オリメ

文字数 1,445文字

「図書館の本を傷めるのは、とても悪いことなのよ」
 昔、図書館で借りた本を破いてしまった私に、母はそう言った。それからというもの、本は丁寧に扱っている。
 小学生から高校一年の今まで図書委員をしてきて、本を乱暴に扱う奴がいたら、男女構わず平手打ちにしてきた。その為か『鬼の図書委員・三島』というあだ名までもらってしまった。
 しかし、後悔なんかしていない。共用する本を傷つけるのが悪いのだ。最低限のマナーすら守れない人に、本を読む資格なんて……ない。
 とは言ったけれど、そういうがさつな輩は基本的に図書室になんか来ない。特に私の通うこの高校は、偏差値が高いせいか、そんなことをする人はまったくいなかった。
 図書室の本も、管理が行き届いているお陰で、ほとんど劣化していなかった。
 しかし、ここ最近になって私のお気に入りの『姫と騎士』シリーズに折り目が付けられているのが発見された。
 暇さえあれば読んでいるその本が傷つけられたのが、酷く屈辱だった。
 犯人を探すのに骨が折れるかと思ったが、拍子抜けするほど簡単にみつかった。
 そのシリーズを借りているのが、私と、同じクラスの新島弓絵しかいなかったからだ。
 新島さんは、私と違って『鬼』なんてあだ名を付けられるような暴力的な部分なんてないし、かといって『ダリィ』が口癖の女子とも違う。大人しくて、地味な、目立たない子だった。
 だから、状況的な証拠から、彼女しか犯人がいないと確信を持った時は、戸惑った。いくら証拠があるとはいえ、動機がわからないからだ。
 もしかしたら癖なのかもしれない、そうも思ったが、その本には栞代わりになる紐が付いているのだ。
 そうなると意図してやっているとしか思えない。
 何故だろうか……。
 彼女は彼女なり内に何かを秘めているのかもしれない。
 彼女は毎日、図書室を閉めるまでいるから、その時に声をかけることにした。

***

 日が傾き始めた頃、弓絵さんが帰ろうとしたので、声をかけた。
「新島さん」
「は、はい」
「あのさ……ちょっと聞きたいんだけど、新島さんが借りてた『姫と騎士』シリーズなんだけどさ」
「ごめんなさいっ!!」
 私が全てを言う前に、彼女は謝りだした。
「悪気はなかったんですけど、だけど……」
「どうしたの?兄弟とかに折り目付けられたとかだったら……」
「違うんです……三島さんが……好きなシリーズだって知ってたから……」
 その言葉に、つい手が出そうになった。
「嫌がらせのつもり?」
 冷たくそう言い放つと、彼女は頭を左右に振った。
「ただ……話すキッカケがほしかっただけで……」
「なら、普通に話しかければいいじゃない。こんな回りくどいことしないでさ」
「だって……好きな人にそんな風に話しかけるなんて……恥ずかしい……じゃ……ない……です……か」
 顔を真っ赤にしながら、なんとか声を絞り出す彼女が、かわいく見える。
 ここで彼女を抱き締めたら、なんでもさせてくれそうな気さえしてくる。
 自分の中にある邪な考えを排除し、彼女と向き合う。
「なるほどね……理由はわかったわ。だけど、もう二度とやらないで。本は共用する物だから」
「……はい」
 俯き、今にも泣き出しそうな声を出す彼女の頭を撫でる。
「二人を引き合わせてくれたんだから、大事にしないと……」
 彼女の顔を上げ、涙がなぞっているその頬に、軽くキスをした。
 家に帰ったら自分の持っている『姫と騎士』に折り目を付けよう。学校にある本と同じ場所に。
 特別なページとして、いつまでも忘れないように。

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