似た者同士
文字数 2,295文字
ナタリーはそれを面白く眺めた。
ニューイヤーズ・イブのダンスで手を触れた時に感じた、理詰めでクールな性格と、目標から目をそらさない意志の強さ。
権力志向の男にありがちな、女性を自分の所有物と見なす傾向もない。
しばらく前に別れた
あれに比べると、この大尉の態度は人も無げだけれど、仕事以外のものに対する執着の薄さは具合がいい。
女性経験は多くないみたいだけど、それは教えればいいこと。
しばらくその整った横顔を見つめていたが、彼の心が明らかに何かに夢中な様子に、ナタリーの好奇心が刺激された。
そう、あのダンスの時も平然と「考え事をしていた」と言ったんだった。
ナタリーとしても必要がない限り、他人の思考を一々読むようなことはしない。それは人の心をのぞくことへの罪悪感などではなくて、見たくもないものを見るのが単純に面倒くさいからだ。
しかし大尉が何に夢中になっているのかに興味が湧いた。
それとなく大尉の髪を指で梳きながら、彼の中を流れている思考を拾う。
彼は……分析していた。
ナタリー自身が他人の心の形を外側からつかむのと似たやり方で、彼はナタリーの心のパターンを両手でつかむようにして、その質を分析しようとしていた。
作業はまだ慣れないようにおぼつかず、ナタリーからすればスローだが、間違いなく意識的だ。明らかに自分で何をやっているか、わかっている。
そして把握できるだけの情報を手にすると、それを彼なりに一つのパターンにまとめながら、記憶の中から別のパターンを呼び出した。そして2つのパターンを比較する。
比較を済ませると、もう一つ別のパターンが記憶から読み込まれる。
彼の中に言葉が紡がれた。
(——他の3人から引き出した変異種の特徴が正確である限り、彼女が仲間だというのはほぼ間違いない。
だが やはり標本数が少なすぎる。
何か他に確かめられる手がかりが欲しい……しかし差し迫った状況でもないのに、プライベートなことに一々立ち入って心を読むことはしたくない——)
「へえ」
面白がるナタリーの声に、彼の中を流れていた思考が止まる。
大尉は形のいい眉を上げてこちらを見つめた。何か想定外のことが起きたのに気づき、素早く判断を下してナタリーの心を探る。
「君は……」
「答えは出てるんでしょ」
「……」
「1つ目は正解」
ナタリーは体を起こして大尉の上に乗り、腕を伸ばして彼のこめかみに手を当てた。
大尉はされるままになりながら、ナタリーの心を観察している。
「リリアに、あの坊やに、7Dの少佐……お友だちはみんな変異種なのね」
大尉ががく然とする。
「……現在進行形の思考の流れだけでなく、記憶を遡って読むことができるのか?」
「そうよ」
「君と私はある程度、似たタイプではないかと思っていてが、君の方が圧倒的に性能がいいということだな」
「いい表現」
ナタリーは笑い、再び大尉の隣に転がった。
「で、あなたはその坊やのために、私が変異種かどうか確かめるスパイ役を買って出たわけ?」
「別にスティーヴに頼まれたわけではないが……もしこのベースに他に仲間がいるなら、知っておきたかったというのはある」
「知ってどうするの? 同じ変種同士だから運命共同体みたいな考え方をされるのは私、お断りなんだけど」
「それが君の考えなら、別に無理に引き込むつもりはない。
ただスティーヴは君と話をしたがるだろうな。
それに彼の両親の記憶を見れば、君も影響を受ける可能性もある」
「自分が変異種として生きる意味とか、そういう哲学的な命題には興味はないの。楽しみながら無事に、この人生を終わりまで生きたいだけ。
でも あなたにはちょっと興味がある」
ナタリーは大尉の頬に手をあてて自分の方を向かせた。
「あなたは、自分が能力の劣ったテレパスだろうって考えてたわよね?
でも、あなたが私に劣っているのは能力そのものじゃない。
あなたはずっと幸運に生きてきた。そして自分の身を守るためには手段を選んではいられないような状況に追い込まれたことがない。
だから『他人の思考を読むことが倫理的かどうか』なんて、贅沢な悩みを抱えていられるの。
能力が中途半端なところで止まってるのはね、あなたが格好つけてるからよ」
大尉は黙ってナタリーの言葉を吟味している。
プライドの高い男だけれど、理性の力がそれを制するほど強い。感情よりも先に思考が動く。
「私と君の能力が似ているのは確かなんだな」
「そうね 私たち、似た者同士だと思うわ」
「ただし君は相手の考えだけではなく、記憶まで読むことができる。記憶はどれぐらい遡れる?」
「かなり。上限を試したことはないけど」
「能力が似ているなら、私にも同じことができるようになると思うか? そのやり方を教えてもうことはできるか?」
「その坊やの妙な計画に興味はないけど、あなたにはしばらくはつきあってあげるわ」
「しかし 君はこの状況にあまり驚いてないな」
「科学局の言うことなんて何ひとつ信じてないから。変異種についての説明も、数字も、公式のストーリーも。
だから私以外にも変種の個体がいてもおかしくはないとは思ってた。だからと言って他の個体を探そうとも思わなかったけれど」
「人間を信用しないんだな」
「他人は信用しないわ。頼れるのは自分だけ」
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