運ぶ者
文字数 3,018文字
集まる仲間はだいたい同じ顔ぶれで、アルフもいることが多かったが、時々他のテレキネティックが加わることもあった。
レイニアの好きな古典音楽の話以外にも、それぞれが自分に興味のある話題を持ち出しておしゃべりが弾んだ。美術、文学、歴史……そしてそういった音楽と直接関係ないさまざまな分野が、どんなふうに音楽と関わっているか。
これまで自分に興味のあることにしか目を向けてこなかったが、一度目を開かれてみると、仲間たちが持ち出す話題のどれもが新鮮で興味深かった。
コーヒーやお茶を飲み、スナックをつまみながら何時間も話をするのを楽しいと思っている自分に、やがて気がついた。
みなはレイニアの好みに注意を払い、なにげなく気を配ってくれた。これまでそんな気の使われ方をされたことがなかったので、最初はちょっと戸惑った。「こちらのささいな感情の動きまで感じて汲みとる、これが共感型の反応ってやつなんだな」と思いもした。
しかしみんなはレイニアにだけでなくお互いに気を配り合い、そしてそれを楽しいと感じているのだと学んで、やがてそれを受け入れた。
「心を開く」というような大げさなことではないと思っていたが、それでも少しずつ、まわりとの距離が変わるのを感じた。
1人1人が単なる「仲間」属性の「名前」と「特徴」のセットではなく、それぞれが異なる、生きた個性のある個人として、はっきり姿が見えるようになっていた。
ある日、1人でいる時にレイニアは考えた。
仲間たちが「役に立たない古いもの」に興味を持っているというのは以前から知っていた。紙の本や骨董品めいた物品を集める者が多いというのも聞いていた。
しかしさすがに「パイプオルガンを作る」などという、とてつもない夢は、まともに受けとられはしないだろうと思っていた。
最初にシラトリ少佐から共感型の能力や特性について聞かされた時、正直、面倒くさそうだなと思った。こちらの感情を感じとられるというのも面倒だし、本人たちもいちいち他人の感情を感じるなんて、いったいどうやって生活しているのかといぶかりさえした。。
「あなたのような分析型のテレパスは」と少佐は言った。「同じテレパスでも、まわりの人間の心から影響を受けない。他人が心で何を感じていようと、それにふり回されることはない。
他人の心を読むのも、自分から意図して相手の心に意識を向ける時にだけ能力が働く。共感型の能力に比べればずっと扱いやすく、そして実用性は高い。
共感型に比べて分析型テレパスの数はずっと少ない、その意味では貴重な存在なの」と。
共感型は情緒が豊かで感じやすく、人と関ることを好み、分析型は理知的で、合理的に考え行動するのを好む。タイプは違うが同じテレパスとして、共感型のように受動的であれ、分析型のように能動的であれ、普通の人間には可能でない形で他人の心にアクセスする。
テレキネティックは心の力を使って物質に直接影響を与えさえする。
それが変異種というものが恐れられ、普通の人間が構成する社会の中に居場所を与えられない理由だ。
だが仲間たちと時間を過ごし、アルフ以外のテレキネティックとも知り合うようになって、全員に共通する、ある性質があると考えるようになった。
それはテレパシーやテレキネシスといった普通の人間にない特殊な能力とか、そのために社会から排除される存在であるといったことよりも、もっと……ある意味では本質的なこと。
それは普通の人間たちから見れば、現実離れした価値観とおかしな懐古趣味だと、レイニアーは思った。
この社会には自分たちの居場所はない。能力が発現した時から、そのことを意識して生きてきた。自分はこの社会に属さない異質な存在だと。だから社会の価値観に呑まれることもなかったのかもしれない。
読書が好きだったのは子どもの頃からだ。紙の本など手にする機会はなかったが、学校のライブラリの端末で見つけられるものはなんでも読んだ。
だいたいは子ども向けの教科書的なものだったが、ある時、大戦以前の近代史の資料が、雑多なファイルの中に隠されるように埋もれているのを見つけた。
授業では教えられることのない内容をレイニアは夢中で読んだ。大戦の前までは、ピアノやヴァイオリンといった古い楽器も、一般の人間がその演奏を習えるほどに普及していたというのも知った。
いろいろな楽器の写真が含まれた資料を見つけた時には興奮した。どこかの教会に据え付けられたパイプオルガンの写真に心をつかまれた。添付されていた断片的な音のサンプル録音を聞き、その壮麗さ、重厚さ、美しさにうたれた。
「昔の楽器を復元する仕事に就きたい」と口にした時、両親にも教師にも「何を馬鹿げたことを」と一蹴された。友達からも笑われ、からかわれて、口をつぐむことを覚えた。
夢はひっそりと心の中に隠した。
大戦以前の生活を知っている年寄りたちは「昔は生活に余裕があって、役に立たない学問だの芸術だのに金や時間を割くこともできた。しかし今はそんな余裕はない。みんな食っていくだけで精いっぱいだ」と言う。
「実現のしようもない夢など描いていないで、食っていける仕事に就け」と親からは念を押された。
生活の足しにならない過去の遺産などかまってはいられない。芸術や哲学など過去の倉庫に入れて、そのまま扉を閉めておけばいい。その扉の外を、少しばかり残っている専門の学者たちにうろうろさせておけばいいと。
人間というのはただ働き、飯を食い、できるところで手に入る娯楽を楽しむ、それだけのものだと。それ以外のあり方はないのだと、親も学校も教えた。
自分や、ここに来て知りあった仲間たちが「異質」なのは、そういう考え方に染まらなかったことだ。
いつか栗色の髪の彼女――ダーナが言った。
「私たちって、古いものの図書館みたいじゃない? 1人1人が古い文化を自分の中に運んでいるの。
自分にとって大切なものを掘り起こして、記憶して、それを再現しようとしてる」
お茶会で久しぶりにスティーヴの姿を見る。明るい金髪と抜けるような青い瞳が相変わらず印象的だ。
スティーヴはレイニアを見ると、近づいてきて手を差し伸べた。握手かと思い、とりあえず手を握り返すと、彼の顔が輝いた。
「ダーナ フィールドを編んでくれる? レニー フィールドにアクセスしてみて」
言われて、前に練習した手順を思い出し、ダーナの心のシグニチャーを探し、テレパシーで差し出される「手」をつかんだ。
それは以前経験したのとまったく違っていた。
自分の心の前に広がるのは、電話回線のような無機質なコミュニケーションの通路ではなく、生きた人間の心が形成する光の網だった。そして自分は違和感なくその一部になっていた。
以前はただ単に共感型の知覚を借りて、間に何かを挟んで作業をするように感じられた。しかし今はフィールド全体が自分の体のようだ。
フィールドにつながっている共感型たちが感じとることが、大量の知覚情報として自分の意識に流れ込む。レイニアはそれを知性のフィルターを通して受けとめ、分析することができた。
<ようこそ レイニア>
草原を風が吹くように、たくさんの柔らかい笑い声が揺れながらフィールドに響いた。
<私たちはチームよ>
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