茶会
文字数 2,828文字
まわりの注意を引かないようにグループのサイズを小さく保ち、顔ぶれを変えて集まりながら、全員が互いに親しく知り合えるようにしていた。
同じ部屋にいる全員がテレパスで、それも他人の感情を感じとる特殊な性質を共有している。相手の感情を感じてしまうというのがどういう経験なのかを知っている仲間ばかりで、そのことを隠す必要もない。
会話では、これまで他の人間には話したことのないことにも自然に触れることができた。時には昔の思い出を誰かが話し始め、みんなはそれに耳を傾けながら、波のように伝わる感情を共有して笑ったり、涙をぬぐったりした。
仲間から深い共感をもって耳を傾けてもらうことで、悲しかった経験はその意味を変え、楽しかったことはさらに幸せなものとして記憶に刻み直された。
そうやって一緒に過ごす時間を通して、互いとの関係がしっかりとした絆へと編まれていく。
こういう形で集まることには、さらにそれ自体の大切な目的もあった。
複数の仲間が互いを感情の絆[リンク]で結んでいくことで、網[ネット]が形成される。ベースにいるすべての仲間を共感型の感情移入の
ただその媒体が「感情」であるために、そのつながりは急いで人工的に形成することはできず、経験を通して有機的に編んでいかれなければならなかった。
そしてシステムのもう一つの重要な構成要素は、共感型と分析型テレパスの協力関係だ。
共感型たちは、共感の網で互いにつながり合うことに加え、複数のテレパスがコミュニケーションをするための
このフィールドに、必要に応じて分析型がスムーズにつながれることが、システムの機能には欠かせない。
しかし分析型たちはそれを単なる技術的な問題だと考えていたので、フィールド上で二つのタイプが一緒に働くためには、互いに個人的に知りあう必要があるという共感型の視点にぴんときていなかった。
そのためシステムの機能の整備が一定のところから先に進んでいなかった。
仕事が一区切りついたところでリリアはお茶を入れ、ジュピターの机の上に置いた。
「
「うん?」
「土台になる共感型たちのネットワークはほぼできあがっているけれど、分析型とのインターフェイスが十分に進んでないの。なんだか水と油みたいに混じらないのよ」
「テレパス同士の協力には人間関係の形成が必要だが、この二つのタイプは人間関係の距離感がまったく異なる。
分析型からすれば十分近いと考えられる距離が、共感型にとっては石を投げても届かない距離に感じられるといったところだな。
共感型の方はそれを意識しているだろうが、そのせいでかえって分析型個人の心的スペースに踏み込むようなまねができないでいるんだろう。
だがそのままでは分析型の方から距離を縮めることはない。
共感型たちに対して、分析型に積極的に働きかけていいという許可を与えてやるんだな。
……何がおかしい?」
「この二つのタイプの関係って、やっぱりそんな感じになるのね?」
「多少、個々のヴァリエーションはあるだろうが、基本的なパターンはそういうことだ」
ジュピターがまじめな顔で言う。
「わかったわ」
リリアからの相談にマリッサは耳を傾けた。
マリッサは共感型の中ではウェイと並び、リリアに次いで能力が強い。コミュニケーションのこまやかさではウェイにかなわないが、大方のテレパスより押しが強く、それを見込んだリリアから時々相談がある。
多人数をつなぐテレパシーのフィールドを形成することもでき、時々リリアの代わりに仲間への連絡役を務めることもあった。
2人は共感型全員のミーティングを開くことにした。40人の仲間がひとところに集まるのは人目を引き過ぎるので、フィールドを作り、それに全員がつながって話しをする。
リリアがフィールドを通してジュピターの言葉を伝えると、あちこちからクスクスという笑いとともに、うなずきが広がった。
<やっていいんですね>
<遠慮して距離をとらなくてもいいんだ>
<なんたってアキレウス中佐が言うんだから>
リリアが笑いながら応える。
<そうね 最高レベルの分析型からの許可よ>
リリアの言葉からは彼女の中佐に対する思いがエコーして、優しく甘い手触りがフィールドに伝わる。
(まったく可愛らしい2人だこと)
一瞬感じたことを横に置いて、マリッサはフィールドに声を広げた。
<さあて それじゃあ網の残りを編んでしまおうかね 気難しい坊やたちも含めて、1人も取りこぼさないように!>
レイニア・ニーホフは仕事を終え、カフェテリアでシンプルな夕食をとって個室に戻り、いつもそうするように机の上に資料を広げて眺めていた。
長い間かかって集めた、古びた図面のコピーや色のあせた写真や雑誌のページ。
十分に資料が集まったら、設計図を描くんだ。
ふと、ドアをノックする音がした。
こんな時間に誰だろう。
少し面倒くさく思いながら立ち上がり、インターフォンで確かめると、同じ技術局にいる仲間のアルフレッド・ロランだった。
アルフはテレキネティックだ。しかし7Dに集まっている仲間とは違って重いものは動かせず、能力は細かな作業に特化している。「大佐からは軽量級だなと笑われたが、おかげで7Dへのリクルートは免れた」と笑っていた。
「よう」
アルフは招かれる前に部屋に足を踏み入れるとドアを閉め、ポケットから1枚のカードをとり出した。
「なんだい それ」
「お茶会の招待状」
「は?」
「お前、人づきあい悪いからな。共感型の女の子たちからの呼び出しだ」
「ええ? そんなこと言ったって……俺、忙しいんだよ。いろいろやることがあるし。
だいたいお茶会なんて……いや 古い習慣を復活させるのはいいと思うけどさ……でも 仲間だからって別にべたべたする必要はないだろう?
共感型は、こっちの気持ちをいちいち感じて反応するから、そばにいると気を使うしさ」
「お前、自分は他人の考えを読むくせに、よくそういうこと言うな。
「それは理解しないではないけど……」
「感情移入を通して編む網だからな 多少、個人的に親しくなるのは避けられないだろうな。
招待を無視したら迎えに来るって言ってたぞ」
「まいったな……」
レイニアは頭をかきながら渡されたカードを見た。
シルクハットをかぶったウサギがポットからお茶を注ぐ、可愛らしい絵が手書きされていた。
「あー こういうの苦手だ」
レイニアの反応にアルフは笑いながら「じゃあ次の土曜日な」と言って出ていった。
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