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文字数 2,915文字

 明日に使う予定の演習場を、古参の訓練官と一緒にジープでチェックして回る。ここは山を切り崩して作られた演習場で、まわりを岸壁や急な斜面が囲む形になっている。あちこちに植林された林があり、人工の沼などの障害物もある。
「ここもそろそろ大がかりな手入れが必要だな。5D(雑用係)には依頼を出してあるが」
 ずっと行くと、一番奥のほとんど崖のように急な斜面に突き当たる。まばらに木や植物が生えているだけの岩と土の勾配だ。
「この辺は地盤が脆くなってきてるんで注意が必要だ。
 明日は新兵(ガキ)どものペイントボール試合だが、奥には逃げ込まないよう指示しておいた方がいいな」
 ペイントボールは兵士を2チームに分けて、塗料入りの弾丸を使って行う半実戦型の演習だ。スティーヴも士官学校の訓練官コースでやらされた。スポーツのようだが、勝ち負けが評価に影響するのでみんな真剣だった。
 新兵の場合には、負けたチームは腕立て伏せといった「罰」が訓練官から与えられるので、やっぱりみんな真剣になる。スティーヴとしては、そういう罰ではなしにモチベーションを与える方法はないかなと考えていた。
 夜、個室でベッドに転がり、何度も読んだ本を読み返していると、ぽつぽつと音がした。見上げると天窓に雨粒がぶつかっている。ベースの天気レポートをチェックすると夜のうちの豪雨で、朝には止むらしい。
 もちろん演習は雨だろうが雪だろうがやるのだが、明日はぬかるみだな……。

 予報通り朝には雨は上がっていたが、演習場の開けた場所はしっかりぬかるんでいる。
 スティーヴは指導役の訓練官と小高い丘の上に立ち、林に身を隠す新兵たちを目で追っていた。
 どちらのチームも頭のいいリーダー役がいて、作戦に従い注意深く動いている。しかし慎重過ぎてなかなか動きがないので、ちょっと退屈してまわりを見回す。
 ゲームに使われているエリアからずっと離れた向こう側に、人影があるのに気づく。
 双眼鏡で見ると、ブルーグレーの制服は行政士官……というより、長い真珠色の髪でアキレウス大尉だとわかる。
 大尉はまわりを見ながらタブレットにメモをとっていた。
 ああ、そうか。曹長が内務(5D)に演習場の手入れの依頼を出していると言ってたけれど、大尉にそのプロジェクトが回ってきたのか。
 それにしても仕事熱心な人だな。地形の確認なんて技術スタッフに頼めばいいのに、わざわざ自分で出向いて確かめるなんて。
 大尉の長い髪が風に舞う。長身で肩幅が広くて、均整のとれた体つき。絵のモデルにぴったりだな……そうだ まだ開けてなかった荷物を解いて、画材を出そう……
 そんなことをぼんやり考えているうちに、大尉は演習場の奥に向かって歩いて行き、林の向こうに姿が見えなくなった。
 あの先は、地盤が脆くなってると軍曹が言ってた場所だ。しかも昨夜の大雨で水を吸って崩れやすくなってるはず。
 近寄らない方がいいけど、大尉はそのことに気づいてないかも。
 動かない兵士たちに無線で叱咤を飛ばしている曹長を横目に、スティーヴは持ち場を離れて大尉の後を追った。
 少し先に、斜面を見上げながらメモをとっている大尉の姿を見つけ、走った。
 近くまで走り寄った時、重く低い振動が体に響いた。見ると急斜面の上部が崩れ、雪崩のように土砂が滑り落ちてくる。
 スティーヴは思い切りジャンプして大尉の横に飛んだ。


(後で土木技術者に確認させるとして、ここは全面的な補強が必要だろう。訓練官のオフィスと調整すれば、演習場の使用自体は中止せずに工事を進められる) 
 頭の中でプロジェクトの流れをまとめながら、ジュピターはタブレットにメモをとっていた。
 大地の低くうなるような響きに、はっとする。後ろから誰かが叫ぶ。レイヴン准尉の声——
 ふり向いた時には准尉がそばに降り立ち、そのままジュピターを両腕で抱えて地面を蹴った。
 それまで立っていた場所が一瞬の間に土砂に覆われる。
 2人は土砂の届いていない足場に着地したが、次の瞬間、さらに大量の土砂が襲って呑み込まれ押し流された。
 崩れる土砂がようやく動きを止めた時には、2人は互いに抱えあうようにその中にはまりこんでいた。
「大丈夫ですか 大尉」
「……ああ 君のおかげでな」
 腰まで泥状の土砂に埋まり、体を引き抜くことができない。准尉は手で泥をかき分けようとしている。
 ジュピターがポケットに入っているはずの携帯を探ろうとした時、ベキベキと木が折れる音がした。
「大尉 あれ!」
 途中に生えている木を押しつぶしながら、岩が転がり落ちてくる。
 ジュピターはとっさに准尉を地面に押しつけ、自分の体でかばった。一瞬の考え——この若者には「生きる理由」がある。ならばそれを追いかける時間が与えられるべきだ——
 衝撃が来ると思った瞬間、感じたことのない種類の緊張があたりに張りつめ、爆発するように空気を揺るがした。
 衝撃はこなかった。ただ無数の細かながれきが落ちかかり、土煙が立ちこめた。
 すべてが静まり、ジュピターは顔を上げた。准尉の上から半身を起こすと、細かな破片や土くれがばらばらと落ちた。
 あたりを見回す。
 岩はどこにも見あたらない。自分と准尉のまわりに散らばっているのは、粉々に砕けた破片だ。
 まさか…… 
 准尉に目をやり、その顔を見つめる。手の甲で顔の泥を拭っていた彼のしぐさが止まる。
「——これは 君がやったんだな?」
 准尉の顔に緊張が走る。
 頭の中ではとっさの言い訳を考えているが、それは彼の口からは出てこない。
 ただ、思考の断片が心に浮かぶ(……これまでずっとうまくくぐり抜けてきたのに……でも仕方なかったんだ 大好きな大尉のことを守りたかった……大尉は 僕のことを通報するだろうか……)
 ジュピターは言った。
「その心配はない。テレキネシスというのがあるのは知っていたが、実際に使われるのを見るのは初めてだ。
 まわりに他の人間がいないのは幸いだった」
「……」
「君の力で、この泥から抜け出すことはできるか?」
「あ ええと 泥は扱いにくくて……」
「岩は簡単に破壊できるのにか?」
「物体を動かしたり、ばらばらに壊すのは難しくないんです」
 ジュピターの浮かべた笑みに、准尉の肩から力が抜ける。2人は笑いながら顔を見合わせた。
 泥まみれのポケットの中から携帯を探り出す。
「リリア 訓練官のオフィスに連絡を入れてくれ。演習場の視察中に土砂の事故に巻き込まれたと。
 ……大丈夫だ。危ないところを准尉が助けてくれた。ただ土砂にはまって身動きができないだけだ。
 ……君の期待通りだ。今晩は君のところで夕食を準備してくれないか。准尉をつれていく。
 同類が見つかって、虎のやつはさぞ喜ぶだろう」
 横で聞いていた准尉が言葉の意味を理解し、その顔が明るくなる。
 しばらくして遠くから声が聞こえた。
「大尉ー 大丈夫ですかー」
 訓練官とスコップを手にした兵士たちが到着する。
「なんとまあ、小僧の姿が見えなくなったと思ったら……」
「准尉は雨の後の土砂崩れについて警告しに来てくれたんだ。おかげで命拾いした」
「そりゃあよかった。この坊主は抜けてるようで、なかなかできるんですよ」 
 


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登場人物紹介

ユリウス・A・アキレウス
アメリカ境界州ベースのエリート行政士官。思考力に優れ、意志も強く有能だが、まわりからは「堅物」「仕事中毒(ワーカホリック)」と呼ばれている。
あだ名 「ジュピター」(士官学校でのオペレーションネームから)

リリア・マリ・シラトリ
アキレウスの副官でコミュニケーションの専門家。親切で面倒見がよく、人間関係に興味のないアキレウスを完璧に補佐する。料理好き。

ワン・タイフ

境界州ベースの陸軍士官。快活で決断力があり、喧嘩も強い。荒くれ者の兵士たちからも信頼が厚い。

あだ名 「虎」(部下の兵士たちが命名)

ナタリー・キャライス
境界州ベースのシヴィリアンスタッフで、すご腕の外科医。頭が切れ、仕事でも私生活でもあらゆることを合理的に割り切る。目的のためには手段はあまり選ばない。

スティーヴ・レイヴン
境界州ベースに配属されてきた見習い訓練官。明るく純真で、時々つっ走ることがある。大切な夢を持っている。絵を描くのが趣味。

リウ・ウェイラン
ニューイングランド州ベースで隊附勤務中の士官学校生。優しく穏やかで、ちょっと押しが弱い。絵を描くのが趣味だが料理も得意。

ダニエル・ロジェ・フォワ
ニューイングランド州ベースの陸軍士官。生真面目で理想主義。弱い者を守る気持ちが強い。

アンドレイ・ニコルスキー

ニューイングランド州ベースの管制官。人好きで寂しがり。趣味は木工で、隙があれば家具が作りたい。

エリン・ユトレヒト

ニューイングランド州ベース技術局のシヴィリアン・スタッフ。機織りやその他、多彩な趣味があって、人間関係より趣味が大事。

マリア・シュリーマン

ノースアトランティック州のシヴィリアン・スタッフ。優しく繊細で、少し引っ込み思案。

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