うわさ

文字数 2,045文字

 ワン・タイフ中尉は中央ビルの一つで用事を済ませた。昼食時間を過ぎていたので、そのままビルの中のカフェテリアに立ち寄った。
 ワンが所属する第7ディヴィジョン陸軍では、中央ビル群は「官僚どもの巣窟」と呼ばれている。軍士官でもそこに足を踏み入れることはめったになく、あるとすれば個人的な手続きで管理局に出向く時ぐらいだ。
 アメリカ境界州は南部の反乱軍鎮圧の最前線にあり、軍士官は1年の半分が前方勤務になる。それ以外はベースで訓練や演習に当たり、食事はおもに第7デヴィジョンの士官や兵士が使うカフェテリアでとる。しかしそこで毎日出される代わりばえのないアメリカ飯に、ワンは少々飽きていた。
 それで中央ビルのカフェテリアをのぞいたのだが、ここもあまりうまそうなものはない。料理の種類は多いが、ここも基本はアメリカ飯だ。官僚の健康管理のためなのか、大豆で作った代替肉(ソイミート)まで並んでいる。
 ソイミートのハンバーガーなど、第7ディヴィジョンの兵士に出したら反乱が起きるだろう。厳しい前方勤務からベースに戻った兵士が真っ先に望むのは、肉のたっぷり入った温かい食事だ。
 大戦が終結してからもう四半世紀が過ぎようというのに、北アメリカの食糧事情は大きくは改善していなかった。肉類は今でも貴重品で、兵士の中には「肉が食える」という理由で軍に居続ける者がそれなりにいるほどだ。
 ワンはとりあえず食べられそうなものを選んで、広々としたカフェテリアの窓際に席をとった。
 後ろのテーブルには若い行政士官や副官が何人か集まり、コーヒーカップを手に雑談にふけっている。話の内容から第5ディヴィジョンの内務付きのようだ。
 噂好きの士官たちは、前のテーブルにいる部外者の陸軍士官には注意も向けない。彼らが話をするのを、ワンは食事をとりながら聞くともなしに聞いていた。
「あの新入りはなかなかすごいな アキレウスとかいう」
「アキレウスとシラトリのコンビだろう? やつらに任せれば、大抵の内務のプロジェクトは2、3週間で片付けてしまう。
 スタートからまだ1年経たないが、同期の中では昇進レースのだんとつトップだな」
「仕事が早いだけじゃなくて、質もいい。アキレウスはプロジェクトの全体を確実に把握して見落としがないし、分析は緻密だ。ちょっと融通がきかないところはあるが、それをシラトリの交渉・調整能力が補ってる」
「アキレウスはヨーロッパ出身で、アメリカ境界州(ここ)の士官学校に入った変わり種だろ」
「シラトリは見た感じ、ずいぶん若くないか」
「副官コースを繰り上げで卒業だ。彼女の卒業申請を見た第2ディヴィジョンの士官が自分の副官に引っぱろうとしたんだが、それを断ってアキレウスを選んだらしい」
「アキレウス少尉ぐらいの美男子だったら、私でもそうしたかも」
「おい 副官の専門職意識はどこへいった」
 たわいのない笑い声。気の置けない同僚同士なのだろう。
「あの二人はずいぶん親しいみたいだが、恋人同士なのか?」
「そう見えないこともないな。階級じゃなくてファーストネームだかニックネームで呼び合ってるし」
「秘書課の女の子たちの話だと、恋人というのは否定されたらしいけど」
「どっちも優秀だが、ちょっと変わったところがあるからな。親しいのはそういう仲間意識なんじゃないか、ベジタリアンとか何とか」
「それでなのね 少尉にC1の士官用レストランのビーフステーキがおいしいって教えてあげたら、なんとなく冷ややかな目で見られたのは」
「あいつは新任のくせに、ちょっと態度がでかいところあるよな。シラトリのとりなしがうまいんで許しちまうけど」
「そのうち俺らを飛び越して上官になるんだろうから、今から関係よくしといた方がいいんじゃないか」
「でも ベース勤めの利点の一つは食糧事情がいいことなのにね。外の都市じゃ、いまだにビーフなんて貴重品なんだから」
「それそれ ジュリアーノ大佐の話は聞いたか?」
「大佐の奥方って、今どき珍しく自分で料理をする人でしょ。それで自分の作ったものを食べさせたくて、やたら部下を招待したがるの」
「そう その奥方がな、新任に菜食のコンビがいるって聞きつけて、大佐に言って夕食に招待させたらしい。
 二人は一度は断ったんだが、『肉でもなんでも料理に混ぜて出せば、おいしければ食べるはず』という奥方の企みを大佐も面白がって、無理やり二人を呼んだらしい」
「あの奥さんのやりそうなことね。で、食べたの?」
「それが、こっそり肉を混ぜてた料理をちゃんと見分けて、二人とも手をつけなかったとさ。シラトリが『普段食べないから匂いに敏感で』とか言ってたらしいが」
「大佐、残念がったろう? その手の悪戯で人を引っかけるのが好きな人だからな」
 ひとしきり笑うと、それぞれ時計を見たりコーヒーを飲み干したりして、内務の士官たちは席を立っていった。
(ふん 行政士官(官僚)の優等生どもの中にも、たまには変なのがいるんだな)
 アキレウスとシラトリの名前を、ワンは何とはなしに記憶に留めた。
 

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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

アンドレイ・ニコルスキー

ニューイングランド州ベースの管制官。人好きで寂しがり。趣味は木工で、隙があれば家具が作りたい。

エリン・ユトレヒト

ニューイングランド州ベース技術局のシヴィリアン・スタッフ。機織りやその他、多彩な趣味があって、人間関係より趣味が大事。

マリア・シュリーマン

ノースアトランティック州のシヴィリアン・スタッフ。優しく繊細で、少し引っ込み思案。

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