分析型
文字数 2,883文字
彼女を個室に送ってから自分の部屋に戻り、ダンスの間に観察した「心のパターン」について詳細に書き出した。
翌日、ジュピターはリリアの個室に向かった。来たばかりらしいスティーヴが、ダイニングテーブルの上に置いた紙箱を開ける。
「ドーナッツ、食べる? カフェテリアの」
「そんなものをわざわざ持ち出してくるのか」
「カフェテリアのおばちゃんたちが、ニューイヤー・バージョンのクリームドーナッツだから持ってきなって」
リリアがピンクの丸いドーナツのをとり上げる。
「これはぶたかしら でも可愛いすぎて、食べるのちょっと気が引けるわね。
ジュピターはミントのお茶ね。スティーヴはカフェオレでいい?」
「うん ありがとう」
リリアは二人に飲み物を渡すと、自分もハーブティーを手に、テーブルをはさんでジュピターの向かいに座った。
それからダンスの相手をした女性たちの性格や行動の特徴について、わかる範囲でまとめたことをメモを見ながら説明する。
それをジュピターは、自分がまとめた女性たちの心についての印象や解釈と照合し、時々メモを書き加えながら、リリアのデータとの相関をチェックしたした。
そのメモを2人に示して説明する。
「女性たちの心の形を見ることで、彼女たちの性格と行動の個性を把握できたということのようだ」
「すごい」
スティーヴが目を輝かせる。
「少し手をかしてくれるか?」
さし出されたスティーヴの手を握り、見えるパターンを読みとり記述していく。しばらく考え、リリアにも頼む。
「比較のために、君の手を」
2人のパターンを確認し、昨夜の女性たちのパターンと比べてみる。
「ふむ……」
「どうしたの?」
「パターンに明らかな違いがあるように思う 変種と普通の人間の間で」
「え」
「しかし標本数が少なすぎるな。もう少し比較の材料が欲しいところだ」
「でもジュピター、すごいよ。考えを読んだり感情を感じとるんじゃなしに、人間の心の形を丸ごとパターン化して分析できるなんて」
「私は 自分は単に能力の劣ったテレパスなんだと思っていたが」
「種類が違うんだね。リリアの能力が、感じたりつなぐことに特化しているとすれば、ジュピターのはパターン把握と分析に特化してるみたいだ」
スティーヴの手を握りながら考え込んでいたところへ、虎が入って来た。
「お前ら前から怪しいとは思ってたが、やっぱりそういう関係か」
「誤解するな。新しく見つけた能力を試しているところだ。手を握っていると、心の形を把握しやすいんだ」
「そんな繕いごとを俺が信じると思うか?」
「貴様なあ——」
「冗談だよ 一々むきになるな。リリアから聞いてる。俺にも実験台になれっていうんだろう」
虎がどさりとソファに座る。
「構わんぞ。ただし変な気さえ起こさないでくれりゃな」
「貴様、一度痛い目を見せてやる必要があるな」
「やれるもんならやってみろ。スパーリングでお前が俺に勝ったことは、ただの一度もない」
二人のやりとりを、スティーヴがくすくす笑いながら聞いている。
ジュピターは溜息をつき、それから虎の横に座り、彼の手の甲に自分の手を重ねた。
意識を集中しているジュピターに、しばらくして虎が声をかけた。
「どうだ?」
「ちょっとテレキネシスを使ってみてくれ」
虎がもう一方の手を前に指し出すと、テーブルの果物かごのリンゴが浮き上がり、その手におさまった。
「もう1度」
言われて、スティーヴとテレキネシスでリンゴのキャッチボールを始める。
ジュピターは手を離し、そしてもう一度スティーヴの手をとって情報の照合を行う。
「まだ要素のマッピングはまばらだが——何しろ標本の絶対数が少な過ぎるからな――だが、少なくとも変異種とそうでない人間の区別はつく」
「ほお 何が違うんだ、俺たちと並みのやつらと?」
「変種の方がパターンが——何というか、遥かに鮮やかで緻密なんだ——お前みたいなやつでもな」
「ということは相手の体に触れられれば、仲間かどうか確かめられるってことか? 昨夜踊ってた女どもの中にはいなかったのか?」
「一人、そうだと思うのがいる。医務局のドクター・キャライスだ」
「あのとびきりの美人か? お前が彼女と踊ってる間、まわりのやつら『まるでアニメに出てくる美女と美男子のカップル』とか騒いでたぞ」
「黙れ」
「彼女がそうだというのは確かなのか?」
「パターンの特徴を比較分析した限りでは、間違いないとは思う。
だがさっきも言ったが、標本の絶対数が少な過ぎるからな。ここにいる4人のパターンがたまたま特殊で、彼女もその特殊な例外だという可能性も、完全に否定はできない。
彼女も自分が変種だなどと意識に出してもいないし。
こちらが彼女の心を調べ始めた時、リリアと同じ共感的なテレパスならすぐに反応したと思うが、それはなかった」
「また、とりあえずは様子を見るしかないわけだな」
「ああ テレパシーで話しかけて、その後で『違ってた』じゃ済まんからな」
会話を聞きながらスティーヴが黙っている。
「おい 何を考えてる? ガキが大人しい時はだいたい何か悪さを企んでる時だ」
「うん やっぱり父さんが言ってたみたいに、仲間は科学局が公に出している数字より多くいる。
少なくとも、ほぼすべての変種が子供のうちに中央科学局に収容されているっていうのは、事実じゃない。発現が遅れて心理検査を逃れることのできた仲間が、あちこちにこっそり隠れてるんだ。
もしかしたらベースは、隠れてる仲間の数が多いのかもしれない。ただ、お互いに気づないでいるんじゃないかな。
その仲間を集めたい」
「集める——?」
「うん。こここでもこれだけ仲間が見つかったから、他のベースにもきっといると思うんだ。
とりあえずベースとベースの間の移動は、転属申込みをして、空きがあれば可能でしょ? ここは慢性的にスタッフ不足だから、希望者は実質的に誰でも転属して来れる。
だから他のベースで仲間を見つけたら、ここに来るように言えばいい。
僕、もうじき
タイガーもジュピターも、ここで出世確実のエリートだし。将来、二人が参謀部に入って、ここに仲間が増えたら、いろんなことができるようになると思うんだ。
このベースの管轄地域だけでも、仲間が捕まえられて科学局送りになるのを防げるようになるかもしれないし——」
「こいつ、無邪気な顔して遠大なことを企みやがるな」
虎がからかっているのか感心しているのかわからないような調子で言った。
「しかしどうやって相手が仲間かどうか見つけるんだ。ジュピターみたいな能力があれば、とりあえず握手でもすればいいんだろうが、何万人を相手にそんなことはやってられないぞ」
「んー まだわからないけど でも、きっと何とかなると思う」
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