文字数 1,457文字

 作戦が細部まで詰められた後、ジュピターはリリアに指示して仲間たちに状況を伝えさせた。現場に同行するテレパスと後方支援に当たるテレパスたちに、それぞれ細かな指示が与えられる。
 テレパスたちへの指示を聞いていたタイガーは「本当にそんなことができるのかよ」と眉を上げ、ジュピターは「当たり前だ」という表情でうなずいた。
 オフィスに集まっていた顔ぶれは、いったん、それぞれの仕事場に向かうために出ていった。まわりの目には、何も変わったことはないように繕わなければならない。
 スティーヴはずっと黙り込んでいた。
 リリアは彼を1人にしておくことはできないと感じ、仕事を休ませ、ウェイに頼んでそばについていてもらうことにした。
 ナタリーはスティーヴをちらりを横目で見、それから出ていった。


 警備局(セキュリティ)は、従来の警察とは別に、後に統治機構によって組織された。その役割は機構の管理下での秩序の維持で、ベースの内部と民間地区の両方を管轄する。
 ベース内では、憲兵ないし軍警察(ミリタリー・ポリス)の役割を果たす。
 と言っても、ベース内の秩序と規律はもともと外の一般社会よりもずっと高い。ベース内の生活水準は民間とは比べられないほど高く、その生活を手放すようなリスクは誰も冒したがらなかったというのもある。
 ベース内で警備局が対処しなければならない問題の大半は、酔った陸軍(7D)の兵士たちが起こす風紀違反や喧嘩沙汰の類いだった。
 ベースの外の民間地区では、警備局は警察(シティ・ポリス)が対応し切れない特殊な案件を扱う。これには市街地で稀に起きる騒乱の鎮圧や、変異種の「保護」と移送が含まれていた。
 機構の管理下で学校に通うすべての子供たちは12歳で心理検査を受け、変異種と判定されれば、警備局の付き添いで「保護施設」に送られる。それ以外の状況で発見された変異種の保護にも警備局が当たる。
 警備局はその任務の遂行に、一般警察よりもはるかに大きな権限と現場での裁量権が与えられていた。そのため、何も恐れる必要のないはずの善良な市民たちも、その存在に何とはない不安を抱いていた。
 時おり流れてくる警備局についての噂にも、それは表れていたかもしれない。「発見された変異種が拘束に抵抗し、武装した警備局員によって射殺された」といったことが、人々の間でささやかれた。
 もちろん機構はそんな事件の発生を全面的に否定したし、実際にそんな事例があったとしても、外部の人間にそれを確かめる術はない。
 警備局はベースの中でも機構の中央に直接的につながる組織系統で、唯一それに監督権と命令権を持つのは各ベースの司令官だけだった。

 リリアにとっても警備局は、つねに影のようにそこにあって、言葉にしがたい不安をかき立てる存在だった。それから目をそらしたい衝動と、しかしその動向には注意しなければという思いが、意識の深いところでぶつかっていた。
 だが今はもう目を背けることはできない……。
(でも私たちには、こんな大きな力を持った組織に向かい合う準備ができているのだろうか……)
 抑えようとしても不安は湧き出てくる。
 いつかは彼らと関わらなければならなかったにしても、せめてもう少し時間があれば……もっと仲間が増えて、ベースの中にも足場を広げて、仲間を守る力を蓄えることができていれば……。
 でも今はそんなことは言ってはいられない。
 自分はジュピターとタイガーを信じている。2人と、そして仲間たちが、きっと何とかしてくれる——マリアをとり戻してくれる——

(だから気持ちを落ち着けて もう少し待って スティーヴ……)

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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

アンドレイ・ニコルスキー

ニューイングランド州ベースの管制官。人好きで寂しがり。趣味は木工で、隙があれば家具が作りたい。

エリン・ユトレヒト

ニューイングランド州ベース技術局のシヴィリアン・スタッフ。機織りやその他、多彩な趣味があって、人間関係より趣味が大事。

マリア・シュリーマン

ノースアトランティック州のシヴィリアン・スタッフ。優しく繊細で、少し引っ込み思案。

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