友だち
文字数 3,048文字
約束の時間の少し前に向かうと、准尉は約束の場所にすでに来て待っていた。少しはにかんだ笑顔で手をふる彼のところに駆け寄る。
「そろそろ夕食の時間だから、とりあえずカフェテリアに行く?」
「僕の個室へおいでよ。何か作るから」
「え?」
スティーヴの不思議そうな顔に、准尉がちょっと照れた顔をする。
「その方が話もしやすいし」
気温の落ちてきた夕暮れの道を、居住区に向かって歩く。
「アジア系は名字が先に来る人たちと、名前が先に来る人たちがいるけど、君はどっち?」
「ウェイランが名前だよ」
「じゃあ ウェイって呼んでいいかな?」
「……うん」
ウェイが個室のドアを開ける。
「あれ 広いな。君、階級は僕と同じなのに」
「管理局でキッチン付きのユニットがあるか訊ねたら、余ってるって、ここを割り当てられたんだ。キッチンはスペースの無駄だから、妻帯者も含めて誰も欲しがらないんだって」
「リリアもそんなこと言ってたな。あ これ、君が描いたの?」
リビングの壁には何枚もの風景画が立てかけられていて、描きかけのものもある。
「素敵だ。これなんか、モネのパステル画みたいだね」
「君も絵を描くんだね?」
「うん パステルは子供の頃、母が手に入れてくれたセットを使ってた。でも最近は手に入らないんだ」
「アメリカでは画材を手に入れるのは難しいね。ほとんど生産もされてないみたいだし、そもそも誰も使わないとか、実用性のない贅沢品だって、みんな言うよね。
僕の画材は、
「へえ
「チャイナサウスの香港自治区」
「そう言えば、アジアの大きな都市は復興がかなり進んで、生活水準もずっと高いって、リリアが言ってたっけ」
小さなキッチンでウェイが手際よく夕食の準備をするのを見ながら、おしゃべりをする。
「君は画材はどうしてるの?」
「アンティークショップを回って探してる。油彩は古くなるとチューブの中で固まっちゃうからだめだけど、水彩絵の具は変質しないし、固くなっても水で溶かせばいいから、使えるのが見つかる。
ヨーロッパでは手作りの工房なんかが残ってるみたいだけど、それをとり寄せたりするのは、僕の給料じゃとても無理だ」
ウェイが同意するように笑う。
「君や僕は絵だけど、ジュピターは何百冊もの紙の本を集めてて個室に積んでるんだ。リリアも古書店で料理の本を手に入れてる」
「それは知り合いの人たち?」
「ジュピターは僕の上官で、リリアはその副官。2人とも仲間だよ。君はまわりの人間の感情を感じとるんだよね? それならリリアと同じタイプだと思う。
ジュピターは僕にとって兄貴みたいな存在だし、リリアはまるで姉さんみたいなんだ」
野菜を刻んでいたウェイの手が止まる。彼の中にじわりと感情があふれるのがわかる。
「大丈夫?」
「うん……仲間って呼べる人たちが実際にいるっていうことが まだ信じられなくて……でも 君はそんな身近に仲間がいて、心を許せる人たちがいる……それが羨ましいなって」
「君だって、もう独りじゃない。僕はもっと仲間を探したくてここに来たんだし、それで話したいことがたくさんあるんだ」
ウェイはうなずいた。
おいしそうな匂いの東洋風の炒め物とスープ、それに蒸した白いパンみたいなものがテーブルに並ぶ。
「口に合うかな」
お茶を注ぎながらウェイが訊く。
「すごくおいしい。でも残念だな」
「どうしたの?」
「君が女の子だったら、僕、君に結婚を申し込んだと思う」
「フフ それはおもしろい料理のほめ方だね」
ウェイは照れたように笑った。
「料理だけじゃないよ。僕は君のマインドパターンに一目惚れだ」
「君は 他の人間の心の形を見ることができるんだね? 僕の心をまるで絵みたいにとらえてた」
「うん ジュピターやナタリーみたいに精密じゃないけど」
食事を終えて、お茶を手にソファに座る。
境界州ベースにいる仲間のことについてあれこれと話し、それから自分の記憶をウェイに見せた。
スティーヴの記憶の一コマ一コマを、ウェイの心が、渇いた砂が水を吸い込むように吸収する。彼の心がゆっくりと満たされていく。
ウェイはソファにもたれ、静かに目を閉じていた。
やがて目を開けてスティーヴを見た。その表情には今までなかった明るさがあった。
それから自分たちの計画について話し、ウェイは言葉をはさまず黙って聞いていた。
スティーヴの話しが終わり、ウェイは少し考えてから言った。
「じゃあ 僕は そちらのースに転属するべきなんだね」
「できる?」
「うん 隊附勤務の区切りがつくのを待つことになるけど、大丈夫だと思う」
「僕はあと2週間で向こうに戻るけど、君が移って来るのが待ちきれないよ」
ウェイの目に涙が浮かぶ。
「どうしたの?」
「……自分が変種だって気づいてからずっと、自分が本当は誰なのかを隠して生きなければならなくて……友だちというのは、自分にはできないものだと思っていた。
「これからはずっと一緒だよ」
スティーヴに肩を抱かれ、ウェイが涙をぬぐう。
しばらくして思い出したように言った。
「君のベースに何人も仲間がいたのなら……このベースにも もしかしたら僕以外にも変種がいたのかな?」
「きっといると思う。
ジュピターとナタリーは、少し離れたところからでも他の人間の心をとらえて、仲間かどうか判別できるんだ。それでベースの人間を調べてるけど、今見つかってるのは5人だけ。だからとりあえず2万8千人の中で5人。
ここのベースは境界州より小さいけど、その割合からしても、もう2人か3人いてもよさそうだ」
「でも不思議だね。そんなにたくさんの人間の中で、君たちはお互いを見つけあったんだ」
「不思議って言えば不思議かな。でも僕、君を見た時に何となくそんな感じがした。僕の中のある部分と、君の中のある部分がどこかでつながってるみたいな。
君、そういう相手、誰か思い当たらない?」
ウェイはしばらく考えていた。
「第7ディヴィジョンの人なんだけど……」
「知りあい?」
「でもない。ただ困ってた時に助けてもらった」
「その人に会えるかな」
「顔は覚えてるんだけど……名前は知らないんだ。階級は中尉だった」
「7Dだと、前方勤務に出てる可能性もある?」
「今はベースにいると思う……その人が時々、僕のことを考えてるのを感じるから」
「君のことを考えてる?」
「……うん」
ウェイがちょっと悩むような顔をして、スティーヴはなんとなく察した。
「そうなんだ……でも当たってみたいな。作戦を考えよう」
それから二人は好きな画家の絵や詩人や小説のことを話し始め、夢中になって、気がついた時には夜中の1時を過ぎていた。
「そろそろ個室に戻らなくちゃいけないな」
「面倒なら泊まっていけば? ここは妻帯者用の個室だからベッドも大きいし、身の回り品も余分があるから」
電気を消して、ウェイの隣に転がる。
「でも結局、一晩中話をしてしまいそうだな」
「フフ そうだね」
「向こうのベースの僕の個室は、寝室に天窓があるんだ」
「ああ 素敵だね 夜空が見えるんだ」
「うん。でも朝はそこから光が入ってくるから、休みの日に寝坊したい時にも目が覚めちゃう」
ウェイが笑う。
そんなまるで子供のような会話をしながら、二人ともいつの間にか眠りに落ちた。
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