その手の窪み

文字数 517文字

「ねえ、一番強い感情はなんだと思う……?」
 奈々美が私にそう聞いた時、笑っていたのを思いだす。
「『好き』じゃないの?」
 私の言葉を聞いて、真っ黒な前髪を揺らしながら、彼女は笑った。
 やっぱりね、と言っているかの様で、少しムカッとした。
「違うよ。やっぱり仁美は乙女だねえ」
 嘲笑うかの様な言い方がムカついて、彼女の手を取って手の甲に爪を立てた。
「……仁美、それが正解」
 立てていた爪に力を込めるのをやめると、彼女は窪んだ手の甲に指を這わせた。
「どういうこと?」
「人間の中でね、一番強い感情は憎しみだよ。ほら、今さっき瞳が私に付けたこの窪みなんか、素晴らしいぐらいに憎しみの塊だよ」
 うっとりとした顔で手の甲を撫でる彼女には、惚気たような空気が纏わりついている。
「変態」
 冷たくそう言い放つと、彼女は顔をパアッと明るくさせた。
「いいなあ、仁美の言ったその言葉、最っ高に憎しみが籠ってていい!もう一回、もう一回言って!」
 いつもおしとやかな空気を醸し出してる彼女が、自分のイメージを崩して私にすがりつく。
 どうしよう、ほんとに変態さんだ、この人。

 どうしよう、ほんとに。



 もう一度言いたくてたまらなくなってる自分が……一番の問題な気がした。

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