危うい
文字数 2,729文字
「坊主 そろそろ一度、外回りの部隊について行ってみないか。
兵士からたたき上げの訓練官は、みな前線での経験がある。士官学校出の候補生は前線に出たことはないだろうから、一度、現場を経験しておくといい。
境界州は南部の重武装した反乱軍が相手なんで、気軽についていくわけにはいかんだろうが、ここはそこまで危険じゃない」
「はい 行ってみたいです」
大佐がうなずいて、外回りに出る部隊のリストを端末の画面に呼び出す。そこにフォワ中尉の名前を見つけた。
「この中隊は明後日に出るんですね」
「フォワのところだな。ちょうどいい。あいつに任せられれば安心だ。
ここの
同じようなことをタイガーについても聞いたことがある。
タイガーの指揮する部隊は前線での果敢な戦闘ぶりで知られている。なのに「まるで何かに守られているように」他の部隊に比べて死傷率がずっと低い。だから兵士たちはこぞって彼の指揮下に入りたがると。
出発の朝、大佐がフォワ中尉に申し渡しをする。
「じゃあ、預けるぞ。ルーティーンの外回りだから、足手まといになる機会もないと思うが」
大佐が行ってしまってから、中尉がスティーヴに顔を向ける。
「研修中の訓練官だろうが特別扱いはしない。部隊の中ではつねに命令に従え。いいか」
そうそっけなく言った上で、つけ加えた。
「俺のそばを離れるな」
大戦前から社会主義化の道を歩んでいたカナダは、大戦終了の間際に社会主義国に転じた。統治機構には属さず、外部との通商もないが、豊かな自然資源によって完全な自給自足を保っている。
アメリカとカナダの国境線は多く山や森林を通り、平地では幅広く密に植えられた薮などで封鎖されている。かつて二国を結んだ道路や橋なども閉鎖されている。
しかし北米大陸を横切る膨大な国境を完全に封鎖することは不可能だ。
かつてのアメリカでは、密入国者は南側から入ってきた。おもにメキシコからの経済難民たちが、テキサスやアリゾナ沿いの国境を徒歩で越えた。
今では密入国者は北側から、警備の手薄な森林地帯などを通って入ってくる。社会主義から逃れようとする思想難民が多いが、その中に反乱軍のスパイや工作員が紛れこむ。
カナダが国境を閉じて以来、北から大規模な攻撃が起きたことはないが、小規模なテロは頻発している。そのためニューイングランド州の7Dが行っているのは、国境地帯の警備とテロ対策だった。
中尉の部隊は、雪の残る山道をゆっくりと移動していた。
こういった移動では、安全確保のために指揮官は車列の半ばか後方にいることが多い。しかし中尉は先頭のジープに乗り、スティーヴはそれに同乗していた。
雪にまみれた山道を降り、麓の小さな町にさしかかる。町の中を通る道は雪かきされていた。のけられた大量の雪は、道の両脇に人の背より高く積まれている。
雪かきをしてあるぐらいだから、あたりで人が活動していてもよさそうなものだが、しんとして人の気配がない。
寒いから家の中に入っているのかなと思いかけ、ふいに冷ややかな敵意を感じた。それは自分を含むこの部隊に向けられている。
中尉に声をかけようとした時、雪の壁の向こうから何かが投げられた。
その瞬間、中尉が鋭い合図でジープを停めさせ、車から飛び降りた。手りゅう弾だとスティーヴが気づいた時には、中尉はそれを手でつかんで投げ飛ばしていた。
遠くに投げられた手りゅう弾は道路の上を転がった。爆発は起きなかった。
車列を止めたまま、それ以上の攻撃がないことを確認すると、中尉は兵士らにあたりを探すように命じた。
残った兵士らが銃を構えながら言う。
「反乱軍の武器は不良品が多くて助かるな」
「それにしたって、とりあえず手りゅう弾をつかみに行くなんて、さすがうちのガーディアンだ。幸運なんだか命知らずなんだか」
——違うんだ。
スティーヴは中尉の思考を追っていた。手りゅう弾をつかんだ瞬間、中尉の頭には手りゅう弾の構造図が描かれていた。そしてテレキネシスで信管の導火線をねじ切り、起爆を防いだのだ。
命知らずなのではなく、単に幸運なのでもない。自分の能力を磨き上げて、まわりの人間にわからないように使いこなしている。
タイガーが前線でいろいろやってるのは知っていたけれど、テレキネシスを実戦に持ち込むと、こんなことができるんだ。
その後は、地雷の処理といったルーティーンの作業以外に事件はなく、外回りを終えてベースに戻った。
大佐に報告を出し、スティーヴは夜にウェイと落ち合った。ウェイが作ってくれたヌードルを炒めたものを食べながら、次のステップを相談する。
次の日、礼を言いにいくという口実で中尉に会いに行った。
「……ところで、リウ准尉が食事をごちそうしたいと言ってるんですけど、いかがですか。彼、料理が得意なんです」
中尉は即座には返事をしなかった。
士官候補生が料理をするという申し出も不思議だったと思うが、それよりも、候補生の私室に招かれるのが適切かどうかと考えていた。
それから「自分と准尉はディヴィジョンが違い、将来的にも直接の上下関係になることはない」と判断して、招待を受け入れた。
小さなキッチンでウェイが料理をする姿を、飲み物を手に中尉が見ている。前方勤務の間に見せた隙のなさと対照的な、柔らかい表情だ。
「驚いたな 本当にちゃんと料理を作るんだな」
「中尉のまわりには料理をする人っていましたか?」
「俺はヨーロッパの田舎から来たんで、向こうはアメリカよりもう少し伝統文化が残ってるよ」
食事の後、リビングでお茶を飲んでもらいながら話しを切り出す。
「どこから説明したらいいかわからないんですけど……僕とリウ准尉が仲間だと言ったら、信じてもらえますか?」
「なんのことだ?」
「手りゅう弾を処理する時に、中尉がテレキネシスを使ったのに気づいたんです」
その言葉に中尉の表情が変る。
(なぜそんなことを知っている? この2人は 俺の後をつけて探りを入れるスパイだったということか? そうだとして……命を奪うようなまねはできれば避けたいが……)
中尉が素早く対処のオプションを判断し、行動のために全身の神経が引き絞られる。明らかに彼が本気で使うテレキネシスは、手りゅう弾の導火線をちぎるといったレベルのものではなかった。
しまった。
戦闘力のあるテレキネティック相手には、アプローチにもっと注意が必要だったかも——
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