仲間じゃない……?
文字数 2,898文字
じっと聞き入っていたリリアが言った。
「それ 2、3日前から私も感じてたわ。誰かがあなたたちに憧れと好奇心の交じった強い感情を持ってるって。
あなたとマリアは人目を惹くぐらい素敵なカップルだし、ウェイ君も仲がよくて、3人でいるととても楽しそうだから、誰かが羨ましがっているのかなぐらいに思ってたけれど……。
でも、マリアをじっと見ていたというのは気になるわね」
ジュピターが言った。
「リリア その相手というのは特定できるか?」
「ちょっと待って たぐってみるわ」
リリアは仲間の共感型の中でもずば抜けて能力が強い。彼女の知覚能力は今ではベースの中央オフィス郡全体をカバーし、その距離内で誰かが彼女に対して指向性のある感情を抱くと、それを感じとる。
さらに彼女が大切に思って感情移入している相手に向けられた感情にも気がつく。
普段からたくさんの人間の感情が雑音のように流れ込んでくる状態で、リリアはそれらにいちいち注意を向けない。疑いや悪意のように危険を感じさせるものでなければ無視する自己訓練ができている。
それが能力の強い共感型が感情の平衡を保つのに必要なことだと、スティーヴも教わった。
しかしあの女性から向けられた感情は、注意が必要なものとしてリリアの感覚に引っかかったらしい。彼女の能力なら、感知した感情の糸をたぐって相手を特定できる。
「見つけたわ」
ジュピターがリリアの感覚に接続し、彼女の感覚を通して相手を捉える。リリアの感覚を通したアクセスは「じかに接するほど精密ではないが、実用的には十分だ」と、いつか言っていた。
「——新しく入ってきたばかりのシヴィリアン・スタッフだな。見たところ変異種の特徴を備えてはいないし、お前たちのことを『仲間』だと認識してもいない」
「違うんだ? じゃあ単に僕らに興味を持ってるってことかな」
ジュピターはあごに手を当てて考える。
「そうだな……だが、どうすればお前たちと親しくなれるかといった、妙な執着を持っているぞ」
「気の合う相手なら、別に仲間じゃなくても友達になるのは構わないけど」
「好きにすればいい。だが相手のことがよくわかるまで注意は怠るな」
いつものように居住区のカフェテリアでスティーヴと朝食をとり、仕事に向かう彼をマリアは見送った。
今朝は区の西側にある森で、大好きなオークの木の下で本を読もうと考えてヘッセの詩集を手に持ってきていた。
道を歩いていると背後で足音がして、それが急ぎ足に近づいて来る。
隣に並んだのは、あの女性だった。
「おはよう——散歩?」
「ええ」
「突然 声をかけてごめんなさいね」
女性は少し言いよどみ、それから思い切ったように続けた。
「こんなことを言ったらおかしいかもしれないけど……この間、あなたとあなたの友達のこと、カフェテリアで見かけて……すごく仲がよさそうで、楽しそうで、羨ましいなって思ったの」
マリアはどう返事をしていいのかわからず、ただうなずいた。
女性が名のる。
「私、カタリーナ。あなたは?」
「マリアよ」
「私、このベースに移ってきたばかりで友達がいないの。だからカフェテリアでもぼんやりと他の人たちを見てて……。
それ、本物の本ね? 個人で本を所有してるなんて珍しい」
「ええ きっと変わってるって思われるでしょうけれど、紙の本が大好きなの」
「私もよ! もっと聞かせて。どんな本を読んだことがある?」
カタリーナはあれこれとマリアに質問をし、その答えに食い入るように耳を傾けた。彼女の黒い瞳は一生懸命、何かを求めているようだった。
その瞳は少し寂しそうだともマリアは思った。
しばらく立ち話をした後、彼女は「仕事に行かなくちゃ。遅刻だけど、あなたと話せてうれしかった」そう名残惜しそうに言うとオフィス郡の方に向かっていった。
週末、3人でカフェテリアでランチをとっていると、あの女性が向こうのテーブルから手を振った。
「あのひとと知り合いになったの?」
ウェイが訊ねる。
「ええ カタリーナって言うの。居住区で話しかけてられて……昔の子ども向けの文学に興味があって、紙の本を集めてるんですって」
「へえ」
<何だか不思議だね>
ウェイがテレパシーでつぶやいて首を傾げる。スティーヴも同意する。
<そう 仲間じゃないけど、行動は仲間みたいなんだな>
<……僕らのテーブルに招かれるのを待ってるみたいだね>
<うん……>
「彼女を呼んであげてもいい?」
マリアが訊ね、スティーヴとウェイはうなずいた。
手招きをされたカタリーナはおずおずと近づいてきて、自己紹介をした。
スティーヴは握手の手を差し出し、相手はにかむように、少し不安そうにその手を握った。
「……?」
スティーヴの反応にカタリーナが固まる。何か間違ったことをしてしまったのかもしれないという不安が彼女の心をよぎる。
それを打ち消すようにスティーヴは笑顔で言った。
「やあ」
「ジュピター この間チェックしてもらったあの女性のことだけど」
「うん?」
「彼女、仲間じゃないかと思うんだ。
確証はないけど、行動パターンはまるで仲間みたいだし……マリアが知りあいになって、それで今日、握手をするチャンスがあったんだ。
その時に……目の前に壁のようなものがあって、その向こうに何かが隠されてる感じがした」
スティーヴの表現をジュピターが吟味する。
「ふむ……この間は外側から心の輪郭をざっと見て、最近の記憶を調べただけだからな。構造まで詳しく分析したわけじゃない。
輪郭は全体として普通の人間に見えたが——」
「その時に見たのは、彼女の疑似的な輪郭だったってことはない? それは本当の輪郭じゃなくその外側を覆っている壁で、その後ろに変異種の質が隠されてるんじゃないかって思うんだ」
「お前の直感か?」
「うん」
「虎やお前の勘は理論や分析を飛ばして妙に当たるところがあるからな。それでどうしたい?」
「彼女をもう一度よく調べてくれない?」
「心の構造を精密に分析をしろというのか? 本人は自分は普通の人間だと思っている。勝手に心の奥を調べられることに同意はしないだろうが、構わないのか?」
「もし、変異種だけど自分で気づいていないんだとしたら、放っておけない」
相手の自由意志を尊重することにこだわるスティーヴが、あえてそのルールを踏み越えようとするのは珍しい。
それほど、彼女が仲間に違いないと直感的に感じているということか。
心の外殻は普通の人間のように見えるが、裏に変異種の質を隠している「潜在性」とでも呼べるタイプ。これまでそんな可能性について考えたことはなかったが、あり得るかもしれない。
そういう例が存在するなら、その成り立ちや特徴をもっと詳しく知っておく必要はあるだろう……。
リリアはすでにどうアプローチするかを考えていた。
「お互いに仲間とわかっているなら事情を話して、オフィスに来て分析を受けてもらえばいいんだけど、この場合、それはできないのよね。でも精密な分析のためにはできるだけ距離が近い方がいいから……」
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