外へ
文字数 2,962文字
ニューイングランド州は
研修の指導担当は
そのためベースの雰囲気や初期訓練のやり方も違い、いろいろ新しいことを学びながら最初の2週間が過ぎた。
研修は楽しかったが、仲間探しははかどらない。教育局のスタッフでも訓練官の先輩でも、かたっぱしから握手をしているが仲間は見つかっていない。
ナタリーとジュピターが出会ってから、2人は急激に能力を伸ばし、今では相手の体に触れなくても心の全体的な形を見てとり、仲間か普通の人間かを判別できるようになっていた。その能力を使ってベースの中をじわじわと探索していたが、新しい仲間は見つかっていなかった。
自分はまだそこまでの能力はないので、相手の心の形や質を確かめるには、体に触れる必要がある。握手はそのための自然な方法なのだが、行き当たりばったり握手をして回るというのは、一つのベースに数人いるかかどうかの仲間を探すのには効率が悪かった。
新種には明らかに共通した、ある質があるとスティーヴは思っていた。それは感覚的なもので、はっきりと言葉にすることができない。もしこの質を外的な行動から見つける方法があれば、仲間を見つけるのはずっと簡単なのだけれど。
ランチの時間を過ぎて、ひと気の少なくなったカフェテリアで、スティーヴはコーヒーとサンドイッチをのせたトレーを手に、あたりを見回した。
向こうの隅に座っている東洋系の
キャデットは物静かな感じで、一人で食事をとっている。なんとなくその存在感が自分を惹きつける。
とりあえず近くに行ってみよう。
その後ろを通りかけた時、テーブルの上の彼の携帯がメッセージの着信を知らせた。彼が静かな仕草でそれに手を触れ、ちらりと待ち受け画面が見えた。
それは風景画の一部で、その独特な空の色と絵のタッチをスティーヴは知っていた。遠くに見えるアルプスの山並みと青い空。高度の高い場所独特の濃い青色の空が、太陽の光に満ちている。その空から降りかかる陽光を受けて、温かに輝く草の緑……。
思わず声に出した。
「それ、セガンティーニの絵だね」
キャデットが驚いてふり向く。
「え あ……はい」
「僕も好きだよ。ここ、座っても構わない?」
上品で線の細い、優しい顔立ちがスティーヴの方を見る。
「昔の絵が好きなの?」
スティーヴの問いに、ちょっと恥ずかしそうにうなずく。
「僕もだ。セガンティーニも素敵だけど、印象派も、ラファエル前派も、ルネサンスの頃の絵も。士官学校の在籍中に外の大学で美術史を勉強したんだ」
「え……」
「今の時代に何の実用性もない昔の絵について勉強したがるなんて、変だよね。教官からもクラスメートからもそう言われた。
僕はスティーヴ・レイヴン准尉。境界州ベース所属の訓練官候補生。研修でここに来てるんだ。君は?」
「あ リウ・ウェイラン准尉です。第6ディヴィジョンで隊附勤務中です」
スティーヴは自然に手をさし出し、准尉はぎこちなく握手を返した。握った手から准尉の心のパターンを印象にしてつかむ。
一瞬、自分が何を見ているのかわからなかった。
深い森……それが最初の印象。たくさんの木々と微妙に色の違う無数の葉が織りなす、奥深く繊細な全体。その木々の間を静かに風が吹いて枝を揺らす……。
まるで1枚の絵画のような准尉の
「あ ごめん」
准尉が困惑しているのを感じて手を離す。
准尉の心には、他の4人の心に触れて繰り返し確かめた、鮮やかで緻密な質がある。仲間なのは間違いない。そして外殻の透過性が高そうなのは、おそらくリリアと同じ共感的なタイプ。
そのままテレパシーで話しかけたい衝動に駆られるが、ぐっと抑える。ジュピターから「パターンの特徴や印象だけでなく、追加の確認をとれ」と念を押されていた。
もっと相手の反応を引き出して、仲間だという確証を得ないといけないんだ。
(でも 仲間であろうとなかろうと、彼とは友だちになりたい)
スティーヴは准尉の心に近寄り、その外殻にそっと手を触れた。准尉は瞬時にそれを感じとった。はやる気持ちを抑えて、彼の反応を知るために思考を読む。
(何だろう 何かが 誰かが 僕の「心」に触れた 外側から、まるで手で触れるみたいに……)
彼の鋭敏な心が直感に導かれて素早く動く。
(触れたのは この訓練官の彼のような気がする……彼は さっきからずっと僕に意識を向けている……単なる会話のためや興味じゃなくて 何かもっと深いところを見ようとしている……でもそれは嫌な感じじゃなく……)
准尉の心が沈黙し、言葉を探す。
言葉がなかなか見つからないのは、それが慣れないものだから……
(……友だち……仲間……? 彼はそんなふうに僕のことを思っている?)
准尉の知性は「それは意味をなさない」と言った。でも彼の直感は一つの方向を真っすぐに指さしている。
敏捷な彼の心が、ある方法を思いつく。目をふせて、心にはっきりと言葉を浮かべる。
(僕の心に触ったのは君? 僕の言葉が聞こえる?)
<聞こえるよ!>
思わずスティーヴが発したテレパシーが彼の頭に大きく響き、驚いて椅子から落ちそうになるのを慌てて腕をつかんで助ける。
「君は……」
<仲間だよ 君と同じ変異種だ>
テレパシーでの返事を、彼は今度は落ち着いて受けとった。そしてゆっくりとその意味を噛みしめる。
(……本当にそんなことがあるだろうか……? もし いつか 仲間に会う時があったとしたら、それは捕まって収容施設に入れられる時だと思ってた……とても信じられない でも……)
スティーヴは准尉の手に触れた。
<大丈夫だよ 僕は仲間を探しにここに来たんだ>
(仲間を探しに……)
<そう 君は独りなんかじゃない。僕もいる そして他にも仲間がいるんだ>
スティーヴの言葉が、ようやく准尉の心に染み込み始める。
彼の中に変化が起きる……強まる風に木々の梢が不安そうに震え、葉の緑が影を帯びる。風に揺すられながら、森は異なる色合いの間を行きつ戻りつする。
やがて風が止まり、しばらくの沈黙。
そして静まっていた森に陽光が差し、光が葉の縁に当たって散乱する……。
准尉の心が描くパターンを、スティーヴはうっとりと見ていた。それから笑顔でもう一度、手をさし出した。
「話したいことがあるんだ、いっぱい」
准尉はまだ信じられないような表情でスティーヴを見ていた。
(ログインが必要です)