姫金魚草~リナリア~

文字数 369文字

 水槽の中を天使のように舞っているクラゲを見ていた。
 隣には詩織が居てくれて、しかも手まで握ってくれている。
 薄暗い中でこうやって、ひっそりとだけどこんなことができるのが、うれしい。
 この水槽のある建物から出たら、私達はきっと手を離す。
『綺麗だった』『あの魚がかわいかった』なんて他愛のない会話をしながら、現実に戻るんだろう。

 怖くもないのに
「なんか薄暗くて怖いね、水族館って……」
なんて言って『怖いなら、手、握ろうか?』と、彼女に手を握ってもらった私の演技は、もうすぐおしまい。
「行くよー」
 詩織はそう言って、私の手を引っ張った。
「まだ見たいなあ」
「だめー、私は早く次が見たい」
 彼女に手を引かれながら、クラゲの水槽の前を通り過ぎていく。
 名残惜しそうにクラゲを見ているフリをしたら、私をあざ笑うように、一匹のクラゲが、ふよんと動いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み