守りは固まる

文字数 2,202文字

 オフィスのドアを開けると、士官候補生の若者が少し緊張した面持ちで立っていた。リリアは彼を招き入れ、ジュピターのデスクの前の椅子に座らせた。丁寧で慎重な身のこなしから、几帳面な性格なのがわかる。
 外のベースで仲間を探索する作業はナタリーとウェイによって続けられており、それにマリッサと分析型2人のチームも別行動で加わっていた。
 アーネスト・シェイファー准尉はミッドアトランティック州付属の士官学校生だったが、ナタリーとウェイに見つけられて、卒業前に境界州を訪ねてきたのだ。少し変わった分析型だとナタリーは言っていた。

 ここに集まっている変異種の仲間で一番数が多いのは共感型のテレパスで、それに比べると分析型のテレパスとテレキネティックは数が少ない。
 スティーヴのようなテレキネティックとテレパスの能力を合わせ持ったハイブリッド型も、彼以外には見つかっていなかった。
 テレキネティックは心の力で物体に影響を及ぼすことができるが、ほとんどが離れた所から物体を動かしたり壊したりする動的なタイプだった。細かな作業に特化するタイプは少なく、生体に影響を及ぼすヒーラーのタイプはさらに少なかった。
 他のベースから新しい仲間が着くと、まずリリアかマリッサが顔を合わせ、仲間たちのことや変異種の能力について基本的なを説明する。その後にジュピターの分析を受けるかどうかは本人の選択で、強制ではない。
 ほとんどの仲間は進んで自分の能力について知りたがったが、マリアのようにとくにそれを望まない者もいて、その選択は尊重された。
 分析型テレパスは他人の思考を読めるが、届くことのできる範囲は共感型に比べてずっと狭い。距離の短い者なら同じ部屋の中ぐらい。ジュピターやナタリーのレベルでも、中央オフィスの建物のフロアをカバーする程度だ。
 しかしジュピターはリリアのフィールドを通すことで、それよりはるかに離れた相手を捉えることができた。
 それが可能なのは、ジュピターとリリアの間に安定した信頼関係があるからだとナタリーが指摘し、その原理がテレパスによる防護ネットワークに応用された。
 数の多い共感型たちは、ベース中のいろいろな職場に散らばっていた。そしてお互いの心をフィールドでつなぐことで、おおまかにではあるが、ベースの中央オフィス郡全体をその知覚のネットワークで覆えるようになっていた。
 この先、仲間の数が増えればネットワークはもっと密になっていくだろう。
 同時に分析型たちをそれぞれ相性のいい共感型のグループにわりふって、時間をかけて信頼関係を育てる。そして分析型たちが知的にも感情的にも、自然にそのグループの一員になった時点でネットワークの基本構造が完成した。
 いったん共感型の小グループに統合された分析型は、そのグループのフィールドを通して他のグループにもつながることができ、必要なら複数のグループフィールドを介してベースの主要なエリアに手を伸ばすことができた。
 そして統合の済んだ分析型たちにナタリーは、普通の人間の心に「印象操作」をする方法を教えた。
 その効果は催眠術にも似ているが、仕組みに決定的な違いがある。催眠術では心に暗示を与える前に「表層意識を眠らせる」ステップが必要だが、訓練された分析型はそれを飛ばして直接、心の深層に働きかけることができた。
 こうして共感型が形成するテレパシーの探知の網に、印象操作能力のある分析型が統合されて、防護ネットワークの機能が完成した。
 まわりの誰かが仲間に対して「何か変だ」と感じた時、その疑いの感情は、対象になった本人でなければ、本人と感情移入関係にある親しい共感型によってキャッチされる。
 この情報は「注意の必要な兆候」として共有され、そして対応を請け負った分析型が、疑っている者の心を読んで状況を分析する。
 必要と判断されれば、リリアを通してジュピターに報告を上げた上で、印象操作でその疑念を散らして忘れさせるというステップが確立された。
 頻繁ではなかったが時々、実際に対応の必要な事案が発生し、そして対処はうまくいった。印象操作だけで処理できるようなあいまいな疑念は数十件。仲間の不注意から相手に疑いを抱かせてしまい、記憶の消去が必要になった例はこれまで2件だけだった。
 この一連の経験を通して、仲間の間には「自分たちの力でお互いを守ることができる」という実感が生まれた。「本当に、もうびくびくしなくていいんだ。自分たちは仲間と一緒に、このベースに住み続けることができる」。

 ジュピターが目の前の准尉の能力を分析し終わり、「なるほど」とつぶやいてデスクを軽く指でたたいた。
 その様子に准尉が少し身を固くする。
 リリアは立ち上がるとキャモミールのお茶を入れた。気持ちを落ち着かせる香りのお茶をそっと手渡し、ささやいた。
「大丈夫 アキレウス中佐はあなたの才能をすごく興味深く思ってるの。ずいぶん高く評価してるのよ」
「——これはいい。虎のやつを呼んでくれ」
 それほど待たずにタイガーがやってきた。
 オフィスに入ってきた大柄な7Dの大佐の姿に、准尉は慌てて立ち上がり敬礼をした。
「俺を官僚の巣に呼びつけるからには、よほど面白いことがあるんだろうな。
 なんだ こいつは新入りか」
「ああ この間、お前が何とかならないかと頭をひねっていた案件があったな。その答えがやって来たぞ」



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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

アンドレイ・ニコルスキー

ニューイングランド州ベースの管制官。人好きで寂しがり。趣味は木工で、隙があれば家具が作りたい。

エリン・ユトレヒト

ニューイングランド州ベース技術局のシヴィリアン・スタッフ。機織りやその他、多彩な趣味があって、人間関係より趣味が大事。

マリア・シュリーマン

ノースアトランティック州のシヴィリアン・スタッフ。優しく繊細で、少し引っ込み思案。

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