侵入計画
文字数 2,845文字
2人が手がかりも無しに戻ってきたことを伝えると、明け方だったがタイガーはすぐにオフィスに飛んできた。出された熱い鉄観音茶をすすりながら、眉を寄せてジュピターと話している。少し遅れてナタリーがやって来た。
「仲間が1人で出かけて戻ってこない、連絡もない、シティ・ポリスや救急搬送のリストに名前もないというなら、普通の人間なら失踪とか家出ということになるんだろうが、俺たちにとって真っ先に考えなきゃならんのは
ナタリーが濃いブラックのコーヒーを飲み干す。
「女性1人なら、通常の誘拐という可能性は?」
「単なる誘拐ならマリアは対処できる。ああ見えてもテレキネティックだ。接触型というハンディはあるが、手を触れれば、相手の骨を折ったり投げ飛ばすぐらいの力はある。普通の人間が拉致できるとは思えん」
「向こうにテレキネティックを押さえ込めるような武力があったか、彼女の方で抵抗しない理由があったということね」
「……能力を使ったところを警備局に見つかり、捜索が仲間に及ぶのを防ぐために抵抗せずつれていかれた可能性が高いということだな」
「よく気がつきそうなマリアが、そんなへまをするか?」
「彼女の性格からすれば、困っている人間か動物を助けるために思わず、というのはあり得る。
拘束されて身元が割れていれば、すでにスティーヴのところにも調べが入っているはずだが、今のところそれはない。とすれば、身分を示すものを処分して黙秘していると考えられる」
「だとすりゃあ、マリアはどこにいるんだ? 拘束された変異種が送られる場所はわかるのか? ベースの中や近隣に『保護』施設があると聞いたことはないが」
「境界州には変異種の収容施設はない」
「なんだと」
「反乱軍との戦闘地域に接するここは、機構の中央からすれば、戦場に隣接した危険地帯だ。『地域が完全に平定されるまで重要施設は設置しない』ということになってる」
「そういやあ、変異種の保護を正当化する言い訳に『反乱軍に拉致された変異種は軍事兵器として使われる恐れがある』とかぬかしてたな」
「お前が7Dでやっていることを見れば、その恐れは正当化されるだろうが」
「じゃあ州内で捕まった変異種はどこへ連れて行かれるんだ」
ナタリーが答える。
「子どもは学校から近隣の施設におくられるけど、大人の場合は警備局の留置施設から中央に移送されるはずだと思う」
「つまりマリアが捕まったのかどうかと、今どこにいるかを確かめるには、警備局の情報が必要だということだな」
「警備局のデータベースにアクセスできれば早いが、警備局と科学局のシステムはベースの中央サーバにはつながってないはずだったな」
「待って そのへんに詳しそうな人を探すわ」
すでに朝になり、ベース中の仲間たちが起きて仕事に向かい始めている。
リリアがテレパシーのネットワークを通して情報を求めると、システムの構造に詳しいのは7Dのシェイファー准尉、操作とハッキングのスキルが高いのは技術局のエリンという答えが返ってきた。システムのハッキングは彼女の趣味の一つらしい。
その技能を使って何をしているのかは問わずにおく。おそらく技術局の発注リストにこっそり自分や仲間たちの欲しいものをつけ加えたり、それを在庫管理から隠すといったことだろうとリリアは推察した。
エリンとシェイファー准尉がオフィスに呼ばれた。
「——はい 警備局のシステムは独立で、ベースの中央サーバから物理的に切り離されています。各士官のオフィスや管理局の端末からはアクセスはできません」
エリンがつけ加える。
「向こうの端末をじかに触れれば、情報を引き出すこと自体ことは難しくないと思います。IDとパスワードを手に入れるとかする必要はありますけど……ベース中央の管理システムに比べれば、警備局のはサイズとしても小さいはずですし、必要な情報を探すのに時間はかからないと思います」
「ようするに警備局に侵入するのが早いということか……」
タイガーが難しい顔をする。
「おい ドクター 分析型を総動員して警備局のやつらの記憶を読んで、マリアに関する情報を探すようなことはできないのか?」
「このベースの警備局で働いているのは末端から局のトップまで3000人。その中で変異種に関する情報を扱うのはごく限られた人間のはずだから、しらみつぶしで必要な情報を探すのは運任せで時間がかかり過ぎる。
マリアの所在の特定を急ぐには、向こうのデータベースにアクセスするのが一番早いわ」
「少々リスク含みだが、ジュピター それでいいか」
「リスクを秤にかけてもそれが最適だ」
「よし チームを組んで作戦を立てるぞ」
実行班はカタリーナの時と同じように、分析型テレパス、共感型テレパス、それにテレキネティックの組み合わせで構成する。
夜間の人が少ない時間に建物にアプローチし、分析型テレパスが警備の状況を把握し、心理処理で付近にいる人間を眠らせる。共感型テレパスは状況を逐次リリアとジュピターに連絡。同行するテレキネティックはテレパスたちの護衛と、いざという時の脱出を主導する。
護衛役には7Dのテレキネティックから4名をタイガーが選んで率いる。
「お前が行く必要があるのか」
「どんなに小規模な作戦でも、何が起こるかわからん場合には現場に指揮をとれる者がいた方がいい。最悪、あたりにいるやつらの記憶を全消去してとんずらだな。その後始末はお前の仕事になる」
ジュピターとリリアはオフィスに残り、テレパスからの報告を聞きながら状況を追って必要な指示を出す。
現場に同行する心理処理能力の高い分析型と、遠隔から支援を行なうテレパスたちをジュピターが選んで、計画のさらに細かい点を詰めていた時、スティーヴが戻ってきた。作戦を聞き、「僕も一緒に行く」と言い張った。
スティーヴの顔をまっすぐに見てナタリーが言う。
「聞きなさい 坊や 必要なのは、マリアを見つけることと、仲間に及ぶリスクを最低限に抑えてそれを行なうこと。今のあなたは感情的に不安定で、むしろ他の仲間の行動の邪魔になる。焦って無茶をして仲間をリスクにさらす危険性もあるわ」
冷静に考えればその通りだっただろうが、スティーヴの気持ちを思って誰もそんなことは言えなかった。
しかしナタリーは平然と言い切り、スティーヴは黙って椅子に座り込んだ。タイガーはそのやりとりに口を開きかけたが、言葉を呑み込んだ。
ナタリーが個人的な感情から厳しい言葉を吐いているわけではないのはリリアにもわかった。タイガーもそれを認め、ジュピターも同意の意味で沈黙を守っている。
スティーヴは確かに感情的に疲れ切っていて、彼の内面は不安と焦りで混乱していた。リリアはスティーヴのそばに寄り、肩を抱いた。
「私たちはここで待ちましょう きっとマリアは戻って来るから」
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