頬の熱を散らして

文字数 1,020文字

 しまった。
 夏が終わって、次に来るのは秋だ。
 そんなことは、14年も生きていれば分かっている。けれど、秋の一番タチの悪い所は、暑さと寒さを両方持っているところだ。
 お陰様で、夏服を着ていた私は部活帰りに露出した肌を擦りながら帰る羽目になっていた。
 衣替え期間とは言っていたけれど、校内の半分以上が夏服で過ごしていたし、今日の昼間は蝉が鳴いていて、夏に引き戻されるかのような錯覚に陥ったぐらいに暑かった。
「寒っ……」
 腕は摩るだけでなんとか温かくなる。けれど、問題は足だった。
 タイツで保護されていない生の足に当たる風が体温を奪っていき、いくら腕だけ温かくしても、無駄に終わってしまう。
 いっそのこと露出している部分を摩りたいとも思ったけれど、そんなことをしたら歩けない。
 それに……はしたない。
 強く吹く風を恨みなら、校門を出ようとすると、先に帰った筈のサチが電柱に背中を預けて文庫本を読んでいた。
 彼女の着ている紺色の冬服が、外灯に照らされて少しだけ柔らかな色に見えた。
「あれ、サチ?」
 声をかけると、彼女は顔を上げ、栞紐をページに挟んで本を閉じた。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
「うん、帰ろうと思ったんだけど、やっちゃんが寒そうな格好をしてたのを思い出したからさ」
 彼女は手提げの袋からジャージの上だけを取り出すと、私に差し出してきた。
「これ、使って?」
「いや、でも……私部活終わったばっかりで汗臭いし……」
「いいよ、洗って返してくれればいいから」
「でも」
「いいからいいから」
 ジャージのチャックを素早く降ろし、私にそのジャージを羽織らせると、サチは手を口に当てて、うふふ、と笑った。
 露出している部分が隠れるだけで、かなり温かくなった。
「あり……がと」
「いえいえ、どういたしまして」
 サチが微笑むから、私も微笑んだ。
 少しだけ風が吹き、ジャージに微かに付いている匂いを私の鼻へと運んだ。
 サチの近くに行くとしている金木犀のような香りがして、ふと、自分は今、サチに抱きしめられているんじゃないかと思ってしまって、顔が赤くなった。
 それを見られるのが嫌で「帰ろ」と言って街灯の下から離れて、薄暗くなり始めている通学路を歩き始めた。
 後ろから、少し早足でこちらに追いつこうとしているサチの足音を聞きながら、私はもっと冷たい風が吹くように、と念じていた。
 赤ら顔なのが彼女にばれないように、早くこの頬を冷まして欲しい―――そう願いながら。

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