手の甲の冷たさは。

文字数 658文字

『私達、結婚します』
 そう書かれたメモが、こたつの上に乗っていた。
 こたつの中に足を突っ込んで寝ている香澄の顔を足で軽く蹴ると、むっくりと起き上がった。
「……おはよう、多恵」
「この紙、どういうこと?」
 目の前にメモ帳を突きつけると、彼女の口の端が上につりあがっていく。
 ああ、やっぱり悪戯だ。
 どうせ、言い出すのは……。
 予想をつけて、彼女が話すのを待つ。
「多恵……よく聞いて。私、この人と結婚することになったの……。彼ってばすっごく暖かいんだよ……」
「ほう、こたつはいつの間に人になったのか」
 間髪入れずにそう言うと、さっきまで笑っていた口が尖り始めた。
 明らかにバレたのが面白くないという顔をしている。
「まだオチ言ってないのに先取りするとか……」
 ブツブツ言っている彼女を抱きしめる。
 さっきまで極寒の外にいたせいで、私の服には寒気がまとわりついていた。
「あーっ!寒い寒い寒い!死ぬ!死にます!!死んでしまいます!!!」
 知ってる言葉を全部並べている彼女をもっと強く抱きしめた。
「香澄ってば暖かいなー、結婚するー?」
「するするする!するから離して!」
 とにかく離れようとする彼女の首筋に、右の掌をあてる。
「いやあああああああ!鬼いぃぃぃぃぃぃぃ!」
「暖かいなぁ……結婚する?」
「します!させてください!!」
「んー……聞こえないなあ」
 左手も首筋に当てると、彼女はまた叫び声をあげた。
 まだ手の甲には冷たさが残ってるな、と考えながら、私は彼女の『結婚する』という言葉をまだ聞けるのが楽して仕方ない、という顔をした。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み