庇護者
文字数 2,530文字
しかしそれは中尉には通じなかった。
これまで隠し続けてきた、自分が変種だという事実をおもむろに指摘され、彼はただちに防衛体勢に入った。そして2人の行動の意味を、「機構または科学局のスパイ」という最悪のシナリオで解釈した。
鋭い判断力で中尉は、自分の身を守るためにとるべき方策を選んだ。彼の思考はそれを即座に行動に移せと言った。しかし感情がそれに逆らい、生まれた葛藤が動きを鈍らせた。
逡巡する中尉のそばに、ウェイが静かに近寄る。
防衛モードのテレキネティックに近寄るのは危ないかもと思ったが、ウェイはためらわず、そっと中尉の腕に触れた。中尉は身動きせず、ただ内面の葛藤を表すように眉をしかめながら、ウェイを見つめた。
突然、中尉の顔に、何かに打たれたような驚きが浮かんだ。
ウェイがテレパシーで話しかけたのだ。
ウェイはスティーヴと出会ってからすぐに、テレパシーで会話をする練習を始めた。ウェイの細やかなコミュニケーション能力はリリアを思わせ、ある意味ではリリアよりもの柔らかで、しみ込むような質があった。
<落ち着いて>
ウェイが自分の心を中尉の心に寄り添わせる。張りつめた中尉の神経にウェイの優しい冷静さが伝わり、中尉の心が速度を落とし始める。
彼はまだ混乱していたが、状況は自分が思ったものとは違うかもしれないと感じ始めていた。
<わかるでしょう? 僕はテレパシーで話しかけています 僕らも変種です 仲間なんです>
「自分は准尉の声を頭の中で聞いている。准尉は、変異種の特徴であるはずのテレパシーを使っている」という事実に、中尉は気づいた。そしてその意味を把握した。彼の思考力が再び働き出し、点と点をつなぎ始める。
それからスティーヴに視線を戻した。
「7Dのたまり場に俺を探しに来たり、俺の中隊について来たのも、俺が変種だということを確認するためだったんだな?」
「そうです。中尉がテレキネシスを使ったと気づいたのは、僕も同じテレキネティックだからです」
そう言ってスティーヴはポケットからビー玉を取りだし、宙に投げ上げた。色とりどりのガラス玉がきらきらと電灯の灯を反射しながら、リズミカルに、踊るように輪を描く。
「きれいだね」
ウェイがうっとりとつぶやく。
中尉は長いこと、宙に舞うビー玉をじっと見ていた。
「……それで 俺が君らの言う『仲間』だとして、いったい何がしたいんだ」
「その話をこれからさせてください」
スティーヴの話を聞き終わり、中尉が考え込む。
境界州ベースに「他の仲間たち」がいると言われても、その「仲間たち」と関わることが自分にどんな意味があるのかと、いぶかる気持ちもまだ彼の中に大きかった。
中尉は自分の選んだ環境に完璧に馴染み、そこできわめてよく働くことができていた。兵士からも信頼され、上官の評価も高く、このベースにいれば、昇進を重ねながら普通に生きていける。誰も彼が変種であるとは疑わない。
別のベースに仲間がいるといっても、そこに移るためには、彼がここで築き上げてきたものを手放し、再び一から始めなければならない。ためらうのは当然だ。
「そう言えば 境界州
中尉の顔に明らかな興味が浮かぶ。
「南部戦線の『虎』が、変種だというのか?」
「中佐を知ってるんですか?」
「東部の7Dの間では有名な男だ。参謀部入りも間違いないだろうと噂されている。その男が 普通の人間の中に紛れこんでいる変種だと……」
これまで自分から切り離してきた思いが、少しずつ中尉の意識につながり始める。
「……自分が変種だということは、他の人間とはまったく関係のないことで、それは自分が墓場まで持っていく秘密だと、俺はずっと考えていた。
……リウ准尉 君は境界州に行くのか?」
「はい 僕はスティーヴの夢を手伝いたいんです。
自分が変異種として生まれてきたことが、単なる不運だと考えなくていい——自分が生まれてきたことには理由があるんだと思える、そういう生き方をしたいんです」
ウェイの言葉を聞いて、中尉の中で記憶が刺激される。彼は自分の生い立ちを思い出していた。
ユーロサウスの旧フランス南部で生まれ育った。
「古い歴史を学ぶことに実用性はない」「過去を学ぶために費やす時間は、大戦後の今の生活をよりよくするために使われるべき」という統治機構の実用政策。それは、歴史と伝統を重んじながらも目の前の物資不足に悩むヨーロッパに、重しのように影響を与えていた。
歴史を学ぶことは少数の専門の学者の仕事とされ、学校では歴史を含む実用性のない科目は「実用的な」授業にとって代わられた。
しかし中尉の父親はその流れをよしとせず、故郷であるラングドック・ルシヨンの歴史を息子に教えた。
中世のある時期にはこの土地に、教会による異端審問と、教会と結託した王侯による弾圧と迫害が及んでいた。彼の家は異端審問に反対し、迫害される少数者を守って、教会と王という当時の逆らいがたい二大権力に抵抗し戦った。
不当な迫害に対して弱者の生命を守った庇護者の血を継いでいることを、彼は誇りに思っていた。「力なき者を守る」という子供の頃の理想のために、軍人になる道を選んだ。
しかし士官学校に入った後に、自分が変異種であり、追われる者の立場にあるという皮肉な事実に直面した。
「自分には誰も守ることができないのか?」その問いに対する答えは、自分が誰であるかを隠しながら、守る者の役目をまっとうすることだった。
だが……自分が本当に守るべき者たちが、目の前にいると思った。
(この二人は俺を信じて、自分たちが変種であるということ、そして何をするつもりなのかをうち明けてよこした。
その信頼に、俺は答えるべきじゃないか。
それに……こんなにも無防備に、途方もない計画に向っていこうとする、この二人のような者を守る人間が必要じゃないか……)
中尉は黙ったままだったが、彼の中でゆっくりと意志が固まるのを、スティーヴとウェイは感じた。
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