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文字数 3,333文字
アンディに引き合わされてすぐに分析型だと判明したのは、彼女の方からスティーヴの思考を読んで「あなた、何者?」と訊いてきたからだ。
そして話を聞くとすぐに「その方が便利ね」と、ベースを移ることにもあっさり同意した。
「人間にあまり興味はなさそうだ」とアンディは言ったが、別に人間が嫌いというわけでもないようだ。
「なんて言うんだろう カメレオンみたいな感じ?」そうアンディは表現していた。その意味は、彼女が境界州ベースに移ってきてからわかった。
エリンは頭の回転が早く、そしてナタリーと同じで、他人の心を読むことにためらいや罪悪感がない。まわりにいる人間が考えていることを読んで理解し、表面的に相手に合わせていく。そうやって新しい職場にも、まるでいつもそこにいたみたいに溶け込んでしまった。
相手の考え方を理解した上で、その目から自分を消すカムフラージュを作り出す。そして自分にとって居心地のいい目だたない居場所を作りあげて、そこに姿を隠してしまう。
人との距離のとり方には、こんなやり方もあるのだ。
ジュピターはアンディの能力を分析して、「まだ伸びる余地がある」と、リリアからレッスンを受けるよう示唆した。
定期的にリリアの個室を訪ねる理由を与えてもらって、アンディはご機嫌だった。にこにこしながら「おいしいお茶と手作りのお菓子にありつけるからさあ」と言っていた。でも本当はそれよりも、誰かと時間を過ごせるのが、ただうれしいのだ。
エリンはスティーヴたちと出会う前から、人の心を読み、相手の考え方を理解することに自分の力を使っていた。だから彼女の分析的な能力はすでにかなり発達していた。
ナタリーから分析型の能力について、わかっているだけのことを説明されると、彼女はすぐに自分なりのやり方で、さらに能力を伸ばし始めた。
細かな作業が好きで、糸を紡いで
エリンが能力を伸ばしていくのを見ながら、スティーヴは思った。
分析という形で人間の心を捉えるには、相手との距離が必要だ。相手を突き放して見られることが、明晰な分析に必要な空間を空ける。
ジュピターもナタリーも、そしてエリンも、そういう距離感を自然に備えている。それは多分、分析型の「タイプ」ということだ。
それに対してリリアやウェイ、アンディのように、共感型は人とつながりたい。そして相手とつながり、共感することで相手を知る。
ナタリーが言ったように、スティーヴが共感型と分析型の両方の能力を兼ね備えているのは、不思議と言えば不思議だった。
実のところ、握手を通して相手の心の形を把握するのも、特徴を分析するというよりは、直感的に助けられているところがかなりあった。
ジュピターはそれを知っていて、「パターンの感触だけでなく、必ず裏付けの確証を得ろ」と念を押したのだ。
この先、分析的な能力を伸ばすには、相手と自分の間に距離をとることを学ばないといけないのだろうか……。
スティーヴが研修に出ている間にタイガーは中佐に昇進していた。個室も佐官用の大きなフラットに移っていた。それほど遠からず大佐に昇進し、最初の機会で参謀部に入るのだろう。
タイガーに作ってもらった「水のように薄い」ジントニックを手に、ソファに座ってニューイングランドの7Dやフォワ中尉のことを話していた時、携帯にメッセージが入った。
ウェイからだ。転属の申請が通って、こちらに移って来られる日が決まったと。
スティーヴは思わずうれしさで声を上げた。
ニューイングランドからの乗り合い輸送機が到着する。
扉が開き、フォワ中尉が滑走路に降りた。風に鳶色の髪をなびかせ、凛とした立ち姿だ。
手を振るスティーヴの姿を見つける。そして横にいる長身で体格のいい東洋人の士官が誰か、すぐにわかったらしい。
中尉はウェイが降りるのを確認してから、素早い足どりでこちらに歩いてくると、タイガーの前で立ち止まって敬礼をした。
「ダニエル・ロジェ・フォワ中尉です。『境界州の虎』にお目にかかれて光栄です」
「今日は堅苦しいことはなしだ」
タイガーが手を差し出し、しっかりと握手が交わされる。
タイガーが満面の笑顔を見せ、引き締まった中尉の顔にも抑え切れないうれしさが浮かぶ。2人はテレパスではないけれど、戦場で鍛えられてきた本能的な勘のようなものがあるのだろう。
それからスティーヴにハグされているウェイに、タイガーが目をやる。
「何じゃれてるんだ 子犬どもが——ああ これが料理のできる小僧か。育ちはどこだ?」
「あ はい 香港自治区です」
「香港育ちで料理が得意か そいつは上等だ」
機構の統治下のアメリカでは中央の連邦政府は廃され、旧い州を統合して新しい州の境界線が引き直された。ハワイを除くかつての49州は、今は13の州に区分けされている。そのうち南部の現3州、旧で言えば11の州が反乱軍の支配下にある。
中国でも中央政府はなくなり、複数の旧い省が統合されて新しい地区単位が作られている。その中でもとくに復興が進んでいる大都市圏には、大幅な経済の自治が認められていた。上海自治区や香港自治区はその代表的な例だ。
今の世界の物質的な生活水準を大戦以前のそれと比べることはできない。多くの基幹産業が破壊され、人口が20分の1にまで減った状況で、生産力の低下はどうしようもなく、人々の生活水準も大幅に後退した。
しかし自治区と呼ばれるアジアの大都市圏での生活水準は、今のアメリカよりもはるかに高いというのは、ウェイから聞かされていた。ウェイがアメリカに移ってくる前に画材をかき集めることができたのもそのためで、食生活もアメリカに比べてずっと豊かだったと言っていた。
タイガーは、まずリリアのキッチンを借りてウェイに料理を作らせた。料理の腕に満足すると、自分の
それからウェイは、タイガーがベース勤務の間はよくそのフラットで夕食を作り、そこにフォワ中尉も呼ばれ、スティーヴも加わる習慣になった。
タイガーはウェイを「スティーヴ以上に頼りない若造」と呼びながら可愛がった。
「7Dに転属させれば俺の下で面倒を見てやれるかと思ったが、無理だな。こいつは性格が上品過ぎる」
「
「そうだな 何で6Dだ。飛行機オタクとかか?」
「いえ そういうわけでは……。
学校の成績はよかったんですけど、行政士官の昇進競走みたいなのは苦手で……情報分析や戦術系の成績がよかったので、指導教官から『空軍で情報分析専任の士官になればいい』って言われたんです。『それなら基本、後方勤務だし、向いてさえいれば仕事は楽だから』って。
実際、今はどこのベースも、戦術的な作戦行動をとれるほどの空軍戦力は、まだありませんから。ニューイングランドでの隊付勤務も上官の雑用をやってました」
「そんなことか」
タイガーが大笑いし、フォワ中尉も苦笑いしながらつけ加える。
「確かに空軍が戦闘に参加するのは見たことがない。それを言うなら、今の海軍も昔の沿岸警備隊みたいなものですからね」
食事を囲んで話をするうちに、スティーヴは中尉ともうち解け、仕事の外ではファーストネームで呼び合うようになっていた。
フォワ中尉——ダニエルは、タイガーの大隊に中隊長の一人として配属された。
「北部からの転属野郎」をうさんくさい目で見ていた兵士たちも、その真っすぐな人柄と鋭く的確な判断力、そして前線での果敢な働きぶりで、ダニエルが「虎」の右腕にふさわしいと認めるようになった。
新しい仲間たちがそれぞれ
でも、これはまだ始まりだ。仲間はもっといるんだ——
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