた。
 毎日、違うカフェテリアでウェイと落ち合って、食事をしながら、それとなくあたりを見渡す。注意を引かれる相手がいたら、互いにどう感じるかをつき合わせ、可能性があると思ったら口実を作って握手を求めに行く。
 しかしなかなかこれという手応えはなく、何度かの握手も空振りだった。

 食事を終えてお茶を飲んでいると、フォワ中尉がコーヒーを片手にやって来た。スティーヴとウェイが「仲間」だということを受け入れてからは、2人をいつもそれとなく見守ってくれている。
 中尉の能力はテレキネシス。手りゅう弾の信管の導火線をねじ切るといったことは、彼にとってはごく小さなことで、必要なら車両も破壊できるらしい。
 「やったことはないが、図面を頭にたたき込めば戦車でも壊せる」という。境界州に移れば、タイガーと同じようにその能力を最大限、発揮できるだろう。
 テレパシーについては、近距離で話しかけたり聞きとるという基本的なコミュニケーション能力はすぐに引きだせた。しかし共感型テレパスのように相手の感情を感じることはないし、分析型テレパスのように相手の思考を読むこともできない。テレキネシス+基本的なテレパシーというのが、テレキネティックの能力の一般的な構成のようだ。
 その意味では、一般的な人間の型にはまらないの変異種の中でも、テレキネシスと共感能力と分析能力を合わせ持つスティーヴは、さらに枠をはみ出している。
 テレパシーで会話をする時には、スティーヴがフィールドを作って3人をつなぐ。
<カフェテリアに入ってくる人間をずっと見ているようだが、そんなやり方で仲間が見つかるのかい?>
<アキレウス大尉やドクター・キャライスなら、そのまま相手の心の形をつかんで、変種の特徴や質を見分けられるんですけど……僕は混合型のテレパスなんですけど、分析的な能力はまだ、そんなことができるほど発達してないので。
 でも僕はウェイを見てすぐに、何かが自分と同じだという感じがしたし、ウェイも中尉に他の人間とは違う質を感じていました。だから直感的な感覚って、意外と当たるのかもって>
 音声の会話に切り替える。
「ところで 中尉、何か趣味、持ってますか?」
「うん なぜ?」
「時代遅れの、今の時代に全然役に立たないような趣味じゃないですか?」
「ああ そう言われるだろうな。俺は古代の歴史と言語に興味がある」
「古代の言語って、神聖文字[ヒエログリフ]で書かれたエジプト語とか?」
 中尉がうなずく。
「ヒエログリフの読み方を学びたくて、そのためには20世紀に書かれた教本が必要で、大学の図書館や古書店をずいぶん回ったな。
 文字としてのヒエログリフが読めるようになったんで、今はエジプト語を勉強している。エジプト語は5世紀には使われなくなったと言われるが、コプト語として17世紀ぐらいまでは使われていたんだ。だからその知識に基づいて編纂された文法書や辞書がある。これも手に入れるのは苦労した。
 今は機構とアフリカ連邦の間には行き来がないんで、いつになるかわからないが、古代エジプト人の手で刻まれたヒエログリフを、いつか自分の目でみたいと思ってる」
 自分の興味のあることを話す中尉は楽しそうだ。そしてそれはある意味、うれしい驚きだった。
 自分もウェイも、他の仲間もそうだから、なんとなく中尉も、今の時代には忘れ去られかけている古いものへの興味を持っているのではないかと思っていた。
 でも陸軍(7D)の将校が、すでに滅んだと考えられている古代の言語に興味を持って、苦労して本を集めながら学んでいるというのは想像しなかった。
「そんな訊ね方をするのは、君たちも時代遅れの無用の趣味があるということなんだな?」
「はい 僕とウェイは昔のやり方で絵を描くんです」
「昔のやり方というのはどういうことだ? 昔の画家のようなやり方ということか?」
「はい 実際の絵の具や道具を使って」
「それが古いやり方だというのか?」
 中尉が少し考える。
「そうか 俺は美術のことは詳しくなくて、歴史書を読む中で画家の名前や作品名を知るぐらいなんだが……昔に描かれた絵は今でも美術館の所蔵品や建物の一部として残っているから、絵を描くという行為もずっと続いていると思っていた。
 だが言われてみれば、大戦以降に描かれた絵画というのは見たことがない気がするな。それは単に自分の目に入らないだけだと思っていたが。画家という職業自体が無くなっているのか」
「ヨーロッパには、まだ細々と絵の具やパステルなんかの画材を作っている工房もあるんで、絵を描く人もいると思うんですけど。アメリカでは画材は生産されてないです。
 アメリカの画廊で売っている絵は、みんな昔の絵の複製です。デザインに使われる絵やイラストは、昔の絵や写真を素材にしてデジタルで加工したり、組み合わせたものばかりです」
「絵の具を使って手を汚しながら何かを描くということが、すでに過去の時代の習慣なわけか。
 それは料理と同じだな。今は一般の家庭では、生の食材を調理することなどない。冷凍や缶詰めといった加工済みの食品を温めるだけだ。加工済みの食品を組み合わせれば、それが料理だということになる。
 俺の家は南ヨーロッパの田舎で、時流に抵抗する気風が強い土地だった。それで農産物を全部、機構に供出して金に替えることはせず、手元に残してそれを食材に料理をしていた。
 士官学校に入ってからはずっと単調なベース飯で、うんざりしていたところだ。
 だから君が目の前で一から作ってくれた飯は、うまかった」
 ウェイがちょっと頬を染めて微笑む。
 横を7Dの士官が通りざま、声をかける。
「よう、フォワ その坊やたち、結局ものにしたのか」
「そうだ。こいつらに手を出したりしたら、痛い目に遭わせてやるぞ」
「ハハハ 7Dのガーディアンを起こらせるような馬鹿はいないよ」

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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

マリア・シュリーマン
ミッドアトランティック州ベースのシヴィリアンスタッフ。優しく繊細で、やや引っ込み思案。古い絵を見るのが好き。

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