怪しむ

文字数 2,422文字

 大戦の間に多くの国の中央政府が崩壊した。そして機構がそれにとって代わり、行政と軍事を担っている。機構の活動拠点である各地のベースは、エネルギー資源や食糧の供給など、あらゆる面で特権的な立場にある。
 ただしベース内に一般の都市のような商店やレストランがあるわけではなく、食事や飲み物は共有のカフェテリアやバーで提供される。
 士官専用のレストランやバーを除けば、ベースで働く者ならどの施設でも出入りは自由だ。しかし気心の知れた仲間と食事をしたいのは人間の本能で、自然と特定のグループが集まる場所がある。
 空軍(6D)陸軍(7D)海軍(8D)の士官や兵士には、それぞれのたまり場になっているバーやカフェテリアがある。
 とりわけ荒っぽい独自ルールのある陸軍(7D)、第7ディヴィジョンの兵士が集まる場所は、外部の人間からは「足を踏み入れるべきでない無法地帯」と見なされていた。
 陸軍士官であるワンも、兵士や他の士官と飯を食うためにそこに行くのだが、あいにく出される食事が、ハンバーガーだミートローフだとワンパターンだ。アメリカ人兵士の好みに合わせたメニューなので仕方はないが。
 15歳でアメリカの士官学校に入り、それから故郷(くに)に戻ろうと思ったことはない。しかし食べ物ばかりは上海(シャンハイ)が懐かしかった。
 中央ビルのカフェテリアも基本はアメリカ飯だ。それでも、できそこないの中華料理のようなものも含めてもう少し種類があるので、あれ以来たまに出かけていた。
 昼の時間を過ぎて席が空き始めた頃、窓際のテーブルで食事をとっていると、若い長身の士官とすんなりした女性が向こうのテーブルについた。
 男の方は真珠色の髪を長く伸ばしている。軍士官と違い、行政士官には制服の着用以外に身だしなみの細かな規定はないが、それでも男で肩より長い髪というのは珍しい。
 もしかしたらこいつが、あの「仕事はできるが変わり者の士官」かもしれないと思った。女性はおそらく副官だろう。
 ワンは食事を終えてコーヒーをとりに行き、それとなく二人を観察できる位置に移った。
 端正で整った顔だちの若い士官は、人目を引く尖った存在感がある。副官の女性の物腰の柔らかそうな様子と対照的だ。
 カップを手にしばらく二人を見ていたワンは、妙に感じた。
 二人はほとんど言葉を交わさないが、時折、その視線や表情が意味ありげに動く。
 突然、何か冗談でも言い合っているかのように、二人の顔に同時に笑いが浮かんだ。女性の方は可愛らしい笑い顔で、男の方は口の端の笑みだが。
 ワンは二人を見つめながら思った。
(まるで言葉を使わずに会話をしているみたいじゃないか)
 その途端、女性が真顔になり、目でそっとあたりを探った。
 それから何ごともなかったように視線を戻し、男に顔を近づけて何かをささやく。
 二人はそれから普通に会話を始めた。
 しばらくして、二人の上官らしい女性士官がテーブルに立ち寄り話しかける。ワンは席を立ち、何気ない様子でそのそばを通り抜けた。「アキレウス少尉」と呼びかけるのが聞こえた。

 午後は南部方面の戦況についてミーティングがあり、夕方には仕事を終えて自分の個室に戻る。
 グラスに氷を入れてウォッカを注ぎながら、カフェテリアでのことを思い出す。
 あの二人のことがやけに気になった。
 根拠は別にない。単なる勘だ。
 ただ自分の勘は、これまで数え切れないぐらい、前線で自分と兵士らを窮地から救い、時には生命を守ってきた。
 だから勘が刺激された時には、注意を払う。
 あの二人は「妙」だ。
 単に変わり者だというだけではない。
 「言葉を使わずに会話をしているようだ」と自分が思ってすぐ、シラトリは何かに気づいたようにあたりを探り、そして二人は普通に会話をしだした。
 まるで、こちらが心の中で思ったことに彼女が気づき、用心するようアキレウスに伝えたように見えた。
 まわりの人間はあいつらを「変わり者」と決めつけている。それで多少の変なふるまいも、気にとめなくなっているのだろう。
 しかしあの二人が実際に言葉を使わずに、つまり心で会話をしているということが、ありうるか……? 
 それはつまり、二人が突然変異種であることを意味する。
 ありそうもないことに思えた。
 同じ年ごろの変種が二人、それぞれ心理検査をすり抜け、士官学校を出るまで生き延びたなどと。
 だがそう考えれば、なぜシラトリがはるかに条件のよい高級士官からの打診を断り、わざわざアキレウスを選んだのかもわかる。
 そこまで考え、ふっとため息をついた。
(万が一、仮にそうだとしても、それで俺はどうしようというのか)
 二人が変種だという想像が正しいなら、シラトリはおそらく、他人の考えを感じることができるのだろう。自分の身に危険を及ぼしそうな他人の思考に感づくといった形で。
 だとすれば、探りを入れても用心されるだけだ。ここまで生き延びてきた変種なら、それ以上のしっぽは出さないだろう。
 二人の変異種が機構のベースの中に紛れこんでいる。
 ……だが、それがどうだというのか? 
 機構のトップは「変異種を普通の人間の社会に野放しにしたら、その特殊能力でたちまち力を握り、普通の人間を支配し始める」と考えている。
 権力を握る人間の考え方はそんなものだ。すべての人間が自分たちと同じように、他人を支配することへの際限ない欲求を持ってると思っている。
 銃弾も砲弾も届かない壁の向こうで、自分たちの立場を維持することに腐心し、社会や人の動きに一喜一憂しているのだ。
 そんな(やから)の思惑など、自分にはどうでもいいことだと、ワンは思った。
 来週からまた前方勤務だ。
 軍はサウスカロライナを、ジョージアとの境界線まで回復することに成功したが、根強い反乱軍の抵抗で再び押し戻されつつある。
 官僚どもの中に変な種類のやつが紛れこんでいることよりも、現場でどう兵士らと自分の生命を守り、(いくさ)に勝つかの方が、自分にとっては重要なことだ。


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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

マリア・シュリーマン
ミッドアトランティック州ベースのシヴィリアンスタッフ。優しく繊細で、やや引っ込み思案。古い絵を見るのが好き。

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