駒と指先

文字数 1,009文字

 縁側に敷かれた座布団の上で正座しながら、亜輝と美晴は将棋盤を挟んで向かい合っていた。
 亜輝が先ほど「王手」と言ってから、状況は何も変わっていない。美晴は盤を見ながら腕組みをしてウンウンと唸っていた。
「美晴、それ、詰んでるから」
「黙らっしゃい!ここからよ、ここから逆転するのよ」
 自分の駒を七割失った状態の美晴はいまだに逆転をする気でいるようだ。しかも、何をどうしても王将は討ち取られるしかないというのに。
 亜輝は盤から目を逸らして、硝子越しに庭を見た。
 つるつるとした石が敷き詰められ、松が控え目に枝を曲げている日本庭園を、視線でなぞる。ここはクーラーがかかっているから暑さがわからないが、日の照り具合を見ると、かなりの暑さがあるように思えた。
 美晴の家の庭が、亜輝は好きだった。美晴自身はがちゃがちゃとうるさい性格なのに、その家は静かで、控え目な美しさを持っていた。
 この将棋も、いつからしだしたのかわからない。美晴のおばあちゃんが生きていた時に手解きを教えてもらった記憶はあるが、それがいつだったのか覚えていない。
 傍らにある小さなテーブルの上に置かれたアイスコーヒーを手に取る。汗をかいたグラスが、亜輝の掌を微かに濡らした。
 ストローに口をつけ、美晴の方に視線をやると、彼女は何かを覚悟したかのように人差し指の爪と中指の腹で王将を挟むと、そのまま横に置いた。パチンという木と木の触れ合う音が、縁側に響いた。
 亜輝は、この音だけは上手く出せない。仕方なく駒の両端を持って優しく動かしてやるぐらいしかできないので、彼女のそのさし方が羨ましかった。
 駒を挟む美晴の腕は妙に艶っぽく、それを見ているだけでも、亜輝は美晴と将棋をしていて良かったと思う。例え何回やっても美晴には負けないと知っていても、彼女に勝負を持ち掛ける。その駒をうつ仕草がみたいが為に。
「はい、これでお終い」
 飛車の両端を持ち、王将の場所まで移動させ、美晴の王を取り上げて、飛車を置いた。
「また負けた……もう一回!もう一回やろっ!」
 ねだるようにそう言って来る美晴を見て、亜輝は微笑む。
「はいはい、やりましょうか」
「次は負けないからね!」
「何回目のセリフ、それ」
「いいの!じゃあ、私が先攻ね!」
「はいはい」
 美晴が歩を指で挟み、盤に叩き付ける。
 その仕草をじっくりと堪能しながら、亜輝は彼女の手を読取り、一番長く時間がかかりそうな手をうつことにした。

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