ステンドグラス
文字数 2,330文字
2人は妻帯者用の個室に移っていた。ベースでは割り当てられる個室の大きさは階級で決まるため、リリアの個室に比べれば小さいものの、こじんまりとしたリビングは居心地がいい。
マリアはアンディの好みを心得ていて、紅茶にジャムを添えて出してくれる。いい香りのアプリコットのジャムをスプーンで口に運んでいるところに、エリンも来た。
スティーヴは手渡された古い建築の写真集をめくって見ていたが、やがてあるページで手が止まる。
彼の目があるページの写真に吸いつけられ、心が広がるイメージと想いで満たされている。何かに夢中になっている時の彼の心には、まわりの共感型たちを引き込んでいく力がある。
(色とりどりのガラス片で形作られた、美しく荘厳な絵。たくさんの人物たちの物語が、光と色で語られる……)
「これ」
「んー?」
「こういうの、作ってみたい。この作者は……アルフォンス ミュシャ?」
「ミュシャはフランス語読み。チェコの人だから本来の発音はムハだねえ。
これはプラハ城の聖ヴィート大聖堂にある作品だけど うーん 本格的なステンドグラスだからなあ。輪郭は鉛のケイムを使ってるよね」
「そうね こういう組み立てに使う細いケイムは、さすがに技術局の倉庫にもないわよ」
エリンがホットチョコレートのカップを手につけ加える。
「人物の顔や着衣は ガラスに色を塗ってる?」
「グリザイユね 金属とガラス成分の絵の具を塗って、窯で焼きつける手法」
「その絵の具は作れる?」
「成分がわかれば調合できるかもしれないけど でも焼き付けには窯がいるわよ」
「オーブンじゃだめ?」
「温度が600度ぐらい要るから無理。
デザインを工夫して、大きな板ガラスに光を通す塗料で絵を描けば、ステンドグラスみたいな感じになると思うけど。それじゃだめなの?」
「うん こういうふうに、細かなガラスのピースをたくさん組み合わせたのを作ってみたい」
スティーヴが本気で思い込んだら、もう止めることはできない。エリンもそれを知っていて、考えを巡らせている。
「ケイムじゃなくて
でも色のついた板ガラスを集めるの、大変よ。技術局の資材リストにある板ガラスは窓用の透明なのだけだから」
「色ガラスはちょっと持ってるんだ。骨董品屋でたまに破片を見かけて、何に使うか考えてなかったけど集めてた。時間をかければもっと手に入ると思う」
それからスティーヴは都市の骨董品屋で、色のついた古い板ガラスを集めて回った。色ガラスは工業品として新たに生産される見込みがなく、だから残っているものは骨董品扱いで、ガラス集めに給料のかなりをつぎ込んだ。
エリンから「パートナーの無駄遣いをちょっとたしなめたら」と言われ、マリアは笑顔で答えた。
「だって愛するひとも素敵な友達も、欲しかったものは全部持ってるし、ベースに住んでいれば衣食住には困らないから。
スティーヴが何かに夢中になっているのを見るのが好きなの。それに骨董品屋を回るのって、宝探しみたいで楽しいのよ」
そのうち以前、ジュピターと訪れて顔見知りになっていた店のオーナーから「空爆にあった地域の解体された古い建物から資材を拾い集める専門のやつがいる」と教えられ、追加の珍しい古いガラスを集めることができた。
ガラスカッターはアンディが手に入れてくれた。ガラス片を包むコッパーフォイルは、エリンが技術局の倉庫から調達した銅箔を細く切ってくれ、ハンダごてと溶剤も彼女に借りた。
ようやく準備ができて、最初の小さな作品を作る。
集まった板ガラスの色やテクスチャーを眺めながら、何日もかけてイメージを膨らませ、下絵を描いた。
そして選んだガラスを下絵に合わせて刻んでいく。ガラスを切るというより、ガラスカッターで表面に筋をつけて、少し力を入れて割るのだが、最初は力の入れ具合がわからず、ひびが入ったり、おかしな形に割れてしまうこともあった。
でもじきにこつがつかめてきて、部屋の中にパキン、パキンと気持ちよく音が響く。
すべてのパーツを切り出し終わり、エリンに教わったようにコッパーフォイルでそのふちを包む。ハンダごてを熱して、ガラス片を下絵に沿ってつなげていく。
数十枚の小さなガラスのピースが順につながれて、徐々に1枚の絵になっていく。
でき上がった作品を両手でもってそっと窓にかざすと、光で色に生命が吹き込まれる。
「なんてきれい!」
「素敵だねえ」
「初めてにしちゃ悪くないわね」
「うん 要領はつかめた。次はもっと大きなのを作りたいな。また2、3か月はガラス集めだ」
小さなステンドグラスを寝室の窓に立てかけて、2人はその眺めを楽しんだ。
朝に窓から光が差し込むと、色ガラスを通ってとりどりに染められた光が、ベッドの上にもう1枚の絵を描く。
「あなたがどうしてステンドグラスを作りたかったのか、なんだかわかった気がする。
あなたが作業をしているのを見ていて、思ったの。
ばらばらのガラス片が、あるべき場所にはまっていく……それって私たちみたいだって。
ガラス片はここに来る以前に、いろんな家や建物の一部として、それぞれの過去を持っていた。でも今は新しい形をもらって、この素敵な絵の一部になっているの」
スティーヴはマリアの膝に頭を乗せたまま、彼女が話すのを聞いていた。
僕はただ思いついて、そして手を動かすだけだ。でもマリアはそこに意味を見てくれる……それをこんなにも優しい声で語って聞かせてくれる……。
(ログインが必要です)