帰宅
文字数 2,890文字
研修指導の大佐からも「局への推薦状を書いてやるから、このままこっちに転属しろ」と言われた。
もともとニューイングランド州は第1希望の行き先だった。それを士官学校の指導教官に無理だと言われ、希望を境界州に変えた。そしてそれは最高に幸運な偶然だった。
それでもフォワ中尉も、アンディも、そして分析型テレパスだと判明した技術局のエリンも、転属の希望が通ればすぐに後を追ってこれる。境界州ベースではつねに補充人員を求めているから。
しかし士官候補生として隊付勤務中のウェイは、勤務の区切りを待たなければいけない。ウェイを置いていくのは寂しくもあり、少し心配でもあったが、フォワ中尉が「彼が移動できるまで自分もこちらで待つから心配するな」と言ってくれた。
ベース間を行き来する乗り合いの輸送機が、夕暮れの境界州に降り着く。
乗り合わせたスタッフや兵士らに交じって輸送機を降りる。
馴染み深い、優しい視線を感じて目をやると、建物の方から早足でリリアが歩いてくる。
「お帰りなさい」
彼女の顔を見たとたん、うれしさとほっとした気持ちがこみあげてきた。向こうにいる間は感じないようにしていたけれど、本当はどれほど会いたかったか。
それを感じとった彼女に、きゅっと抱きしめられる。温かな感情が自分を包み込む。
家族のような、そしてある意味では家族以上の存在たちのもとに戻ってきた。
ニューイングランドにいた時だって、1人だったわけじゃない。でもここは特別なんだ。
並んで歩きながらリリアが話しかける。
「研修の報告は明日でいいから、今日はご飯を食べに来て。ジュピターも待ってるわ」
「リリアの手料理、久しぶりだ」
「向こうでも、おいしいもの食べてたんでしょ?」
「うん ウェイがアジア風の料理をいろいろ作ってくれた。
豆を甘く煮てパン生地に包んで蒸したのとか、おいしかったな。本当はアズキっていう豆で作るけど、手に入らないから
「アズキ豆? 日本のお菓子でそれを使っていたって聞いたことがあるわ」
「そうか リリアは日系だったよね」
「ええ でもアメリカ生まれの3世だから。言葉も教わらなかったし、日本の文化にも触れたことないのよ。でも食べ物のレシピを探してみようかしら」
「ウェイはアジア料理全般に興味があるって言ってたから、日本の料理も少し知ってるかもしれない。
彼が来たら、タイガーも喜ぶだろうな。『ベースのアメリカ飯には飽きた』っていつも言ってるから。今は前方に出てる?」
「ええ 来月のはじめには戻って来るはずよ」
久しぶりにリリアの個室で夕食をとりながら、離れていた間の時間を埋めるように互いのことを訊ねあう。
ジュピターは少佐に昇進していた。それは驚きではなかったけれど、ただ1Dのような「エリートの集まる」局に転属せず、
「その方が、仲間たちの数が増えた時に便利だろう」とだけジュピターは言った。
佐官に昇進すると、住居も
「せっかくスティーヴの友だちがちゃんとした書架を作ってくれるんだから、先に広い個室に引っ越しておいた方がいいって言ったのよ」
リビングのソファに移ってデザートを食べる。熱々のアップルパイにアイスクリームを乗せたものは、子供の頃からスティーヴの好物だ。
おいしそうに頬張るスティーヴをにこにこしながら見ていたリリアが、何かに気づいてドアを開けに行く。
「ナタリー 夕食に来てくれてもよかったのに。アップルパイはどう?」
「コーヒーだけもらうわ。坊やの話を聞きに来ただけだから」
ナタリーはスティーヴの隣に腰を下ろした。
「私とジュピターがこっちのベースで探索を続けて、今のところ結果はゼロっていうのは聞いてるわね? あなたの方は4人?」
「うん とりあえず見つかったのは」
「握手しないと変種かどうかの見分けがつかないあなたが、どうやってそれだけの人数を見つけたの?」
「勘かな……毎日ウェイとカフェテリアに座って、ずっと人を見てた」
「ウェイというのは共感型の子ね?」
「うん ウェイは直感が鋭いんで、それもすごく助けになった」
スティーヴは気になっていたナタリーとジュピターの能力の発達具合について訊ねた。
ナタリーが仲間だとわかったばかりの時点では、分析的な能力はナタリーの方がジュピターよりもずっと優れていた。でもナタリーに教わりながらジュピターはすぐに彼女に追いつき、それからは互いに競走するように能力を伸ばしていた。
スティーヴが研修に出る頃には2人とも、同じ室内なら、相手の体に触れずに心のパターンを把握できるようになっていた。
スティーヴはこちらに戻ったら、自分の分析的な能力をもっと伸ばしたいと思っていた。
翌月、アンディとエリンが無事に転属してきた。
さっそくスティーヴはアンディと一緒にジュピターを訪ねる。
「少佐かー そんな上の人の個室を訪ねるなんて、ちょっと緊張するね」
「大丈夫だよ ジュピターは愛想はないけど、それは誰に対してもだから。相手を喜ばせるために心にないことを言ったりもしない。そのジュピターが、アンディの作品を見て本気で気に入ったんだから」
ジュピターの個室の近くまで来ると、ドアが開いてリリアが顔を出した。
「どうもー 家具屋が参りました」
アンディのとぼけた口調にリリアが笑う。
家具のほとんどない、がらんとしたリビングをアンディは見回し、壁の幅や天井の高さを採寸した。ジュピターの好みを訊ね、積まれた本の数を目分量で数えて、それから書架のスケッチを描く。
必要な資材のリストを作ってリリアに渡し、それが届くと、ご機嫌で作業にとりかかった。パーツを切り出し、削り、磨き上げてニスを塗り、組み立てるだけにしてジュピターの個室に運び込む。
組み立て作業が終わり、パインの白木にニスを塗っただけの美しい書架がリビングの壁一面を占めた。数百冊の蔵書をすべて収めて、まだかなり余裕がある。
その書架をしばらく眺めていたジュピターが言った。
「これは見事な仕事だ」
その短い言葉の後ろにある感謝の気持ちを、共感型のアンディは気づいたはずだ。うれしさと照れで頬を染めながら言った。
「アフターケアも万全です。また昇進して大きな個室に移る時は、解体して移動させるんで任せてください」
そして「謝礼を払いたい」というジュピターの申し出を頑として断った。
リリアの部屋でお茶に招かれ、イチゴのジャムをなめながら紅茶を飲み、蜂蜜のケーキを頬張りながら、アンディがしみじみ言った。
「いいねえ 安心して一緒にいられる人たちがいるって……自分が大切だと思っていることを、その気持ちをわかってくれる人たちがいるって」
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