木工をする管制官
文字数 3,163文字
今日はこれまで来たことのなかった、ベースの空港施設に近い小さ目のカフェテリアだ。サンドイッチとサラダのランチに、ウェイはミネストローネ・スープをつけ、スティーヴはデザートにペカンナッツのパイを選んだ。
「ウェイはパイとか食べないの?」
「甘いものは嫌いじゃないだけど、アメリカ風のパイやケーキは、すごく甘い上に大きくて食べ切れないから……」
そう答えながら、ウェイが何かに気づいたように目線を動かす。
「ね あそこの隅に座ってる技術官」
「うん 僕らと同じくらいの歳だね」
ライトブルーの制服を着た若者は、テーブルに置いた携帯を見ながら1人で食事をとっている。
ふと何かを感じたように顔を上げ、左右を見た。
<僕らの視線に反応してる?>
<そうだね。仲間なら共感型で、ただ反応距離がまだ短いんじゃないかな>
2人は「新しい仲間」への期待と興味を強めながら、後ろから近づいた。5メートルほどのところで技術官の肩がちょっと緊張する。見られているのにはっきり気づいた。
テーブルに歩き寄り、声をかける。
「この席、空いてる?」
気のよさそうな若い技術官が2人を見る。
「あー はい」
「僕はスティーヴ・レイヴン准尉。ここへは研修で来てるんだ。こっちは友だちのリウ・ウェイラン准尉。
君も僕らと同じくらいの歳かなと思って」
言いながら握手の手を差し出す。
「どうも 管制官のアンドレイ・ニコルスキー」
返された握手から、スティーヴは彼の心に変種の鮮やかで緻密な手触りを感じとった。そして穏やかで温かい。人間好きで、ちょっと寂しがり……この感じは共感型だ。
「ちょっと思ったんだけど、君、何か変わった趣味を持ってない?」
「え 何でそんなこと」
「同類の勘かな。僕らも変わった趣味があるから」
「へえ どんな?」
「僕とウェイは、筆や絵の具を使って昔のやり方で絵を描くんだ。だから古い画材を集めてる」
アンドレイの表情が明るくなる。
「へー 僕は木工だよ。木を使ってものを作るのが好きなんだ。
でも『時代遅れ』とか『時間や労力の無駄』とか言われて、おかしなやつ扱いされるから、まわりには話さないんだけど。
道具や材料を集めるの、大変だろう?」
「うん。休みの日にアンティークショップ回りだよね」
「そうなんだよ。あと手に入らないものは自作したりさ」
「木工って、木材はどうしてるの?」
「ベースの環境整備で切られて廃棄される木をもらってきたり。それからこれ内緒だけど、たまに技術局の知り合いに道具や材料を融通してもらったり」
「へー 技術局か それ考えたことなかったな。僕も自分のベースに戻ったら、つてを探してみよう」
スティーヴとウェイが彼に好意を抱いていて、本物の興味をもって話を聞いているのを感じとっている。それで他の人間には話さないようなことを、思わず打ち明けている。
「どんなものを作ってるの? 見たいな」
「そんな大したもんじゃないけど」
しきりに謙遜するアンドレイを説き伏せて、その日の夕方に作品を見せてもらう約束をとりつけた。
足を踏み入れると、もともと広くはない下級技術官の個室が、木製の小さな棚やテーブルに椅子、木彫りの動物や削りかけの木などで一杯になっていた。有機溶剤っぽい匂いはニスだろう。
「本当はもっと家具を作りたいんだけど、置く場所なくなっちゃったから。狭いんだよな、僕みたいな下っぱの個室って」
「このテーブル……」
ウェイが白木の肌をなでる。
「木目の出方がとても素敵だね。手触りが滑らかなのも、すごく時間をかけて磨いてるよね」
「わかるかい?」
アンドレイが顔をほころばせる。お世辞ではなく本当に素敵だとウェイが思っているのを感じて、感激している。
(うれしいなあ 僕にとって大切なものを、本気でいいって思ってくれてる。もう長いこと友だちもいないけど……この2人なら もしかしたら……)
そこまで考えかけ、彼の心の中に不安がこみ上げる。
(でも 友だちになったりして……親しくなったら、僕が普通じゃないってことがわかってしまうんじゃないかな……やっぱり ちょっと距離を置かないといけないんじゃないかな)
人好きなのに、ずっと人間関係を遠ざけてきた彼の心の葛藤を感じて、スティーヴは胸がぎゅっとつかまれた。
「君が普通じゃないって、どういうこと?」
アンドレイがはっとし、表情が固まる。
(え……どうして? もしかして何か言っちゃだめなこと、口にした? あー まずいまずい 自分が変種だってことがばれたりしたら……どうしよう もう疑われてるかな ここまで何とかやってきたのに——)
状況をつかみ切れないまま、内面の不安が高まって揺れる。
スティーヴは我慢できずにアンドレイをつかまえてハグし、友だち同士がやるように背中を叩いた。
「ごめん 大丈夫だよ 僕らも普通じゃないんだ。仲間だよ」
「え——?」
呆然としたアンドレイがスティーヴの顔を見つめ、それから微笑むウェイの顔を見る。何かを言おうと口を開きかけ、言葉が見つからないようにまた口を閉じる。
スティーヴは今度はテレパシーで繰り返した。
<仲間だよ 君と同じ変種なんだ>
ポケットからビー玉をとりだして宙に投げる。
踊るように宙を駆けるビー玉をしばらく黙って見ていたアンドレイの目が、うるみ始める。
両手で顔を押さえた彼の肩を、ウェイが優しく抱いた。
「……何度も 夢で見たんだ……いつか仲間がやって来て、自分に話しかけるって……でも まさか そんなこと……」
「きっと君の心はどこかで知ってたんだよ 独りじゃないって」
同い年の3人はすぐに親しい友だちになった。
ウェイの個室で夕食をとりながら話をする。
仲間かもしれない人間を思いつくかと訊ねられて、アンディは、技術局のエリン・ユトレヒトっていう女の子がいると言った。
「人間にはあんまり興味がなさそうなんだけど、不思議な趣味をいっぱい持ってるんだ。僕が時々、道具や資材の調達を頼むのも彼女なんだ」
「どんな趣味?」
「植物から糸を紡いで、自作の織り機で布を織ったりとか。ベースの技術局に勤めることにしたのも、外では手に入りにくい資材や道具が手に入れられるからだって言ってた」
「それは脈があるかも。とりあえず会って確認してみたいな。
そう言えば アンディ 君が作った家具の写真をジュピターに送ったんだけど、本棚が欲しいって」
「え」
「彼は仕事以外のことにはまったく無頓着で、本を集める以外、物を欲しがるってこともないんだ。何百冊も集めた紙の本も、リビングの床に積んでるんだよ。
リリアが『一時的にでも備品の棚を入れれば』って言っても興味を示さなくて。
でも君の家具の写真を見て『この作り手が作った本棚が欲しい、どんな対価でも払う』って」
「作るよ! そんなに僕の作品を欲しいって言ってくれるなら、対価なんていらないから作りたい」
ポケットから手製のメモ帳を取りだし、計画を立て始める。
「できればまず実際の個室を見せてもらって、壁の幅や天井の高さを採寸したいな。おっとその前に、境界州に移ってから木材を調達する方法を考えなくちゃ」
「リリアが材料は手配できるって。
うちのベースは結構、内装に木材を多用しているから、ストックはあるんじゃないかな」
「うわー 木材使い放題?」
アンディは楽しそうに歌を口ずさみながら、本棚のアイディアをスケッチし始める。ウェイが微笑みながら、お茶を入れてくれる。
こんなふうに仲間が、そして友だちが増えていくなら最高だと、スティーヴは思った。
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