月に叢雲、くちづけに暗闇

文字数 733文字

「月に叢雲、花に風」
 真っ暗な部屋の中でベッドで寝転んでいると、隣で寝ていた美智が唐突にそう言ってきた。
 突然何かを言い出すのは今までに何度もあったので、気にはならなかった。
 そう、いつもなら無視をするか、適当に返事をするかの二択だった。
 けれど、今日はなんだか、いつもとは違う質感があった。
「それが、何?」
 素っ気なく問いかけると、彼女はベッドの横にあるカーテンを小指の先程度だけ開いて外を見始めた。
 時間はわからない。
 けれど、家の近くを走る鉄道は、その存在を消しているかのように静かで、今いるアパートの目の前の道からは、誰の声も、車の音も聞こえない。
 草木も眠る、深夜。
 多分、そのぐらいだろう。
 少しだけ開いているカーテンの隙間からは、光が入ってこない。
 今夜はどうやら、月が休んでいるようだった。
「今日は……曇り空で月が隠れているって聞いたから」
 美智が脈略なく言い出して、なんと返していいのかわからない。
「だから……良い事は誰かに邪魔されやすいって……言おうと思ったんだけどさ」
「それ、私達の関係に誰かが邪魔をしてきそう、って心配?」
「ううん、違う。ただ、月に雲がかかると、残念だなって思うのかな、って思ったんだけどさ」
 美智はカーテンを閉めて、私の手に自分の手を重ねる。
「こうやって、暗闇の中で志穂の事触ると……凄く身近に思えるから幸せだな、って思って……。なんていうか、ね。月に叢雲、花に風でも、傍に誰かがいれば、悪いものじゃないんだなって思って」
 彼女の手を引っ張って、顔を近づける。
「じゃあ、もっと身近に」
 吐息がかかるほどの距離で、そう呟き、私達は唇を合わせた。
 視覚を奪われた私達の中でのキスは、いつもよりも一層、深い所が繋がり合う気がした。

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