2匹の人魚

文字数 547文字

「人魚姫のラストシーン、知ってる?」

オレンジ色のスープの中に沈んだようになっている夕日の入り込む教室で、葵がそう言った。

「泡になって消えるんでしょ」
「そうだよ……陸の王子様に憧れた人魚姫は声を失って、命まで失う」

夕日を見ながら、葵が何かを悟ったかのような顔をしていた。

「それでも……」
何かを言いかけていた。
彼女はためらいつつも、言葉を続けた。

「それでも歩美は……陸に上がろうとする?好きな人が遠くても、何かを失うとしても」

そこで気付いた。
ああ、これは彼女の一世一代の告白の前準備なのだと。

ならば、答えは1つしかない。


「うん。好きなら、失うことよりも得るものの方が多いから」


彼女の顔に、スッと喜びの色が入った気がした。

「ねえ、歩美……驚かないで聞いてほしいんだけどね」

彼女が私に近づいてくる。
何もかもわかってる私は、両手を広げた。
飛び込んできた彼女は、何も言えなくなっていた。
胸に、温かい物が沁み込んでくる。
涙で濡れる胸元を気にしながら、夕日を見た。

自分達を溶かしてしまいそうな太陽が見える。
その時に、ふと思った。

「ああ、今だけ葵は人魚姫だ。声を失っている」
そんなことを。


「歩美……あのね」
涙声の彼女の言葉の続きを待ちながら、自分も声を失っていることに気付いた。
頬を伝う涙が、それを教えてくれた。

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