能力
文字数 2,877文字
ドクターは今では相手の心に短い時間、接触しただけで、それが変種の質を備えているかどうかを見抜けるようになっていた。
一度、彼女が見ているものを見せてもらったことがある。
ウェイの心に投影されたそれは、三次元、もしかしたら時間の要素を加えて四次元の、非常に緻密な幾何学模様のように見えた。それを読んだり分析することはウェイにはできなかったが、その全体を見回して、彼女が「変種らしさ」と呼んでいるものを感じることはできると思った。
比較のためにと彼女が普通の人間の心を捉えて見せてくれた時、ウェイはその違いにがく然とした。変種の心が繊細な多彩色の絵だとすれば、普通の人間の心は、ところどころぼやけたり、逆に妙に大ざっぱに陰影の際立つモノクロの写真のようだった。
ドクターは時間のある時には、まわりに居合わせる人間を片端からスキャンしていたが、「大方は外れ」だと言った。1度の外回りで1人も仲間が見つからないこともよくあった。
手応えがあればその心理構造を調べ、さらに記憶から必要な情報を引き出して、仲間であることを確認をする。他人の個人的な記憶にアクセスするということに、ウェイは一抹の罪悪感を感じたが、ドクターはそんなことは気にも留めていなかった。
そして彼女の思い切りのおかげで、スティーヴとウェイがやったようなまわりくどいやり方は必要なくなった。
そうやって見つけ出された仲間に接触して話をし、自分たちの目的を理解してもらうのがウェイの役割だった。
そのために最良の方法は、スティーヴの記憶のメッセージに触れてもらうことだったので、彼の記憶を繰り返し見せてもらい、それをできるだけ忠実に、映画のフィルムのように自分の中に刻みつけた。
見つけた仲間の説得は難しくなかった。
外のベースから来た別の変種が自分を探し当てたということに、最初にとても驚く。でもその後は彼らの方から話を聞きたがった。
共感型のテレパスたちは、仲間が集まっているベースがあると知ると、すぐにでもそこに移りたいと言った。そしてスティーヴの記憶を見て、あふれる涙をぬぐったり、うれしさのあまりウェイを抱きしめたりした。その感情をウェイは心から共有した。
共感型テレパスに比べるとテレキネティックは数が少なかったが、
ただしダニエルの時の経験があったので、注意して近づき、相手を警戒させないように手順を踏んで話をした。
一度ウェイのことを信用し、そして「境界州の7Dにも仲間がいて、1人は遠からず参謀部入りする見込み」だと聞くと目を輝かせ、もちろんそこに加わるぞと意気込み、そしてそれを実行した。明確な意志の力と実行力が、彼らに共通する際立った性質だった。
何度目かの外回りで驚いたのは、新しいタイプが見つかったことだ。医務局で看護助手をしていた女性だった。ドクターは彼女を「テレキネティックの派生型で、心の力が無機物ではなく生体に影響を及ぼす
後から分析にあたったアキレウス少佐は「体質的なタイプとしてはテレキネティックだが、それに共感型テレパスとは異なる種類の共感的な性質がある」と分析した。
テレパスの中では、分析型の数は共感型に比べて少い。
知的で実用的で、自分のいる場所に執着がなく、ベースを移ることにもあっさり同意する者が多かったが、たまに「判断の前に情報が欲しい」と質問攻めにされ、ウェイではうまく対応できないことがあった。そんな時にはドクター・キャライスが話をして、それで片がついた。
そういうタイプの説得を終え、2人きりになって、ほっとしたウェイは思わず漏らした。
「よかったです 彼が納得してくれて」
「そうね でもあまり面倒なケースに出会ったら置いていくわ」
さらりと言われたドクターの言葉に、ウェイはどきりとした。
「たとえ同じ変異種でも、他人と関係を持ちたくないのを無理に引きずり込むことはできないでしょ。だからそういうのは放っておく。私たちとの接触の記憶も消去してね」
「……」
ウェイは感情の動揺を抑えた。
彼女の考え方は筋が通っていたし、その意図は明確だった。
境界州ベースの足場は、どんなことがあっても守らなければならない。そのためには、自発的に加わろうとしない者を仲間に加えるべきではない。
その考え方が正しいと理解はできても、仲間を置いていくことへの感情的な抵抗に共感型は逡巡する。
ベースにいる共感型テレパスたちは、ドクター・キャライスのことはなんとなく遠巻きにしていた。彼女の心が徹底して明晰であることは認めたし、その研ぎ澄まされた判断力が自分たちを守ってくれるものであることも直感的に感じていた。ただそれでも近寄り難い存在だとも思っていた。
アキレウス少佐にもそういう近寄り難さがあったが、少佐のそばにはいつもリリアがいて間に入ってくれた。彼女の優しさと温かさが、少佐の鋭角的なところを穏やかに包み込んでいた。
それでもウェイは、ドクター・キャライスの容赦なさは性格の冷たさから来るものではなく、そこに何かの理由があると思っていた。
確かなことは、彼女のおかげで仲間は確実に増えていった。
確かなことは、彼女のおかげで仲間は確実に増えていった。
出先のベースでは、ドクターは当然のように高級士官や上級スタッフ用のレストランで食事をとり、そこにウェイも伴った。ウェイはまだ少尉なので、境界州のベースでも高級士官用のレストランに入ったことはない。
メニューには一般用のカフェテリアでは見たことのない料理がたくさん並び、どれも明らかに上等な食材で調理されていた。
窓際の眺めのよい席で、クリームをのせてベリーを散らしたフレンチトーストを切り分けながらドクターが言った。
「あなたが一緒だと、邪魔なのが近寄ってこないから手間が省けていいわ。噂が広がってくれたおかげね」
ブルーベリーを口に運びながら、いたずらっぽく笑う。
確かに彼女はとても美しい。1人で座っていれば男たちは放っておかないだろう。とくに自分に自信のある高級士官たちは。
ドクターはカフェオレに口をつけながら、テレパシーで続けた。
<確率的にはものすごく低いけれど、それでも単なる突然変異にしては多すぎるのよね。しかもその変異には、能力のカテゴリーを2つ、サブカテゴリーでも5つにまとめられるぐらい、明らかに秩序立ったパターンがある。
坊やが持ってきたメッセージには半信半疑だったけど、どうやらそういうことなのかしらね>
テレパシーの流れが切れ、声が続く。
「ところで あなたとよくいっしょにいる7Dさんは、ボーイフレンドなの?」
「え……あの……ダ ダニエルですか? 別にそういうことは……」
赤くなって言葉につかえるウェイを見ながら、ドクターが笑う。
「ほんと からかいがいがあって可愛いわ」
(ログインが必要です)