あたりまえ

文字数 563文字

 プールの授業ほど困るモノは無い。
 折角していた化粧は入る前から落とさなきゃいけないし、水着は肌の露出こそ少ないが、体のラインが出て恥ずかしい。何が恥ずかしいって、アタシの体には断崖絶壁があるからだ。豊かな脂肪の詰まった袋は、無い。あるのは、絶望と言う名の壁だけだ。自分がここに上ろうとするロッククライマーなら『絶壁』という名前をつけるだろう。
 そんなプールに入り終えると、心がささくれ立った。泳げたとか泳げない以前にめんどくさすぎてイライラしてしまう。
 机に突っ伏して寝ようとすると、頭からタオルを被せられた。
「薫子、頭ちゃんと拭きなよ」
 友人である奈美恵がそう言うと、頭を撫でるようにして拭いてきた。
「薫子の髪の毛はふわふわでキレイなんだから、ちゃんとしてやんないとダメ」
 世話焼き女房かよ、なんて心の中でツッコミをいれながら、ワシャワシャとされる感覚を存分に味わう。
 なんだか気持ちいい。
 このまま寝られたら、どんなに気分がいいだろう。
 布と髪の擦れる音を聴きながら、瞼を閉じる。
 眠りの世界に自分が消えていきそうになる直前に、なんで髪の毛を拭かれるのが気持ちいいのかに気付いた。

 当たり前だ。
 自分の好きな人に拭いてもらっているのだもの。
 頭を撫でるよりも丁寧に、慈しまれながら、愛でてもらっているのだから、当たり前。

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