探り合い
文字数 2,339文字
誰かの手が腕をつかんでいた。手からは自分への心配の感情が伝わってきて、それがリリアだとわかる。
目を開けると、のぞき込んでいるリリアの顔が見え、腕をつかんでいた彼女の手からほっとしたように力が抜けた。
カーキの布の天井が目に入り、演習で使う大型の軍用テントの中に寝かされているのだとわかる。
ジュピターはゆっくりと体を起こした。
「大丈夫?」
「ああ」
首を動かし、手を握ったり開いたりして体の感覚を確かめる。どこにも異常はない。
……妙だな。脳しんとうを起こすほど叩きつけられたにしては、痛みもは大したことはないし、ふらつきもない。
<ジュピター あの人……>
リリアがテレパシーで話しかける。
<どうした?>
<私たちのことに気づいてるみたい。はっきりとじゃないけど、「普通と違う」「何かを隠してる」と思ってるの。それで私たちのことに興味を持ってる。
でも、あの人の方も何かを隠してる感じがするの。具体的なことはわからないけれど>
その言葉を聞きながら、はっきりと目が覚める。
どこかで疑いを招くようなことをしてしまったのか……どうするかを考えなければならない。
いったん思考が動き出すと、奇妙なことに思いあたった。
最初に投げ飛ばされた時、体が地面に落ちる寸前に何かが緩衝する感覚があって、思ったほどの衝撃にならなかった。
そして2回目に投げられた時には、地面に落ちる前に意識がとんだ。頭を打って意識を失ったのではない。先に意識がなくなった。
記憶を巻き戻し、その時のことを思い出してみる……地面にぶつかるより先に軽い電気ショックのようなものを感じて、視界に火花が散った……。
<リリア やつが同類だという可能性はないか? 君は以前、私を見て「仲間」だと感じたと言ったろう。そういう手応えはないのか?>
<……あなたに対してのような、はっきりとした感覚じゃないんだけど……でもあの人も、普通とは何かが違ってる気はする>
テントの入り口に人影が見え、声がした。
「バカ野郎 お互い顔の立ちそうなところで手を打ってやるつもりだったのに、むきになりやがって」
中尉が入ってくると、そばに立ってジュピターを見下ろす。その眼差しは鋭い。
いずれにしても、この男が我々のことを疑っているというなら、何をどこまで気づいているかは確かめなければならない。「変異種の疑いあり」として警備局に通報されたら、それでお終いだ。
気持ちを引き締め、中尉の心に意識を集中する。
心の外側に触れたが、その
集中を強めて
(――派手な喧嘩に見せて、怪我はさせずに終わらせたかった。だから仕方はなかった。
だが、兵隊どもがあんなふうに注視する前で「力」を使うなんてのは、二度とはごめんだな。たとえ気づかれる可能性はまずないにしてもだ。
しかし最近身につけたばかりの、脳にショックを与えて気を失わせる方法が、こんなところで役立つとはな……)
ジュピターは驚いて中尉の顔を見つめた。その反応に気づいた中尉が不審げな表情を作る。
(こいつ 俺の心を読んでるんじゃないだろうな)
中尉は二人が変種である可能性に気づいている。
だが、その考えには何の敵意も緊急性も伴っていなかった。
そして言葉のさらに奥の、中尉の深いところにある思いにジュピターは気がついた。それを、交錯する思いとともに噛みしめる。
中尉は二人が変種であるかどうかに興味を持っていた――この変わり者の二人組が、彼と「同じ立場」にあるのかどうかを知りたかったのだ。
ジュピターは立ち上がり、手で制服をはらうと、相手の顔を見据えた。
「おかしな力を使って手加減されたのは、こちらもありがた迷惑だ」
中尉の表情は変らない。しかし頭の中ではジュピターの言葉に反応している。軍士官ならではの実用的な頭の回転の早さだ。
中尉が一つの考えを心に浮かべる。明らかに意図的に選ばれた言葉。
(俺がテレキネシスを使ったことに、こいつは気づいたのか……)
その考えを読みとり、ジュピターは言った。
「気づいたとも」
中尉が目を細める。
「『派手な喧嘩に見せて、怪我をさせずに終わらせよう』と考えるとは、その強面も上っつらだけだな」
中尉の顔にわずかな驚きが浮かび、それがすぐに快活な笑顔に変わる。
二人はどちらからともなく手を差し出して、勢いよく握手を交わした。
「勘づいてたぞ、お前らのことはな! でなけりゃ、くそ生意気な官僚に手加減はしてない」
中尉は鋭い視線を緩ませ、笑いながらジュピターの肩を叩いた。
友人……好敵手……ふとそんな言葉が浮かぶ。この男とはこれから長いつき合いになるという気がした。
あっけにとられて見ているリリアに、ジュピターは笑って見せた。
「同類だ」
「オキーフ中佐に用があるなら
どこからか報告を受けて、オキーフ中佐は演習場での乱闘や喧嘩沙汰についてすでに知っていた。
他のディヴィジョンであれば処罰を食らいかねない行為だが、中佐は「ただの事務屋ではないわけだ」と笑い飛ばした。そして内務からの交渉案件を聞く時間を作り、対応しようと請け合った。
7Dのオフィスビルを出てジープを走らせながら、中尉が話しかける。
「俺たちはごくまれな突然変異で、しかも大方は
「そうかも知れない……いや、そう考えるしかないだろうな」
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